東京都台東区/上野公園・東京都美術館「ノスタルジアー記憶のなかの景色」で心の中の「懐かしさ」を再発見
東京都美術館では2024年11月16日(土)から2025年1月8日(水)まで、上野アーティストプロジェクト 2024「ノスタルジア―記憶のなかの景色」を開催!本展を通じ、鑑賞者は郷愁や愛おしさ≒「ノスタルジア」という感情が持つ意味と可能性に巡り合っていくこととなります。今回は同展の報道内覧会に参加しましたので、本記事で展示の見どころや魅力をお伝えします!
また、本展はコレクション展「懐かしさの系譜─大正から現代まで 東京都コレクションより」と同時開催。この秋冬は東京都美術館でノスタルジックな旅に出かけてはいかがでしょうか?
◆誰もが持つ「ノスタルジア」という複雑な感情
「ノスタルジア」とは、過去の思い出や体験・経験へ向けられた愛着や郷愁といった感情のこと。遠い昔の幸せだった時間、印象的な出来事、懐かしい故郷などを振り返ることは、現在のストレスや悩みを和らげながら気持ちをリフレッシュさせ、時には明日へと向かうためのヒントも与えてくれます。
一方、「過去に戻りたいが、もう決して戻れない」という心の痛みや切なさも含んでいるのがノスタルジアであり、明暗どちらの要素もある複雑な感情と言えます。
本展では大正〜平成生まれまで、世代も出身地もさまざまなアーティスト8人の「記憶のなかの景色」を探訪します。描かれるものは子どものいる日常風景から異国の地、時には非実在の幻想都市まで多種多様。アーティストごとに異なった題材や描画法を用いつつ、人間誰しもが心の底に宿す『はじまり』の風景(原風景)を追い求めている様をゆったりと鑑賞できます。
◆静謐な水辺の風景に昔の記憶をくすぐられる
本展会場では東京都美術館のギャラリーAおよびギャラリーCを使用。東京都美術館での企画展は絵画や写真・彫像やインスタレーションなど複数メディアの作品を組み合わせることも多いですが、今回はほとんどの作品が絵画や版画など壁掛けのアート作品となっているため、展示空間内は広々として物静かな雰囲気です。
展示の第1章は「街と風景」。日常風景のなかにある光・水・色彩の微細な変化を丁寧に描き出すアーティスト2名を紹介しています。
最初の作品は風景画家・阿部達也(あべ たつや)さんの描く、海辺や川辺など水のある風景画。阿部さんは1974年に東京都で生まれ、1999年に武蔵野美術大学油絵学科卒業。2011年の東日本大震災以降、身近な川や海などを「できるだけ正確に」描くことを続けています。
空や海、水は人間だれしも幼い時から親しみ、身近に感じているもの。人間の原初の記憶に最も近い存在とも呼べます。阿部さんの作品は個人的感情をはさまず、風景を脚色や誇張なくまっすぐ精密に描くことで、鑑賞者側の「こんな風景、見たことあるなあ」という感情を呼び起こしてくれます。
ブルーの壁面に並ぶ、精密な筆使いと淡い色彩の絵画。絵の中に「主役」になる人物が描かれていないことも、かえって鑑賞者自身が「主役」であるかのように、絵の風景と鑑賞者の視野を重ね合わせる役割を果たしています。
◆「動物頭」のキャラクターがなぜか釣り堀に?
