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ウクライナの危機は中東の食料危機?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:イメージマート)

 ウクライナを舞台とする軍事・外交危機は、その帰趨によっては本邦も含む世界的なエネルギー供給の面で重大な影響が生じると考えられている。中東諸国もその影響から無縁ではいられないが、エネルギーだけでなく食料の需給という面からも甚大な影響を受けそうだ。2022年2月14日付のレバノンのナハール紙(キリスト教徒資本)によると、ウクライナは中東諸国にとって最重要の穀物輸入元である。この報道では、中東諸国が輸入する小麦やトウモロコシの4割がウクライナからの輸入である。世界的にみると、ウクライナの市場占有率はトウモロコシの16%、大麦の18%、ヒマワリの種の50%などの高率を占めている。

 中東諸国もウクライナからの小麦輸入に頼る国が多く、国内需要に占めるウクライナ小麦への依存度はリビアが43%、イエメンが22%、エジプトが14%、そしてレバノンが50%となっている。なお、レバノンのその他の小麦の輸入元は、ルーマニア、ロシアである。現在のウクライナ危機において、紛争の舞台になる可能性が高いウクライナ東部が中東などへの穀物を産出する農業地帯であることが、問題を深刻化させている。ロシアがこの地域を制圧するようなことになれば、住民の逃亡や社会基盤の破壊により小麦の生産が減少する可能性がある。

 さらに問題となるのは、中東でウクライナからの小麦への依存度が高い諸国は、レバノン、リビア、イエメンなど紛争や経済危機に苦しむ諸国だということだ。レバノンに隣接するシリアにとっても、今般の危機の当事国であるロシアやウクライナは伝統的に重要な輸入相手国であり、こちらも事態の展開によってはただでさえ著しく低下しているシリア人民の生活水準に一層の悪影響が出ることだろう。シリアだけでなくイエメンについても、これまでに何度も「最悪の人道危機」と称される危機に直面しており、ウクライナからの穀物供給の減少やそれにともなう世界的な穀物価格の上昇で、人道危機が最悪中の最悪へと悪化することも考えられる。

 ウクライナでの危機については、実はシリアにおけるロシア軍の拠点が地中海方面でのロシアと西側諸国との対峙の拠点と化すなど、個々の国や地域の枠を超えた危機として展開している。今般紹介した穀物供給の問題も、危機が様々な国・地域・分野に波及する深刻なものであることを示している。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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