フランス人美術史家を転身させた日本の大福 フレンチ大福『Maison du Mochi』誕生
段階的な制限解除が始まってひと月半。パリは日々確実に活気を取り戻している。
夏至の日、フランスではあらゆる形で音楽を楽しむ「フェット・ド・ラ・ミュージック(音楽のお祭り)」が全国規模でもう39年も続いている。この日はプロもアマチュアも、上手も下手もステージで、はたまた街頭のあちらこちらで歌ったり踊ったり。昼間から夜中まで街は大にぎわいとなるのが常なのだが、いまでも公共の場で10人以上の集会が禁じられている今年はどうなることか、ちょっと予測がつかなかった。ところが蓋を開けてみれば、パリのいくつかの界隈では“社会的距離”などどこ吹く風と、人々が大挙して盛り上がっている様子が報じられた。
事ほど左様に、夏の訪れとともにパリっ子たちの持ち前の大胆さがどんどん解放されつつある。
さて、今日はコロナから離れた話題をお届けしたいと思う。
パリ左岸のデパート『ボンマルシェ』のある界隈、生活感とおしゃれ感が同居するシェルシュミディ通りに少し前から気になるお店があった。
その名は『Maison du Mochi』(メゾン・デュ・モチ=餅屋)。
興味津々でその小さな店に入ってみると、売っているのは大福のような餅菓子で、オーナーは日本人ではなく、フランス女性だという。
筆者はぜひその女性に会ってみたいと思っていたが、パリがロックダウンになる少し前に実現した。
『Maison du Mochi』の2店舗目がマレ地区にオープンするとあって、開店前日の3月5日にプレス関係者へのお披露目が行われたのだが、そこにオーナーのマチルダ・モットさんの姿があった。
微笑むとそこにパッと花が咲いたかのような彼女。開店前日の慌ただしい中だったが、筆者のインタビューに丁寧に答えてくれた。
その内容を以下ご紹介したいと思う。
【美術史家が日本で大福に開眼】
私はアメリカ生まれのフランス人。フランスで育ちました。18世紀の建築が専門の美術史家として活動していましたが、2011年から12年にかけて1年間、夫の仕事の都合で東京に暮らすことになりました。
美術史が専門なだけに、美しいものは大好きです。日本では料理の美しさにひかれました。特に大福のとりこになりました。
初めて大福を食べた時はとても驚きました。まったく体験したことのないテクスチャー。しかも姿形が美しい。パウダーをまとった繊細なミニマリスト。これこそ優しさの化身だと思いました。気分が晴れない時、癒しが欲しい時にぴったりなものを形にしたのが大福だと思ったのです。
和菓子とはそもそも植物性、グルテンフリー、小豆がベースになったシンプルなものだと知ればなおさら魅力を感じるようになり、大福なしの生活は考えられないほどになりました。
【好きが高じて起業家に】
日本に暮らして大福を食べ歩いていた頃には、まさか5年後に自分で大福のブランドを作るようになるとは思っていませんでした。
美術史の分野にいて、料理の世界とはまったく関係を持っていませんでしたし、起業家というキャラクターでもない。経済を勉強したわけでもありませんから。
けれど、日本で料理の美しさに感銘を受けたことがきっかけで、美しくて美味しいものを仕事にしたいと思うようになりました。そしてフランスに帰ってから、料理スタイリストとしてのキャリアをスタートさせたのです。
いっぽう、大福は当時パリの『とらや』には時々出ていましたけれど、フランスではほとんど手に入れることができませんでした。だから自分で作ることにしました。同時に、料理スタイリストとして出版社と仕事をする中で、本のテーマに大福を提案しました。そして完成したのが『Mochi Mochis』。2015年のことです。
さらに1年後の2016年に『Maison du Mochi』を立ち上げました。
【フランス人ならではの大福】
起業するまでの3年間はほとんど毎日のように餅菓子、特に大福を作っていました。けれども、まったく日本と同じものにはしませんでした。なぜなら私自身が日本人ではないということもありますが、むしろフランスと日本の間のようなものを意図しました。フランスのパティスリーのタッチが少し入ったものです。こちらのお菓子によく使われるアーモンドとかヘーゼルナッツ、ピスタッチオ、チョコレートを取り入れたり、季節の果物を使ったり。
そして何より衣の部分が日本のそれとは違って、口の中で溶けやすいテクスチャーにしました。というのも、フランス人は粘り気の強いものに抵抗感があります。だから、日本のものよりコシが少なく柔らかいものになっています。
また、ブランド名も「DAIFUKU」よりも通りのいい「MOCHI」を選びました。
【地方のアトリエで手作り】
最初はネット販売からスタートしました。『Maison du Mochi』を立ち上げた時、料理スタイリストの経験や著書を通じたネットワークがあったので、2、3か月先まで注文が入りました。最初の半年間は1から10まで全部私ひとりでやっていましたが、人を雇って拡大するための融資を受けられるようになり、その資金で私が住むトゥーレーヌ地方(註/パリの南西200キロメートルほど)の村にある昔の駅舎をラボラトリーにしました。そしてさらに1年後にパリ出店を計画。シェルシュミディ通りの店は2019年4月に開店しました。
というのが、マチルダさんのお話。
そして今年3月にマレ地区で2店舗目の開店となったのである。
外出制限期間中は、ネット販売のみで店舗は休業を余儀なくされたが、5月上旬から営業再開。そして今月6月半ばにイートインも復活させた。
久しぶりにシェルシュミディの店を訪ねてみると、常連とおぼしきマダムがひとり店内でまったりしていた。私が店員さんと少しばかり話をしている間には次のお客さんが戸口で待っているという具合に、確実に人気が定着しているのがわかった。
季節のMochiと新しく登場していたアイスMochiをお昼ご飯のデザートにと、ひとつずつ袋に入れてもらう。夏の日差しの下を5分ほど歩き、帰宅して袋を広げてみると、アイスの方も溶けずにしっかりとしていた。
“あん”の割合が多くぎゅっと詰まっているので、ナイフでも簡単に切れる。そしてひとくち頬張れば、甘みほどほどの優しいお味。
Mochiひとつが具合よく収まる大きさの紙製のミニトレイも愛らしく、細かいところまで気配りされたシンプルさを、食した後もしばし好もしく眺めた。