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【東京都台東区】東京都美術館「うえののそこから『はじまり、はじまり』荒木珠奈展」で非日常空間に触れる

デヤブロウ街歩きWebライター(東京都台東区)

 今回は上野公園の東京都美術館で開催中の企画展「うえののそこから『はじまり、はじまり』荒木珠奈展」を紹介します。

 版画・立体物など様々な表現で活動する作家・荒木珠奈さんの初の回顧展。日常と非日常の境界を行き来するような不思議な世界観に浸るとともに、「それをなぜ上野でやるのか?」という点にも踏み込んだ、一風変わった展覧会です。会期は10月9日(月・祝)まで。

◆不可思議な世界観に触れながら「うえののそこ」へ

荒木珠奈ポートレイト Photo: Hiro Ihara
荒木珠奈ポートレイト Photo: Hiro Ihara

 荒木珠奈さんは1991年に武蔵野美術大学短期大学部を卒業されました。その後はメキシコの大学で版画等を学び、2012年以降はニューヨークを拠点に精力的に活動中。メキシコ先住民との共同制作や、世界各国の子どもたちとのワークショップなども行っています。
 ただ美しいだけではなく、「越境」「多様性」「包摂」などのテーマ性を織り交ぜたアートが特徴と言えるでしょう。

 今回の企画展は全4章立てで、テーマは「ちょっと怖くて懐かしい展覧会」です。

 まず第1章では、荒木さんの創作活動の初期作品を中心に、彼女とメキシコとの出会いから生まれた作品群が来場者を出迎えます。

《Una marcha de los esqueletos ( ガイコツの行進 ) 》 2004年 作家蔵
《Una marcha de los esqueletos ( ガイコツの行進 ) 》 2004年 作家蔵

 続く第2章では、団地の日常風景をモチーフにした作品と、反対に2011年の震災に着想を得た硬質な作品のペア。

Photo:デヤブロウ
Photo:デヤブロウ

 その先の第3章では、「サーカス」「舟」「虹」などのモチーフを軸に、物語の世界に着目した作品群を展示しています。

《牛レストラン》 2001年 個人蔵 Photo: Masaru Yanagiba
《牛レストラン》 2001年 個人蔵 Photo: Masaru Yanagiba

 最後の第4章は、企画展のテーマでもある「上野の記憶」への興味や想像をかき立てる大型作品。

Photo:デヤブロウ
Photo:デヤブロウ

 章を進むごとに一段低い階へと降りていく展示構造で、目指す先は東京都美術館で一番深い場所…つまり「うえののそこ」です。

◆日常と非日常の境目に触れられるインスタレーションが見所

 企画展の特徴として、荒木さんの作品世界に触れつつ、自分自身も作品世界に没入・介入できるインスタレーション作品が数多く展示されています。

・第1章/旅の「はじまり、はじまり!」

《Caos poetico ( 詩的な混沌 ) 》 2005年 東京都現代美術館蔵 Photo: Hiro Ihara
《Caos poetico ( 詩的な混沌 ) 》 2005年 東京都現代美術館蔵 Photo: Hiro Ihara

 第1章の目玉とも言えるインスタレーション『詩的な混沌』は、天井からぶら下がる多くの電線と色とりどりの灯りが雑然としつつ美しい光景を描いています。

Photo: デヤブロウ
Photo: デヤブロウ

 この灯りは、スタッフさんからライトを借りて、自分でコンセントに差し込んで点灯可能。

Photo: デヤブロウ
Photo: デヤブロウ

 作品はメキシコシティに住む低所得層の家灯りがモチーフ。来場客自身がその灯りをつけることで、豊かとは言えない生活環境下でも逞しく生きる力強さを、いっそう身近に感じることができます。

・第2章/柔らかな灯りに潜む闇

《うち》 1999年 作家蔵 Photo: Hideto Nagatsuka
《うち》 1999年 作家蔵 Photo: Hideto Nagatsuka

 第2章の団地モチーフのインスタレーション『うち』では、スタッフさんからとある鍵を借りられます。

Photo: デヤブロウ
Photo: デヤブロウ

 壁面にたくさんある扉の中から、鍵と同じ番号の扉を開けると、様々な可愛いイラストが登場。

Photo: デヤブロウ
Photo: デヤブロウ

 まるで宝探しのようで楽しい時間を過ごしつつ、団地の家それぞれに、様々な日常と生活があることを直に感じ取れて、温かい気持ちになれそうです。

Photo: デヤブロウ
Photo: デヤブロウ

 一方、同じ章内に展示されている大型作品『見えない』は、非常に重苦しい雰囲気。『うち』のように触れる部分が無い点も含めて、見るものの接触を拒むような空気感すらあります。

