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ハゲの鬼教授と傲慢なガキの、壮絶な地獄のツンデレ

渥美志保映画ライター

唐突ですが一時、格闘技にハマっていたことがあります。

当時の私は1対1の格闘は、恋愛にすごく似てると思っていました。だって敵の攻略とは、寝ても覚めても相手のことを考え知り尽くし、それを身体のぶつかり合いの中で実践することです。そんな2人が死闘を繰り広げれば、2人しかわからない何かを感じるのは当然のことでしょう。その「お前わかってるじゃねえか。結構やるな(ニヤリ)」みたいな感じは、恋愛の「こんなにわかってくれる人初めて!きゃーん!」みたいな感じとクリソツ!――ま、たとえ賛同してくれる人がいなくてもいいんですけども、はい。話題の『セッション』をご紹介するのに、なんで格闘技やねん!というのは、この映画で描かれているのが完全な格闘技だからです。いやもうほんと、壮絶なド突き合い。誰も聞いちゃいないけど、高山vsドン・フライ級。聞いてませんね。

さて物語。ジャズドラマーを夢見て音楽大学に通うニーマンは、ハゲの(関係ないけど)鬼教授フレッチャーにスカウトされ彼の名門バンドのドラマーになります。これで将来は約束されたも同然と思いきや、壮絶なシゴキが始まります。時々運動部のシゴキで監督逮捕!とかニュースになりますけど、間違いなくそれレベル。怒鳴る殴るは当たり前、激烈な言葉責めに、意図的な嫌がらせに、犯罪レベル訴訟レベルの教授なわけです。ところが自分の才能を信じるニーマンのプライドも天より高く、翻弄され弄ばれるうちに「あのハゲに絶対俺を認めさせたるわ!」と、血だらけになるまでドラムを練習し、ケンカ上等とばかりの態度で受けて立つようになります。

この映画のすごさは、この二人が揃いも揃って本当に徹底的にイヤなやつだってことです。「鬼だけど本当は愛がある」とか「音楽を純粋に愛してる」とか、そういう普通の映画にありがちな「最後の拠り所」はひとつもありません。フレッチャーは若い才能を潰す気マンマンだし、野心ギラギラのニーマンは「凡人の君は夢の邪魔だから」と恋人を切り捨てるようないけ好かない男です。観客はどっちにも全く共感できないのですが、でもあまりに嫌なやつだからこそ、その殴り合いはすごい見せ物になります。女子なら「ちょっと見た?1課のお局様と2課の女王様が、さっきすっげーケンカしてたの!こっえー!!!」とかありますよね、そういう感じ。

さて映画の中で、シゴキに耐えかねたニーマンが、フレッチャーにこう言うシーンがあります。

「先生のやり方では“第二のチャーリー・パーカー”は潰れてしまう」

チャーリー・パーカーは伝説のジャズ・ミュージシャンで、それを自分になぞらえて「俺みたいな天才の卵のうちに潰す気かよ!ハゲ!」って言ってるわけですね。ま、ハゲとは言ってませけど、ニーマンはそのくらいの気持ちでしょうよ。んでもって、ハゲ教授はこう答えます。

「第二のチャーリー・パーカーなら決して潰れない」

つまり「この程度で潰れるようなヤツは、世に出るほどのタマじゃねえだよ!」ってことです。

人を育てるのが難しい今の時代に、「教える側」と「教えられる側」の関係を描いた、ほんと危険な作品だなあと思います。私が若い頃の「シゴキ」とか「根性論」を今更復活されても、マジで私が困るから!とは思うんですが、「なにくそ!」という人間のバネになる気持ちは、ある程度はこういう関係から生まれるのかもしれません。

でももちろん愛は大前提。師弟愛のこれっぽっちもない関係で、明らかにされる「むき出しの本音」は、ふたりの人間としての強烈な身勝手さと醜さが滲みます。

こんなにも憎しみ合うこんなにも醜い二人を、どうしてここまで描くのか。これがラストの展開に強烈に効く、壮大な前振りになるのです。このあまりに極端なイヤなやつぶりが、ラストのカタルシスを驚くほど鮮やかにエキサイティングにしてくれます。最後の死闘の中でボロッボロになるまで殴り合った二人に、「わかってるじゃねえか。結構やるな(ニヤリ)」な瞬間が訪れてしまうのです。なんと壮絶なツンデレ…こういう瞬間には、軽く萌えますね。萌えませんね。音楽でなく恋に似た格闘技の爽快感を、是非とも劇場で体験してほしいものです。

4月17日(金)TOHOシネマズ 新宿ほかにて、全国順次ロードショー

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映画ライター

TVドラマ脚本家を経てライターへ。映画、ドラマ、書籍を中心にカルチャー、社会全般のインタビュー、ライティング、コラムなどを手がける。mi-molle、ELLE Japon、Ginger、コスモポリタン日本版、現代ビジネス、デイリー新潮、女性の広場など、紙媒体、web媒体に幅広く執筆。特に韓国の映画、ドラマに多く取材し、釜山国際映画祭には20年以上足を運ぶ。韓国ドラマのポッドキャスト『ハマる韓ドラ』、著書に『大人もハマる韓国ドラマ 推しの50本』。お仕事の依頼は、フェイスブックまでご連絡下さい。

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