SNSで話題の「学生の注目企業2021」ランキングが発表。なぜその企業が上位に…?
SNSデータを集計して作られた「学生の注目企業2021」の結果が話題となっている。
調査をしたのはNo Companyという博報堂傘下のスパイスボックス社が出資する企業。調査は2020年7月1日〜2021年6月30日の1年分のTwitterとFacebookのデータを抽出・分析されて作られたという。
ネット上では、ランクインした企業からの喜びの声や、「この企業は知らなかった」などの声が多数挙がり、大手ネットニュースサイトでも紹介されている。
ただ一方で、このランキングの結果に違和感を覚える学生もいる。「普段からTwitterで就活情報を収集しているが、これらの企業の名前は見たことがない」というような意見もあった。
そこでこの調査結果でどのような企業がランクインしているのか、そしてなぜこのような結果になったのかを今回は考察したい。
上位には新卒採用をしていない企業が多数ランクイン
今回の調査でランクインした企業は冒頭の画像にも記載されているが、改めて上位10社を紹介してみたいと思う。
1位 スタートトゥデイ
2位 カバー
3位 メルタ
4位 キャスター
5位 STPR
6位 Cygames
7位 小さな一歩
8位 気象庁
9位 ANYCOLOR
10位 ビビッドガーデン
1位は「スタートトゥデイ」…というと、ファッション通販のZOZOTOWNを運営する企業と考える方が多いかもしれないが、ZOZOTOWNの運営会社はソフトバンクグループ(Zホールディングス)に売却された後に「株式会社ZOZO」に社名変更をしている。
今回1位になった「スタートトゥデイ」は、ZOZOTOWNの運営会社ではなく、ZOZOTOWN創業者の前澤氏が再起業した法人だ。No Company社の分析によると、社員募集を発表したnote記事が注目されたという。ただしその記事は学生向けではなく、新卒採用を同社が行っているわけではない。CTOや事業責任者、経験のあるエンジニアやデザイナーなどいずれも中途向けの求人だった。
(なお、7位に入っている「小さな一歩」も前澤氏関連の企業である)
「就活生の注目企業ではなく、学生の注目企業だから新卒採用をしていなくても不自然ではないのでは?」と思われるかもしれない。
確かに、前澤氏のインフルエンサーとしての存在感は大きい。だが、学生と話をしていて「前澤氏」個人を知っている学生は多いものの、前澤氏が「スタートトゥデイ」を再度立ち上げている事を知らない学生は多い。
音声メディア「Voicy」の経営者である緒方氏は、ランクインを驚くとともに「この際新卒とか採用しよかな」とTwitterでコメントしている。逆に言うと、同社はこれまで新卒採用をしていなかったということだ。
同社に限らず、ランキングしている企業には新卒採用を行っていない企業が多数ランクインした。
上位10社のうち、新卒採用市場で実際に存在感があるのはCygamesくらいだろうか。
今SNSにいる学生は、そこまで「尖って」いない
「新卒採用を行っていない企業でも注目しているなんて、SNSを使っている学生はなんて意識が高いんだ…」と思った方、少し待って欲しい。
もちろんスタートアップ企業に関心を持つ学生は昔に比べると増えたが、大部分の学生が大企業にしか興味を持っていないという状況は変わっていない。
そして今やTwitterは一般の学生にまで普及している。2009~2010年頃のTwitter黎明期のように「Twitterを使っている学生は意識が高い」とは言えない状況なのだ。
ではFacebookはどうかというと、そもそも大学生はほとんどやっていない。社会人との連絡など就活でたまに必要になるのでアカウントくらいは持っている学生も多いが、注目している企業についてオープンにコメントしたり反応することはほとんどないはずだ。(「Facebook内に存在する採用関連のアカウント」を調査したら、おそらくそのほとんどは30代以上の社会人だろう。)
もちろん中にはスタートアップなどに興味を持つ学生もいるが、かなりの「レアキャラ」である事は間違いない。
つまり、新卒採用をしていないような「知る人ぞ知る」スタートアップが多数ランクインしている時点でこのランキングは信憑性に欠け、注意して情報を分析しなければ誤った知見を摂取してしまう可能性が高い。
そういった考えから、筆者は「このランキングはどのようにして作られたものなのか」という部分に興味を持った。
なぜこのような調査結果になってしまったか
結論を書くと、今回の調査結果では「学生以外のSNSアカウントによる反応も集計されている」可能性が高い。これが、最大の問題点だと筆者は考えている。
解説すると、今回の調査は3つのフェーズに分かれている。
[1] 学生が就活時に見ている20のネットメディアをアンケートで選定する(就職活動準備中や内定獲得済みの大学2〜4年生428名対象)
[2] [1]で選定されたトップ20メディアに掲載された「企業名が入っている記事(該当する企業に関するあらゆる記事)」「企業の社員が取り上げられている記事」を抽出する
[3] [2]で抽出された記事がSNS(Facebook、Twitter)上でどれほど「いいね」や「リツイート」「シェア」「コメント」などのアクションをされたのか、その総量(=エンゲージメント量)を計測
[3]の工程で、同社が開発した「THINK for HR」という分析ツールを使用しているという。
問題は、[1]の20媒体の選定時は学生にアンケートを取っているが、[3]の工程ではアクションを起こしたユーザーが学生であるかどうかを選別していない(少なくとも選別したと明言はされていない)という点だ。
むしろ[3]が一番重要な工程なので、ここで学生以外のアカウントを弾いておかないと、企画が根底から違うものとなってしまう。
