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米国「電子タバコ」健康被害の容疑者「ビタミンEアセテート」とは何か

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 米国で電子タバコによる健康被害について、米国の疾病予防管理センター(CDC)が原因物質の可能性を示唆する発表を行った。すると共通の物質としてビタミンEアセテート(酢酸エステル)が検出されたという。この物質は何だろう。なぜ電子タバコに入れられていたのだろうか。

浮かび上がる第3の容疑者

 CDCのアン・シュチャット首席副所長によれば、CDCが全米の電子タバコ被害患者(e-cigarette or Vaping Product Use Associated Lung Injury、EVALI)29人の肺の組織(肺胞洗浄液、気管支肺胞洗浄液)から提供され、そのうちの28サンプルについて調査したところ、全てのサンプルからビタミンEアセテートが見つかったという。

 EVALIからはこれまでニコチンのほか、THC(Tetrahydrocannabinol、テトラヒドロカンナビノール)が検出され、電子タバコによる健康被害の容疑者に挙げられていた。THCは大麻の主成分で、欧米では医療用として鎮痛剤などに使われる反面、幻覚作用や記憶障害、学習能力の低下などの悪影響が報告されている薬物だ(※1)。

 当初、ニコチンやTHCが電子タバコの健康被害に大きな悪影響を与えているのではないかと考えられていたが、CDCはその容疑者の候補にビタミンEアセテートを加えた。これまで容疑者の一つに浮上していたが、ビタミンEアセテートをはっきり名指しで挙げたというわけだ。

 実は、電子タバコに含まれるビタミンEアセテートに関する研究は少ない。ビタミンEは強い抗酸化作用があり、むしろビタミンEが電子タバコの健康被害に対するバイオマーカーに使われてきたという側面もある(※2)。

 ビタミンEは約100年前に発見され、トコフェロール(Tocopherol)とも呼ばれる脂溶性の物質だ。活性酸素、フリーラジカルを除去する抗酸化作用のある健康補助食品(サプリメント)としても市販されているが、特殊な疾患以外では特に積極的に摂取しなくても通常の食べ物から得られる物質でもある。

 このビタミンEをサプリメントとして摂取する場合、エステル化させ、酸化させずに体内へ摂取することが多く行われている。例えば、酢酸とエタノール(アルコール)を反応させると水分子H2Oが取れて結合し、脱水縮合という現象が起きるが、脱水縮合した物質を酢酸エチル、酢酸エステル、アセテートという。問題になっているビタミンEアセテート、すなわちビタミンE酢酸エステルというのは、ビタミンE(トコフェロール)を脱水縮合してエステル化させ、トコフェロール酢酸エステルにした物質というわけだ。

加熱式タバコにも?

 実は加熱式タバコや電子タバコを含むタバコ製品には、そのままで不味くて味わえないニコチンを摂取しやすくするため、多種多様な物質が添加されている。アンモニアが有名だがビタミンEアセテート=トコフェロール酢酸エステルもその一つとなる。

 また、ビタミンEアセテートは、酸化を防止するためのエステル化によって本来持っている抗酸化作用を失っているのも特徴だ。日本では日本薬局方と食品添加物として食品衛生法で指定されているが、ビタミンEの誘導体としてサプリメントに使われている。

 CDCの発表によれば、ビタミンEアセテートは、ビタミン剤として経口で体内に摂取したり皮膚の一部に塗ったりする分に害はほとんどないという。だが、以前の研究ではビタミンEアセテートによる肺毒性がいくつか報告(※3)されているといい、電子タバコによってエアロゾル化し、呼吸器に深く吸い込んだ場合の悪影響については疑わしい物質だという。

 まだはっきりわからないが、ビタミンEアセテートは脂溶性なので、肺炎の症状と関係があるかもしれないと述べ、THCとの関係について今回の調査されたケースではビタミンEアセテートを含んだ電子タバコ用のTHCリキッドの使用が28ケースのうち23ケースだったとした。

 CDCは、研究が続けられ、その影響についてはっきりと解明されるまで、THCやビタミンEアセテートを電子タバコに入れないように勧告したが、医療用大麻の合法化や鎮痛剤として米国で蔓延しているオピオイドとの関係もあって問題解決については米国特有の複雑な事情があるようだ。

 いずれにせよ、ビタミンEアセテートは日本で広がっている加熱式タバコにも含まれている危険性がある。タバコ会社はタバコ製品に入れている物質を全て明らかにするべきだろう。

※1-1:Keane Lim, et al., "A Systematic Review of the Effectiveness of Medical Cannabis for Psychiatric, Movement and Neurodegenerative Disorders." Clinical Psychopharmacology and Neuroscience, Vol.15(4), 301-312, 2017

※1-2:Amir Englund, et al., "Can we make cannabis safer?" THE LANCET Psychiatry, Vol.4, Issue8, 643-648, 2017

※1-3:Catherine Dong, et al., "Cannabinoid exposure during pregnancy and its impact on immune function." Cellular and Molecular Life Sciences, Vol.76, Issue4, 729-743, 2019

※2:Roberto Carnevale, et al., "Acute Impact of Tobacco vs Electronic Cigarette Smoking on Oxidative Stress and Vascular Function." CHEST, Vol.150, Issue3, 606-612, 2016

※3-1:Dan Wu, Donal F. O'Shea, "Potential for Release of Pulmonary Toxic Ketene from Vaping Pyrolysis of Vitamin E Acetate." ChemRxiv, 2019

※3-2:John R. Balmes, "Vaping-Induced Acute Lung Injury: An Epidemic That Could Have Been Prevented." AJRCCM Articles in Press ,2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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