浦和レッズに見る、“爆買いクラブ”の攻略法
今季、中国スーパーリーグの広州恒大は、アトレティコ・マドリードからコロンビア代表FWジャクソン・マルティネスを獲得した。移籍金は約55億円。元ブラジル代表MFパウリーニョ、リカルド・グラルに加えて、またもワールドクラスの選手を補強している。
爆買いクラブの代表格、広州。やはり個の力は本当にすごい。他の中国人選手も、技術と球際の強さがあり、そこにスター選手の創造性が変化を付けることで、彼らの能力がうまく引き出される。
指揮を執るのは、こちらもワールドクラスの高給取り。元ブラジル代表監督のルイス・フェリペ・スコラーリだ。2002年日韓ワールドカップを制した実績を持つスコラーリは、守備重視の現実的なチーム作りで知られる。
それを改めて印象付けたのが、昨季2015年のACL(アジアチャンピオンズリーグ)だった。
準決勝のG大阪との対戦で、第一戦に2-1と勝利した広州は、第2戦のアウェーを、慎重すぎるほど慎重に戦った。
1点さえ取ればアウェーゴール差で逆転できるG大阪は、後半に宇佐美貴史や、長身FWの長沢駿らを投入して逆転をねらった。しかし、スコラーリは、守備的な選手や長身のDFを投入しながら、ひたすらゴール前に鍵をかけ、シャットアウト。そのまま0-0のスコアレスで逃げ切った。G大阪は1点が遠かった。
正直に言えば、そこまで守備重視にしなくても、広州の個の力なら、普通に戦っても点を取って勝てそうなのに、とは感じた。しかし、万に一つの水漏れすらも許さないスコラーリの采配は、スコアレスドローを選択。リスク因子があれば、徹底的に排除する。その“堅さ”は印象的だった。
スター選手の攻撃力と、手堅い守備を、圧倒的なカリスマで統率する。スコラーリは、この金満クラブに最適な監督だろう。やはり今年も優勝候補に違いない……。
ところが、今季のACL第3節で、浦和レッズと2-2で引き分けた広州恒大からは、意外な弱点が浮かび上がった。
“堅さ故の脆さ”、とでも言うべきか。
6バックになる広州を巧みに突いた浦和
浦和は序盤に2失点を喫したが、前半30分に相手GKのパンチングミスから武藤雄樹が1点を返し、息を吹き返した。
その後、浦和は攻め手をチェンジ。
ボランチの青木拓矢を最終ラインに下げ、代わって両サイドバックの槙野智章と森脇良太を高い位置へ上げた。両サイドでの優位を同時に獲得する、ミハイロ・ペトロヴィッチの戦術だ。
すると、広州の両サイドハーフは、槙野と森脇をピッタリとマークして下がり、結果として広州の4バックは、6バックのようになった。
スコラーリは、守備の約束事に厳しい監督だ。MFジョン・ロンとファン・ボーウェンは、上がってきたサイドバックを絶対にフリーにするなと、厳命されているのだろう。監督の指示を忠実に守った結果、広州は6バックになり、中盤がスカスカに空いた。
しかし、この状況を、前半の浦和がうまく活用できたとは言えない。
有効だったのは、ペナルティーエリア角のスペースにズラタンがDFを背負ったまま飛び出し、キープして折り返す攻撃くらいで、あとは崩し切れないままクロスを入れて、屈強なDFに跳ね返されるパターンが続いた。
浦和の攻撃がハマり始めたのは、後半になってからだ。
槙野と森脇が高い位置を取る状況から、両ウイングの梅崎司と宇賀神友弥が中へ入り、そこから裏へ飛び出すプレーが増えた。
典型的なシーンは後半6分。裏へ抜けた梅崎が柏木陽介のパスを受け、グラウンダーの短い折り返しを、武藤がシュートに持ち込んだ。ポイントになったのは梅崎の動きだ。6バックに吸収されたMFジョン・ロンが梅崎をマークしていたが、梅崎が中へ入っていくと、中央のDFへ受け渡そうとする。ところが、そこにいるはずのDFリー・シュエポンは森脇のマークに出ており、ポッカリとスペースが空いた隙を梅崎が突いた。
柏木のパスを受け、センターバックのDFフォン・シャオティンをカバーに引っ張り出し、最後は武藤のフィニッシュへ。広州のマークの受け渡しの隙を突いた、見事な決定機だった。
これは広州の守備のクセを、浦和が巧みに突いた場面と言える。
広州は球際の強さに自信があり、1対1で激しく寄せてくる。前半の序盤は、それに浦和が手こずった。しかし、槙野と森脇を高い位置へ上げてからは、浦和は5トップから6トップ、場合によっては7トップにすら移行できる状況に。浦和の人数をかけた流動的なコンビネーションに対し、MFが吸い込まれた6バックの広州は、マークの受け渡しに大混乱を来たした。
この状況を生むもう一つのポイントとして、広州は中央を固める意識が強いことが挙げられる。相手に攻められたら、早めにゴール前に下がってスペースを消し、とにかく中央を守る。スコラーリらしい、リスク排除の守り方だ。
