水不足のインドで雨水を貯めて食料をつくるプロジェクト
水道のない村で井戸水が減りはじめた
インド西部の大都市ムンバイから車で3時間ほど走ると、マハラシュトラ州ガンジャード村に到着する。小さな明かりがポツポツと見える。村人にはそれだけで十分で、重い荷物をかかえながら早足で歩いていく。私は懐中電灯をかざしながら慎重に歩を進めた。
ここに水道はない。多くの村人は井戸水を使っている。朝夕に水汲み桶を器用に重ね、井戸までやってくる人を見かける。しかし、村人は「地下水が減っているのではないか」と話す。なかには水位が年々下がっていく井戸があるそうだ。
水を汲み上げる量が増えているのか。
村人の一人は「木を切りすぎたのではないか」と言う。
村の伝統的家屋は、木、土、石、ゴーバル(牛糞)でできていた。身近なところで手に入れられる材料を使い、自分たちで建ててきた。この家は実に合理的だ。雨季には湿った温かい空気を逃がし、乾季には熱を保持する。
ところが十数年前からインド政府がレンガづくりの家を推奨した。レンガを焼く際に、たくさんの木が使われた。森林が伐採されて、それで保水力が弱まっているのだろうか。
アラビア海に近い浅井戸では「地下水の塩水化が起きている」という声も聞いた。
地下水が塩水化する原因はいくつか考えられる。1つには高潮や海面上昇などが原因で、地表にもたらされた海水が浸透すること。もう1つは地下水の過剰なくみ上げだ。
海岸地帯の帯水層は、自然の状態では、海岸線またはそれより海寄りで海洋と接している。ところが地下水の汲上げ量が増えると、海洋へ向かう地下水の量が減り、あるいは流れの方向が逆になって海水が内陸へ向かって流れる。また、地下水の利用量が増えて、浅い地下水層から深い地下水層へと開発が進むと、浅いところの地下水が真水であっても、深いところに塩水を含む帯水層があると、淡水が塩水によって汚染されることがある。
原因は定かではないが、地下水だけに頼るのは得策ではない。いまはあまり活用されていない雨水に目を向けようということになった。
雨ではなく空気がきたない
雨水は汚れているのではないかという人がいるが、それは違う。そもそも雨(水)がきたないのではなく、きたない空気を通過することで、水が汚れを含む。降りはじめの雨は空気中に浮遊する塵や汚染物質などを溶かし込んでいるが、降り始めてから30分以上経過した雨は、掃除された空気を通過するのできれいになる。水質は、水道水やミネラルウォーターに比べても純水に近い。
水質の指標の1つに「電気伝導率」というものがある。イオンや有機物といった水以外の不純物が入っていない水は、電気を通さない。反対にイオンや有機物が含まれていたら電気は流れる。どの程度電気が流れたかを調べると、どれくらい水にほかの物質が含まれているかがおおまかにわかる。雨水の電気伝導率を水道水のそれと比べると、数分の一程度だ。
2160ミリ中2000ミリが4か月に集中
村には、年間約2160ミリの雨が降る。日本の年間降水量が約1700ミリだから、数字上は日本以上に雨に恵まれている。だが、2160ミリ中の約2000ミリは6〜9月の4か月間に集中している。残り8か月の雨量は約160ミリであるため、たちまち水不足に陥る。
雨季に川だと思っていた大きな流れを見る。
それが乾季になったとたんに姿を消し、「あれは川ではなく、雨水の流れだったのか」と驚くこともしばしばだ。
雨季の雨を貯めて、乾季の水を補うことはできないか。
雨水活用の実験は、ワルリの人々と日本人のアーティスト、ボランティアが作り上げた「オモヤ」で行われた。「オモヤ」が建てられた経緯はなかなか興味深い。
数年前、ガンジャード村と日本のNPO法人「ウォールアートプロジェクト」(代表おおくにあきこさん)との出会いがあった。このプロジェクトは村の学校を舞台に国際的芸術祭「ウォールアートフェスティバル」を開催してきた。
学校の壁に絵を描き、子どもたちとその保護者に学校に足を運んでもらうきっかけ作りをするのがねらいだ。日本人現地コーディネーターの浜尾和徳さんが、村に住み込み、「おかず塾」という村の有志たちと実行委員会を組織し、ワルリの人々と日本人のアーティスト、ボランティアが一体となって芸術祭をつくりあげた。
アーティストやボランティアは絵画を完成させるまでの期間、村の伝統的な家に泊り込んだ。それが木、土、石、ゴーバルの家。その快適さに魅了された人々が、「オモヤ」と「ノコハウス」を建てたのである。このプロジェクトを「ノコプロジェクト」という。ノコとは現地の言葉で、「もう十分」という意味らしい。