続いて展示されているのは、版画家・南澤愛美(みなみざわ あいみ)さんの少し風変わりな作品群になります。南澤さんは1999年東京都生まれで、2022年に女子美術大学の洋画専攻版画コースを卒業と、本展でも最若手。そして卒業と同じ年に日本版画協会の第89回版画展日本版画協会賞を受賞したという期待のホープです。
南澤さんの作品では主に、登場人物が川や釣り堀で釣りを楽しんでいる情景が描かれています。特徴的なことは、この登場「人物」の頭部がすべて動物に置き換わっていること。ありふれたシチュエーションに動物フェイスの効果が加わって、子どもの時に見た夢の世界のようなコミカルさや不安定さ、若干の不気味さが作品全体に加わっているように思われます。
また、水面の波紋や光のきらめく描写がすごく綿密で細かいことにも要注目!ここは南澤さんも特に力を入れているらしく、「これを版画で描いたのか!」と驚かされてしまいます。さながら、水面のゆらぎが記憶や思い出のゆらぎを暗喩しているようにも見えます。
◆幼少期の穏やかな瞬間を岩絵の具で表現
展示の第2章「子ども」では二人のアーティストが制作した、少年少女の遊ぶ姿や自然な振る舞い、穏やかな様子などの絵画を展示。ここではアーティスト自身の過去の姿などが、現在の子どもたちに重ねて描かれています。
芝康弘(しば やすひろ)さんは1970年に大阪府で生まれ、1994年に愛知県立芸術大学日本画科を卒業。芝さんの描く日本画では、おだやかな陽光とのどかな自然に包まれながら、子どもたちが屈託なく遊んでいる様子をメインテーマにしており、本展でもとりわけノスタルジックで懐かしい作品になっています。
作品はどれも優しい光にあふれ、リアルで写実的ながら、同時に夢の世界のような繊細さと懐かしさも漂わせています。作品の上下が人の身長ほどもある大型作品も展示されており、近づいて見ているとなかなかの没入感。作品を通じて遠い過去の世界にも帰れそうな感じすらあります。
また、これらの作品は画材として岩絵具が使われており、絵の表面できらめく細かな岩粒が、子ども時代の思い出にもきらめきを与えているようです。作品全体のやわらかな色調は芝さんも特にこだわったポイントらしいので、ぜひとも本展で現物を見てもらいたいです。
◆シャープでハイコントラストな子どもの絵画
一方、1978年に東京藝術大学日本画科を卒業した宮いつき(みや−)さんの作品は、芝康弘さんと同じ日本画の技法を使いながらも、芝さんの作品とは対照的にシャープさとコントラストが特徴。日本画の技法ですが日本画らしくない、細やかさと大胆さの同居した絵画です。
宮さんの作品では、子どもや女性が室内で思いにふける情景などが描かれており、知的かつ装飾的な印象。人物だけでなく背景の描き方も個性が強く、濃い目の色彩や銀箔を使い、さながらアンリ・マティスの絵画のように、派手ながら調和の取れたテイストに仕上げられています。
作品は宮さん自身のお子さんを主なモデルにしており、ごく自然なあり方やふるまいが主に描かれています。自分の子どもを描くことで、それを通じて自分自身の子ども時代を振り返っているとのことです。
◆遠いシルクロードの夕陽にも懐かしさが漂う
第3章「道」では日常空間から少し離れて、旅先や架空の世界など、幻想的な要素からノスタルジアを表現している多様な絵画を展示。なかには日本以外にルーツを持つアーティストも含まれています。
入江一子(いりえ かずこ)さんは日本統治時代の朝鮮・大邱(テグ)の生まれで、1930年代より画家としての活動を開始。60年代以降はシルクロードや海外の風景・人々をテーマにした制作をライフワークとしていた方です(※2021年没、享年105歳)
シルクロードをテーマに制作を始めたのは実に60歳を過ぎた頃からで、その熱意は「シルクロード記念館」を開設するほど。その出発点は故郷の朝鮮・大邱(テグ)で見た夕焼けであり、1969年のシルクロード写生旅行で大邱と同じくらい真っ赤なイスタンブールの朝焼けを見たことが、シルクロード・シリーズがライフワークになったきっかけだったそうです。
入江さんの絵画は中国・韓国など東アジア圏や、シルクロードの国々が主な題材。日本から何千kmも離れた街の絵も含まれていますが、その茫洋とした作風は異国というよりも、さながら夢の風景のよう。こうした風景を、入江さんに限らず多くの人が夢見たり、想像したりしたことがあるのでは…と思わされます。
◆横幅16m!超ロングな大作が描く架空の昭和日本
玉虫良次(たまむし りょうじ)さんは1956年に埼玉県の生まれで、1979年に武蔵野美術大学油絵学科を卒業後、現在まで創作を続けています。懐かしい昭和日本の情景を再構成したような作風が特徴で、そこには平成〜令和の社会に対する違和感や皮肉も込められています。
本展で展示されている作品は、制作5年という連作10点を横に繋げた、実に長さ約16mという大パノラマ!全体が連結されたのは本展が初めてで、作者の玉虫さん自身も初めて連結後の姿を見たそうです。