その結果、球際で強く寄せるサイドと、中央を固める守備の間、つまりサイドバックとセンターバックの間に大きなスペースが空いた。前半はここに、1トップのズラタンがマークを引き連れて飛び出したが、後半はズラタンが中央に残り、守備を釘付けにすることで、ギャップとなるスペースを梅崎らに使わせた。
現実派のスコラーリ、すぐに動いたが……
そして後半10分頃、素早くスコラーリが動く。5バックへの移行を指示した。
ジャクソン・マルティネスを最前線に残し、リカルド・グラルをサイドに下げ、[5-4-1]でサイドのスペースを埋め、浦和への対抗策を打った。現実派のスコラーリらしい、素早い手当てだ。
ところが、これは明らかな裏目だった。
スコラーリが守備に重心を置いたことで、ジャクソン・マルティネスやリカルド・グラルが孤立しやすくなり、広州はカウンターの脅威が激減した。そこへ浦和は、後半17分に興梠慎三と李忠成のFWを同時投入。柏木をボランチに下げ、さらに攻撃のスイッチを入れた。
重心を下げる広州に対し、浦和はかさにかかって攻め立てる。ギャップとなるスペースを、前述の梅崎だけでなく、宇賀神、興梠、李がひたすら突き崩し、広州は防戦一方に。21分の興梠のヘディングは、決めるべき決定機だった。
水も漏らさぬスコラーリの守備に、これでもかと水を送り込むペトロヴィッチの攻撃。広州というダムに、ひたすら圧力がかかる。リスクを排除したがるスコラーリ采配が、逆に浦和を乗せるリスクを生んでしまった。
これは面白い構図だ。鉄壁と定評のあるスコラーリの『超現実主義』が、ペトロヴィッチの『超理想主義』に対して、脆さを見せている。
振り返れば、昨シーズンのG大阪は、ここまでバランスを崩して攻め立てることはなかった。だが、浦和はそれをやる。もちろん、グループリーグという状況の違いはあるにせよ、普段から両クラブにはその傾向がある。
G大阪の長谷川健太監督も、現実的なバランス重視の巧みな采配をするが、スコラーリのように『超』は付かない。守りながらもカウンターの芽は必ず用意するし、それを捨ててまでの5バックはやらない。やったとしても、終盤の終盤だ。程よい現実派の長谷川采配は、浦和のペトロヴィッチに対して絶妙なカウンターを浴びせ、2015年は浦和に3勝1敗と相性の良さを見せている。
ところが、ここにスコラーリという軸を持ってくると、面白い。
昨季ACLのG大阪と広州の対戦は、いわば現実派同士の戦いだ。G大阪はスコラーリの手のひらに乗ったまま、個の力の差で負けた。正直、打つ手なしという印象を受けた。ところが、この試合では浦和のペトロヴィッチが、かさにかかって広州をあたふたさせている。スコラーリは相当やりにくそうだ。
爆買いクラブを打ち破る方法論が、ここにある
その後、スコラーリは[5-4-1]を、元の[4-2-3-1]に戻した。これにより、逆に広州がボールを持ち直して攻める時間帯が増え、浦和にも少し疲れが出たのか、ゲームは落ち着いた。
しかし、そのまま終わるかと思われた後半44分、浦和は柏木の絶妙な浮き球パスに対し、相手サイドハーフを振り切って駆け抜けた槙野のクロスを、ズラタンが落とし、興梠がゴールネットを揺らす。
結果論だが、広州は5バックのまま我慢していれば、このサイドの大外のスペースを突かれることはなかった。現実的な5バックも、元に戻した采配も、スコラーリは何もかもが上手く行かなかった。
もちろん、これだけ広州を振り回すことができたのは、浦和のコンビネーションサッカーの質が高いからだ。中国人選手やパウリーニョらの球際の寄せはかなり強いが、ポジション連係でフリーな選手を作り出す浦和の“ミシャ戦術”は、その1対1をさせてくれない。手堅さを信条とするスコラーリにとって、実はかなり苦手なタイプではないか。
1対1の強さをベースとする広州の組織を、コンビネーションの浦和が打ち破る。現実主義に対し、理想主義がかさにかかって攻め立てる。実に面白い対戦だった。
0-2から追いつかれる試合など、スコラーリにとっては恥でしかない。内心は腸が煮えくり返るような思いではないか。
もちろん、これで「爆買いクラブ恐れるに足らず」とは言えない。脆さを見せたとはいえ、やはり強い。恐れるに足る。
ブラジル代表でもそうだったが、スコラーリは、キックオフと同時にラッシュをかけ、そこで点を奪い、あとは守備を固めつつ逃げ切るサッカーが大得意だ。2013年のコンフェデレーションズカップでは、日本代表やスペイン代表に、このパターンで大勝している。
今回の浦和も、序盤の失点は避けられなかった。あの爆発力は脅威でしかない。
だが、それはお互い様だ。広州にとっては、浦和の組織的なイケイケサッカーは脅威でしかない。
4月5日、今度は浦和のホームで行われる第4節の広州戦が楽しみになった。