雨水活用は、屋根に降った雨を貯める。村の降水量から計算すると、面積30平方メートル(3メートル×10メートル)の屋根なら、雨季の間に5万4000リットルの雨が貯まる(ロス分を10%として算出)。1人が1日50リットルの水を使うと考えると、雨水だけで約3人分の年間生活用水が貯められることになる。
現地の材料でつくるための試行錯誤
雨水活用に欠かせない材料が雨樋、集水口、タンクだ。
日本ではホームセンターなどで簡単に揃うが、ガンジャード村では容易くはない。車で1時間ほどの隣町まで買いに行った。
雨季のインドは曇りがちで、雨が降ったり止んだり。気温は30度を超えているが、日差しがないので乾季のように肌がヒリヒリすることはなく、むしろ湿度が高いので低音サウナにいるような感覚になる。デコボコ道に体を預けながら、車窓から人々の生活を垣間見ることができる。
グリーン、オレンジ、黄色など華やかな衣服を身にまとった女性たちが水を運んでいる様子。バナナ、オレンジ、リンゴ、ナシなどが並ぶ屋台。軒先に洗濯物を干す女性。牛を移動させる男性。まちの人たちが雨水を活用する様子も気になり、屋根の材質や形状や、雨樋の有無、タンクの有無にも自然と目がいく。
屋根はいたってシンプルで木枠の上に何かを置いただけ。波型の新建材の置かれた屋根には雨樋のようなものがついている場合もある。でも、それは軒下に雨水が落ちないようにするために取りつけられたもので、雨水を集めて使うことを目的にしたものではない。
プラスチックの容器に雨水を集めている様子をときどき目にするが、それらは無造作に置かれ、たまたま雨が貯まってるという感じ。「あの水は何に使っているのか」と現地の若者に聞くと、「とくに決まっていない。たまに足を洗うときに使うくらいかな」という答えだった。
雨水を貯める容器はどのようなものでもいいし、地面に穴を掘り、そこに防水シートを張って水を貯めてもよい。
それを決めるのは用途だ。
村の若者たちからは「雨季に雨水を貯め、乾季に小さな畑をつくりたい」、「生活用水として使いたい」などの意見があがった。農業用の水であれば、水質にこだわる必要はない。地面に穴を掘って貯める方法でも十分だ。ただ生活用水に使うのであれば雨水に汚れが混じらないよう注意する必要があるので、埃などが入らないよう密閉できるタンクが必要になる。
水を貯留するにはコンクリートやモルタル、あるいはプラスチックが適している。雨水タンクの設置場所がオーガニック農園の一角であることから、「ここに石油製品であるプラスチックタンクがあるのは違和感ある」という声もあった。「木や土でタンクをつくることはできないだろうか」という声もあった。できなくはないが、木のタンクは水質に影響を与えてしまい、土を焼いてつくったタンクは強度や大きさに課題がある。
一方で、「雨水活用のモデルとして設置するのだから生活用水にも使えるプラスチック製の密閉型タンクのほうが村人に説明しやすい」という声もあった。
どの方法も一長一短あるなかで話し合いの結果、1000リットル入るプラスチックタンク4500ルピー(約9000円)を2つ買うことにした。
プラスチックタンクは大きく分けて、据え置き型と埋設型があった。
村の若者のなかには、「景観に配慮して埋設型がよい」という意見があった。たしかにその通りだ。一方で、「今回は初めて雨水タンクを設置するので、村人にタンクの存在や配管のしくみなどをじっくり見てもらう必要がある」という意見もあった。こちらももっともな意見だ。話し合った結果、実験器は、据え置き型にすることにした。町ではタンクのほか、配管に必要なパイプ、蛇口、接続部品なども揃えることができた。
マーケットに雨どいがない
もう1つの課題は、屋根に降った雨水をどのようにタンクまで導くかということだ。一般的には雨どいを使う。しかし、現地には雨どいがなかった。「竹を2つに割り、節の部分をとれば雨樋になる」というアイデアがあった。よい案だと思ったが、現地の竹は節の部分が硬く、現地の工具で取り去ることがなかなかできない。
そこでネットを試した。網目の細かいネットを重ねて、屋根の水をタンクまで導く。
ネットにした理由は3つあった。1つ目は細かい穴が空いているので風に強い、2つ目は網目部分で汚れを吸着できる、3つ目は乾季の朝に霧をキャッチできる。町で一番きめ細かなネットを買い、村のテーラーで仕立ててもらった。
完成したネットを軒先に設置し、水がタンクの集水口に集まるように調整する。そのうえでネットに水を流してみる。残念ながらネットの穴から水が漏れてしまい、集水口まで届いたのはほんのわずか。親水性の素材と撥水性の素材の組み合わせが必要なのだが、村の中で見つけるのはなかなか難しい。
