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焚き火は自然破壊になるか?地面を焼く効用を考える

田中淳夫森林ジャーナリスト
いまや焚き火は「焚き火台」を使うのがマナーとなった(写真:アフロ)

 キャンプで焚き火をする際には「焚き火台」を使うのが当たり前。

 このことに気づいたのは、比較的最近だ。焚き火はキャンプの醍醐味であり、これを目的とするキャンプだって少なくないのだが、今や直火の焚き火は追放されつつある。

 なぜならたいていのキャンプ場で、直火の焚き火は禁止としているからだ。河川敷なども、自治体が禁止しているだろう。火が地面の芝や草を傷めてしまうし、跡が黒くなり見映えが悪い。また延焼の危険性もあるから……だとされている。

新たなキャンプ・ギア「焚き火台」

 調理などにはガスバーナーや灯油コンロなどを使えば簡単だが、どうしても薪を燃やし炎のゆらぎを感じたい人も多いはず。そこで焚き火台が登場する。商品としても花盛り。アウトドア業界は新たなキャンプ・ギアを発見したようだ。形状はいろいろあるが、基本的に薪を燃やす部分を直接地面に触れないように持ち上げる構造である。それによって地面に熱を伝えず、草などを燃やさないようにして延焼の危険性も減らす。

 焚き火台でも調理はできるし、むしろ燃焼効率がよく、移動も可能だからと推奨されている。今や「焚き火台を使うのは、アウトドアのマナーのひとつ」なのだそう。

 それに異論はない。焚き火にもいろいろ気遣いが必要な時代になったのはわかる。キャンプ場だって経営上の都合もあるし、やはり山火事などを引き起こす危険は避けたいし。だから「焚き火台なんて使ったら、風情が台無し」なんていうつもりは決してない、つもりだ。

 ただ……本当に直火の焚き火は環境に悪いのだろうか。地面を燃やすことはいけないのだろうか。太古の昔から人類が行ってきた行為を、自然破壊と言われるのは、ちょっと引っかかる。

焼き畑は自然破壊ではなかった

 そう感じた理由の一つは、焼き畑のことを思い出したからだ。一般に発展途上国で行われている焼き畑農耕は、森林を焼き払うから自然破壊と思われがちだが、近年の研究では、焼き畑はむしろ自然に優しい農法とされている。ちゃんと森にもどるからだ。常畑より自然を守る。

 では地表を焼くと、森林土壌にどんな影響を与えるのか。

 通常、燃焼で250℃を超えると、木材から出る可燃性ガスに引火して燃え始める。そして450℃以上で木材が自然発火する。このように書くと、450℃もの高温で土壌を焼いたら植物だけでなく、土壌に棲む生物は死に絶えるだろう、と思いがちだ。

焼いても地中の温度は上がらない?

 だが石川県白山自然保護センターの実験によると、焼き畑を実施した際に地表より2センチの高さで460~550度の温度を記録したものの、燃え尽きた灰の上部は140度、表土で150~165度だった。地表がこの温度だと、雑草などの種子が焼け、菌類も死滅する。また土壌中の水分を蒸気に変えることも害虫が棲みにくくなるだろう。

 ところが地表下10~15センチになると26,6℃だった。つまり、ほんの少し土をかぶると、ほとんど熱は伝わらないのである。

 さらに佐賀県農業試験研究センターの研究でも、麦わらを焼却した時の地表温度を計測すると、炎が通過して約7分後には60℃を下回っていた。そして3センチより深い地中では、温度の上昇は認められなかったという。ほかにも山焼きをしても、地下2センチの温度はほとんど上がらなかった計測結果も出ている。

焼けた灰が栄養になる焼き畑

 実は私は、ボルネオの少数民族イバン族の焼き畑に参加したことがある。山に火をつけ、翌日まだおき火が残り煙の上がる中、灰に棒を突き刺して穴を掘り、そこに野菜などの種子を蒔いていた。深さはせいぜい5センチ。それでも芽吹くそうだ。教わったとおり、私もせっせと蒔いた。きっと数か月後には野菜や陸稲を収穫できただろう。

 つまり、地表が焼けても、その土中に蒔く種子に影響はなく植物は育つのである。それどころか、水が蒸発して土はふかふかになるから、種子を蒔くには都合がよい。

 さらに草木が燃えてできる灰には、カリウムやカルシウム、さらに土の中のリン、窒素などといった無機物が含まれる。すると植物が吸収できる形の肥料となる。また地表の雑草の種子を焼き、雑菌を殺し、害虫も追い払う。そういや木炭の粉だって、土壌改良材として売られている。だから作物の育ちがよい。つまり、焼き畑では植物がよく育つのである。

 また連作障害は、毎年同じ作物を植えたことで、その植物が出す成長阻害物質がたまるために生じると言われるが、それも火入れをすると、たまった阻害物質が熱で蒸発してしまうから再び栽培できるようになるそうだ。

 同じことは、焚き火跡では言えないのか。

山焼きは植物の生長をよくするため

 このように考えると、焚き火をしたら、そこに草木が生えられなくなることはないだろう。むしろ焚き火の跡からは多くの植物が芽を出すかもしれない。奈良の若草山や熊本の阿蘇山など全国各地で山焼きをする伝統行事がある。これらは、焼け跡に新たな芽吹きをうながすためだ。地面を焼くことは、植物の更新に役立つのだ。だが焚き火台を使うと、そんな効用は期待できなくなる。

 だから直火で焚き火をしてもいいのだ、といいたいわけではない。キャンプ場にはキャンプ場の都合がある。キャンプサイトに先客の行った焚き火跡があると、次のお客さんの不興を買うかもしれないし、やっぱり不用意に延焼する危険は避けるべき、だ。もっとも草の延焼より心配なのは、草より火の粉の方が問題だろうが……。

 決して焚き火台を否定するわけではない。ないけど。直火の焚き火も楽しいよ。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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