《見えない》 2011年 作家蔵 Photo: Keizo Kioku
《見えない》 2011年 作家蔵 Photo: Keizo Kioku

 この作品には2011年の東日本大震災後の「目に見えない不安感・嫌悪感を視覚化した」という説明が付いていますが、私は当時ニュースで見た黒い大津波の映像を思い起こしました。日本人全員が胸が裂けそうに辛い思いをした東日本大震災。その時どこにいて、何を体験したかによって、来場者ごとに異なるものを想起するかも知れません。

・第3章/物語の世界、国境を越える蝶

Photo: デヤブロウ
Photo: デヤブロウ

 第3章では、蝶の翅を模したテントが展示されており、その中で絵本を読みながらまるで物語の世界に入り込んだかのような気分になれます。

≪NeNe Sol -末っ子の太陽-≫ 挿絵 2011年 作家蔵
≪NeNe Sol -末っ子の太陽-≫ 挿絵 2011年 作家蔵

 ただ、この蝶のイメージには、メキシコとアメリカ間の国境を行き来する人々の姿も重ねられているとのこと。不思議で楽しくも見える物語世界と、社会の現実とが交錯するこの章でも、深く考えさせられそうです。

・第4章/うえののそこ(底)を巡る冒険

Photo: デヤブロウ
Photo: デヤブロウ

 第4章は説明がごく最小限。「このオブジェがなぜ上野に展示されているか」という想像力が求められます。

 上野は地理的に台地部分(上野公園側)と谷部分(アメ横側)の境界にあたり、同時に様々な国の人々が行き交う文化的な境目、新幹線や空港行き特急などの起点であるインフラ的な境目でもあります。

《記憶のそこ》のためのドローイング 2023年 作家蔵
《記憶のそこ》のためのドローイング 2023年 作家蔵

 加えて、震災や戦災など、時代の変わり目を目撃し続けてきた地域である上野。そうした様々な変化と要素が現在の上野を形成していることが、この章の作品を通じて表現されているように感じられました。

◆日常と非日常が隣り合う街・上野について考える

 この展覧会をさらに深く楽しむため、章ごとで隣り合わせになっているテーマ性へ注意していくと、面白いことが発見できるかもしれません。個人的には、第1章では「定住と旅」、第2章では「日常と災害」、第3章では「現実と空想」、そして第4章では「過去と現在」といったテーマ性・対比が見られました。

 上野は様々な変化や境目に縁が深い地域で、日常と非日常の境目を巧みに表現するこの企画展にはピッタリの街。それぞれの章で描かれるテーマに目を向けて、美術館を出た後で上野公園やアメ横を歩いてみると、また新しい発見があるかもしれません。

《浮き雲暮し》 2000年 作家蔵
《浮き雲暮し》 2000年 作家蔵

「うえののそこから『はじまり、はじまり』」荒木珠奈展
【会場】
東京都美術館 ギャラリーA・B・C
【住所】
東京都台東区上野公園8−36
【最寄駅】
JR上野駅・公園改札より徒歩7分
【会期】
2023年7月22日(土)〜10月9日(月祝)
【休室日】
月曜日、9月19日(火)
※8月14日(月)、9月18日(月祝)、10月9日(月祝)は開室
【開室時間】
9:30〜17:30
※金曜日は9:30〜20:00
※入室は閉室30分前まで
【リンク】
企画展公式サイト

街歩きWebライター(東京都台東区)

カフェ・居酒屋探し、博物館・美術館見学、銭湯巡りや寺社探訪など、都心部の街歩きが大好き!特に都内で暮らし始めた頃に住んでいた浅草近辺、博物館・美術館が沢山ある上野界隈など、台東区内を月に2~3回は散策しています。東京23区でも面積最小ながら、歴史と見所が詰まった台東区の魅力を積極的に発掘・発信していきます!

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