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墓問題が映しだす夫婦の絆、世代の違い。夫の愛も沁みる『妻の愛、娘の時』

杉谷伸子映画ライター

シルヴィア・チャンの監督・主演最新作『妻の愛、娘の時』(原題:相愛相親)が描くのは、3世代の女性の愛と生き方。主人公ユエ・フイインが、母を20年以上前に亡くなった父と同じ墓で眠らせたいと考えたことから起こる、墓の移設騒動が軸になっています。

母を看取ったフイインは、父と同じ墓に入ることが母の願いだと言いだし、父の故郷の村にある墓を、自分たちが暮らす地方都市に移そうとするのですが、事態はそう簡単ではありません。故郷には90歳になろうかという父の最初の妻ツォン(ウー・イエンシュー)がいて、墓を守り続けていて、移設を許さないのです。

結婚後間もなく仕事を求めて夫が故郷を出て以来一度も会ったことはなくても、自分が本妻だというツォン。フイインは、母親こそが本妻だと証明すべく役所に赴くものの、思うようにことが進まず、苛立ちは募るばかり。

一方、TV局に勤める一人娘ウェイウェイは、この墓騒動をフィーチャーした番組の取材でツォンのもとに通ううちに、次第に心を通いあわせていく…。

フイインは夫や娘とともに、父の墓がある村へ向かう。
フイインは夫や娘とともに、父の墓がある村へ向かう。

そもそも、母の最後の願い自体も、フイインの勝手な解釈。思い込みが強くて、独善的に突っ走るフイインと、そんな母親に反発するウェイウェイ。世代の違いも加わって、言葉の使い方ひとつでも揉めてしまう母娘の関係を温かいユーモアを交えて軽快に描きだす。と同時に、ユエ家の嫁として何十年も帰らない夫を待ち続けた戦前生まれのツォンや、ミュージシャンの恋人アダー(ソン・ニンフォン)との将来に踏み切れないウェイウェイ、それぞれの生き方にも、社会や価値観の変化が映しだされます。

しっとりした世界を想像していたら、これが思いのほかコミカルで軽快。フイインの強引な行動のかずかずや、それを受けて立つツォンや村の人々の行動に驚かされたり、スムーズにいかない役所の窓口でのやりとりに共感させられたり。かと思えば、亡き母直伝の唐辛子ソースを衝動的に作らずにいられないフイインの姿は、娘の母への思いをのぞかせる。共同脚本も手がけているシルヴィア・チャンの繊細な視線が、何気ないエピソードのかずかずに家族の風景を豊かに息づかせてお見事。

口数の少ないツォンだが、ウェイウェイは親しみを感じていく。
口数の少ないツォンだが、ウェイウェイは親しみを感じていく。

そんな細やかな視線で3世代の女を見つめる物語は、彼女たちを愛する男たちの物語でもあります。フイインを温かく見守る夫イン・シアオピン(ティエン・チュアンチュアン)が、たまらなく魅力的。教師としての定年が迫る寂しさを抱えている妻への愛が、かずかずのシーンに滲み出る。その温かさは、こんなにも妻への愛と優しさに溢れた父親の姿に触れられる娘は幸せだと思えるほど。

『青い凧』や『呉清源 極みの棋譜』などで知られる中国映画界の巨匠ティエン・チュアンチュアンは、撮影初日に「演技などできない」と言ったそうですが、シアオピンの包容力は、まさにティエン・チュアンチュアンという人の内面をカメラが捉えているということかもしれません。

母親を鬱陶しく思うウェイウェイを、ラン・ユエティンが好演。
母親を鬱陶しく思うウェイウェイを、ラン・ユエティンが好演。

北京を目指す途中でウェイウェイに出会い、この地方都市にとどまっているアダーのミュージシャンとしての才能は、はたしてどうなのか。そのへんも、一緒に北京に行こうと誘われているウェイウェイの今後のために気になるところですが、アダーが書いた曲が流れるクライマックスは、ツォンの愛とも重なる歌詞があいまってせつなさが止まらない。エンディングでも流れるタン・ウェイウェイが歌うその主題曲『陌上花開(花との約束)』が、中国でヒットしたというのも頷けます。

そのエンディングとあいまって、「愛しあい、親しみあう」という意味の『相愛相親』という原題が優しく沁みてくる珠玉の一編。自分と世代の近い登場人物だけでなく、さまざまな世代に思いを重ねさせてくれます。

(C)2017 Beijing Hairun Pictures Co.,Ltd.

配給:マジックアワー

『妻の愛、娘の時』

9月1日よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次ロードショー

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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