そこで村で簡単に手に入る素材でつくることにした。それは細い竹とビニールシート。これらを組み合わせ軽量のエプロンルーフ(張り出し屋根)をつくった。これならば不安定な瓦屋根にもとりつけることができる。取り外しが簡単なので風が強い日にはしまっておいたり、埃などで汚れた場合に掃除をすることもできる。
買ったネットは小さく切って折りたたみ集水口に差し込んだ。こうすることで雨水タンク内にゴミや塵が入ってくるのを防ぐことができる。最後に雨水タンクに蓋をし、通気部分や開口部、ドレン管、オーバーフロー管などに防虫ネットを取り付けた。これでボウフラ等の発生をある程度抑えることができる。
世界森会議で雨水タンクを見ながら考えたこと
完成した雨水タンクは、ガンジャード村で開催された第2回世界森会議で披露された。約200人の村人が参加し、雨水タンクに興味をもってくれた。
雨水タンクを設置した家の屋根は、上から見ると4つの三角形を組み合わせた形をしている。面積としては12平方メートルあるので、雨季の間に2万1600リットルを蓄えられる計算になる。
集まった参加者たちと「この水をどのように使っていくか」という話になった。
いままで雨水は流れていってしまうものだったから、なかなか活用するというイメージがわかないのだろう。
でも、雨季にはタンクにどんどん水が貯まっていくから、井戸水ではなくこの水を使うとよいだろう。水汲みの負担が軽減できるし、地下水を大切にとっておくこともできる。これまで井戸に依存していた生活が、雨季には雨水を使う生活に変わると、地下水使用量を減らすことができる。
また、村の地下水を調べてみたところ、硬度が高めの水だとわかったので、洗濯に雨水を使うことで洗剤の使用量を減らすことができます。硬度の高い水だと洗剤は泡立ちにくく、硬度の低い水だと泡立ちやすい。少量の洗剤で泡立つということはすすぎに使う水も少なくてすむということなので、水の使用量は少なくてすむだろう。
雨水タンクを改良して小さな畑をつくる
しかしわずか数ヶ月後、エプロンルーフはあえなく壊れた。雨季の暴風雨に吹き飛んでしまったという。
翌年4月、乾季の村にいくと、シートは紫外線で劣化し跡形もなくなっていた。また、雨水タンクのふたの部分に隙間ができてしまい、1つのタンク内にツムギアリが入り込んでいた。
雨水タンクの改良が必要だった。やはり雨どいから水を集めるほうがいい。
すると村の若者たちは「畑もつくりたい」という。乾季は水がないためにほとんど作物がつくれないため、雨水タンクの水を使ってみたいという。
人口2000人ほどのこの村では、乾季になると多くの人が季節労働に出なくてはならない。水不足、食料不足が原因だ。自分たちが日々食
べる程度の収穫があれば、季節労働に行かなくてすむのではないかというのだ。
一般論として、農業には大量の水を使う。地球上の利用可能な淡水のうち、約7割が農業に使用されている。世界人口は2025年には81億人になるとされ、食料生産のために水はさらに必要になる。食料や家畜の餌につかわれる水の量は、今後50年で2倍近くに増えると予測されている。
農業のやり方も変わってきている。最近は大規模な機械式の農業が行われることが多くなった。水がなくなるにつれ、大きなポンプで深井戸から水をくみ上げることもある。同じ土地で農業をしても使う水の量はどんどん増えている。ガンジャード村のプロジェクトでは2つのことを考える必要がある。1つは雨を貯めること、もう1つは少ない水で農作物を育てることだ。
ただ、それには少しずつ進んでいかなくてはならない。あらためて技術協力の基本を思い出す。それは「協力者は定住者ではない」ということ。現地の人が自分で考え、自分で決め、自分でアクションを続ける。現地の人が持続的に実行できる方法がよい。
今回実験器が完成すれば、それによってイメージを共有し、一歩前進できるだろう。
まずは整地。レンガでかさ上げして使い勝手をよくし、周囲に2つの小さな畑をつくった。
次に材料の調達。屋根に降った雨を集めるには雨どいが必要だ。雨どいの代わりになりそうな半円形の器材に、チリよけネットをつけた。
そして2つのタンクをつなげた。
左のタンクで集めた水がオーバーフローしたら右のタンクへ。左のタンクが沈殿池の役割を果たすので水質は右のタンクのほうがよくなるだろう。右側タンクのオーバーフローは水受けからダクトで畑へ流れるようになっているが、同じタンクを接続していけば、たくさんの水を貯めることもできる。
こうして小さな畑付きの雨水タンクが完成した。雨水タンク付の小さな畑というべきか。農園主のナンダキショール氏がここで季節に応じた作物を育ててみますとのこと。最近ではこの水をつかって「オモヤ」でのキノコ栽培も計画されている。
このプロジェクトは緒に就いたばかり。試行錯誤が続く。