就活をする学生が一学年あたり数十万人しかいない中、国内で何千万人ものユーザーを抱えるSNSの全体を集計対象にしたらどうなるだろうか。おそらく、「学生の意見」が反映されることはないだろう。
調査対象メディアは、様々なタイプが混在
対象メディアに選ばれた20サイトの中には、
「学生がメインターゲットのサイト」
(マイナビ、リクナビ、ワンキャリア、外資就活など)もあれば
「学生も社会人もメインターゲットのサイト」
(キャリアパーク、JobPicksなど)もあれば、
「学生がメインターゲットではないサイト」
(note、Wantedly、Newspicksなど)もあり、
様々なタイプの媒体が混在している。
20媒体全て列挙すると、下記の通りだ。
一例を挙げるとすると、「note」や「Wantedly」などの「学生以外もよく見ているメディア」を社会人のSNSユーザーがシェアしたとしても今回のランキングでは集計対象となってしまっている可能性がある。
(補足すると、前述のツールのサービス紹介ページでは「採用関連のアカウント」を対象としているように思われる記述もあった。ただし学生に絞っているという記述は見当たらず、採用関連アカウントの具体的な基準も不明である。)
企業によっては社員のSNSアカウントで自社記事を拡散させているケースもあるが、そのようなケースでも集計されてしまっているかもしれない。
「該当する企業に関するあらゆる記事」が収集対象となっているため、もちろん採用や仕事に関係ない記事がシェアされている場合もあるだろう。
仮にこの調査が「(学生に限らず)SNSで注目された企業」の一覧であれば、「興味深い結果だ!」と疑うことなく評価できたかもしれない。しかし、下手に「学生の注目企業」としてPRしてしまった結果、「本当に学生のSNSアカウントを集計したの?」と思ってしまうような、違和感のある内容になってしまった。
学生目線で考えると実際にはそこまで注目されていない企業に対して「この企業はそんなに注目されているのか!」と認識してしまう、ある種の優良誤認の恐れがあるという事は考えられる。
(すでに、このランキング結果を提示して自社の採用広報を行っている企業も多いので、多かれ少なかれそれに影響を受ける学生もいるだろう。)
そういった意味では「何を持って注目度が高いと言えるのか?」という問いも浮かんでくる。今回はSNS上のリアクションが多ければ注目度が高いという「前提」に立ってしまっているが、本来それは注目度を測る上での1要素でしかない。
「SNS上でのエンゲージメントが多いからこの企業が注目されているね」と言い切ってしまうのは、やや短絡的ではないかとも考えられる。
(「SNS上のエンゲージメント量ランキング」という調査タイトルだったとすれば問題なかったが、仮にそのようなタイトルにしていたらそこまで注目されなかったのも事実だと思われる。)
「ツールありき」ではなく、正しい調査方法を。
筆者はこのような調査方法を採った意図を調査会社に問い合わせしているが、残念ながら本記事執筆時点(11月16日)では回答をもらえていない。だが、ランキングに対する学生の反応を聞く限り、「学生の注目」が反映されたランキングになっているとは言えないと思われる。
このランキングが出ることで特に誰かが悲しんだり損したりするという事は少ないかもしれないし、ランクインをきっかけに「新卒採用やってみようかな」「SNS運用をもっと頑張りたい」と思う企業が出るならそれはそれで良い影響のかもしれないが、なんともモヤっとする調査結果だ。(また、前述の通り学生の目線では優良誤認の恐れがあるという点は要注意である)
もし調査企業への問い合わせに回答をいただけたらそれを踏まえて追記したいと思っているが、思うにこの調査結果は「自社の開発した調査ツールを活用する」ことが目的になってしまい、正しい調査方法を見失ってしまった事例であると考えている。
正しい調査方法を考えてその上で適切なツールを選定するのではなく、「調査ツールありき」で企画を進めてしまったからこのような結果になってしまったのかもしれない。自社サービスへの過信からツールに振り回されているような状態ではないだろうか。
「これが調査結果のランキングです!」と提示されればそれを信じてしまう方も多いが、鵜呑みにせず「どのような調査方法だったのか」をよくチェックしておかなければ、間違った判断を下してしまう危険もある。
この調査結果に何の疑いも持たずそのまま掲載しているネットメディアも多いが、拡散する情報が正しいのかどうか、もっと注意してチェックしていただきたいものだ。
「これらの企業を知らない学生はもっと勉強しろ」というニュアンスの意見もあるが、そう言っている人こそちゃんと情報を精査してから拡散するべきではないだろうか。
ただ、前述した通りこのランキング結果を見て前向きになっている企業経営者もいる。大手ナビサイトの公開するような「人気企業ランキング」に比べ、新たな発見があるランキングとなっているのも事実であり、個人的にそこは評価したい。
「学生が注目している企業はどこか」というテーマには興味を持っている方も多いので、是非調査方法を改善して、より精度の高いランキングを作成していただきたい。
追記
本記事公開後、No Companyの広報担当者より質問への返事をいただいた。
調査方法の詳細に関しては「プレスリリース記載の通り」という回答で、集計時に「学生以外のSNSアカウントを除外しているかどうか」「社員の身内によるコンテンツ拡散も集計しているか」などについて回答をもらうことはできなかった。
しかし今後実施される調査に関しては、今回記載した問題点などについて「設計のタイミングから担当メンバーが意識できるよう努めます」との返答をいただいた。
集計するアカウントの属性を正確に判定することは技術的にも労力的にも非常に難しいのは事実だが、今後実施される調査がどれだけ改善されるか注目していきたい。