長大な作品全体に描き込まれた人、人、人!すごい人口密度ですが、よく見ると服装や小物、街並みなどは昔の日本をモチーフにしており、どこかユーモラスで懐かしい雰囲気。
また、連作の接続部に細長い別作品が差し込まれている箇所もあるのですが、それらにはブリューゲルの作品をモチーフにした絵画が描かれていたりと、「ここの描写はあれが元ネタかな?」と探す楽しみもあります。
◆ベラルーシの雪景色にも潜むノスタルジア
1958年生の近藤オリガ(こんどう−)さんは東ヨーロッパ・ベラルーシの出身。1983年ベラルーシ国立美術大学卒業。乳白色の階調と柔らかい光に包まれた、空間の深みを感じさせる絵画を制作しています。
ベラルーシは国土全体が標高の低い平坦な地形で、その4割が森林地帯。平均気温は夏でも摂氏20度以下で冬期には氷点下という「寒い」国であり、乳白の色合いもベラルーシの雪景色がモチーフとなっております。
あどけない子どもの姿やレモンの断面など、被写体はありふれたものながら、遠目だと写真のように見えるほど繊細に描かれています。そうした人・物が、記憶の世界のように非現実的な背景と強いコントラストを成しており、さながら明晰夢のような雰囲気を与えています。
◆イタリアの遺跡風景が日本の懐かしい風景と重なる
久野和洋(くの かずひろ)さんは1938年、愛知県生まれ。1973〜76年に美術大学の派遣によりヨーロッパに留学し、1991〜92年には文化庁派遣の在外研修員としてイタリアに滞在した経験をもとに創作活動をおこなった方です。(※2022年没。享年83)
本展で主に並べられているのは、紀元前のイタリア半島で栄えたという旧エトルリア文明の遺跡を、それを包む木々や自然とともに、穏やかな筆使いで描いた作品群です。
これらは異国の風景を描いているはずなのに、どことなく日本の農村風景に重なる点も多く、遠い国の眺めでありながら不思議な懐かしさも感じさせてくれます。人間が「懐かしい」「帰りたい」と思う風景というのは、国・土地・人種・文化などを超えて普遍的なものなのかも知れませんね。
◆畳に腰掛けながら「私のノスタルジア」を自問自答
第3章「道」の展示されているギャラリーA中央には、自由に腰掛けられる8畳分の畳敷きスペースが設けられております。ここは休憩やリラックスのほか、作品の感想や鑑賞者自身のノスタルジアをゆったり振り返るために設けられているとのこと。ここに座ると、子どもの頃に実家の和室で、畳の上に寝転がってのんびり…などという経験を思い出す人も多いのではないでしょうか。
ノスタルジアで顧みる対象は、遠い過去や子ども時代だけに留まりません。遠い過去に去ってしまった懐かしい風景というのは、同時に今の私達が心のどこかで「再び見たい」「将来また出会いたい」と思い続けている風景でもあります。本展を通じて私達自身のノスタルジアを振り返ることは、そのノスタルジアを手掛かりに私達の「これから」へ向き合う契機にもなるでしょう。
なお、会場内には今回出典したアーティスト8各へのQ&Aパネルも置かれています。絵画に限らずイラストや文章など、何かしらの創作活動をしている人にとって参考になる内容も少なくないので、こちらも注目してみると良さそうですね。
◆同時開催のコレクション展もおすすめ
なお、今回の「ノスタルジア―記憶のなかの景色」と連動して、東京都美術館ギャラリーBではコレクション展「懐かしさの系譜─大正から現代まで 東京都コレクションより」も開催されています。
こちらでは東京都所蔵のコレクションの中から、昔の風景を描いた絵画から、現代社会の都市や郊外を映した写真などを紹介し、大正時代〜令和の現代まで日本の風景を追体験。それぞれの時代の人々がどういう形で「懐かしさ」を見出してきたのかを再考します。
作品は油彩画・木版画・素描・写真・書籍・ポスター・写真集など様々なメディア(媒体)で構成。こちらもぜひ、「ノスタルジア」展とあわせて鑑賞してください!
上野アーティストプロジェクト2024「ノスタルジア―記憶のなかの景色」
【会期】2024年11月16日(土) - 2025年1月8日(水)
【会場】東京都美術館 ギャラリーA・C
【住所】東京都台東区上野公園8−36
【休室日】2024年11月18日(月)、12月2日(月)、16日(月)、
21日(土)-2025年1月3日(金)、6日(月)
【開室時間】9:30〜17:30、11月22日(金)、11月29日(金)は9:30~20:00
※入室は閉室の30分前まで
【観覧料】一般500円、65歳以上300円 学生以下無料
※身体障害者手帳・愛の手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳・被爆者健康手帳をお持ちの方とその付添いの方(1名まで)は無料 *いずれも証明できるものをご提示ください
※都内の小学・中学・高校生ならびにこれらに準ずる者とその引率の教員が学校教育活動として観覧するときは無料(事前申請が必要)
【主催】東京都美術館(公益財団法人東京都歴史文化財団)
【問い合わせ先】03-3823-6921
【リンク】公式ホームページ