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代表の座を勝ち取ったトランスジェンダーアスリート。世界大会に出場できるのか。

谷口輝世子スポーツライター
写真はイメージです。(写真:アフロ)

今年6月、トランスジェンダーのアスリートがデュアスロン米国代表入りを決めた。女性として生まれたが、2010年に男性になったクリス・モージャー選手(35)だ。モージャー選手について伝えるESPN

トランスジェンダーであることを公表し、新しい性で競技に参加し、米国代表入りした初めての選手だろうといわれている。

デュアスロンは、トライアスロンのスイムを第一ランに置き換えたもので、長距離走と自転車ロードレースによって競う。6月にミネソタ州で開催された大会でモージャー選手は男子選手として出場。8位までが代表入りできる35-39才部門の7位になり、2016年にスペインで開催される世界大会出場を決めた。

モージャー選手は米メディアに「みんなそれぞれにちがって生まれてきたことを忘れないことが重要で、トランスジェンダーの人たちもスポーツすることを許されるべきだ」と訴えた。

しかし、モージャー選手には大きな懸念がある。デュアスロンの世界大会は、トランスジェンダーの参加規則は明確にしていないのだ。

国際オリンピック委員会(IOC)は、2004年にトランスジェンダー選手の参加規則を定めた。

1、性別適合手術を受けていること

2、法的に新しい性別になっていること

3、手術後、適切なホルモン治療を少なくとも2年以上受けていること。

モージャー選手は2010年からホルモン療法を受けている。しかし、デュアスロンの世界大会がIOCのトランスジェンダーの出場規則を適用するならば、出場できないという。はっきりと明言していないが、IOCの規則に性別適合手術が含まれていることについて何度か反論していることから、手術は受けていないと思われる。モージャー選手自身による記事

モージャー選手は現在も性ホルモンのテストステロンの投与を受けている。このテストステロンの投与がドーピングとみなされないかという問題もクリアしなければいけない。

私はモージャー選手がスペインで開催されるデュアスロンの世界大会への出場資格を与えられるべきだと感じている。しかし、男性から女性に移行したトランスジェンダーの選手がIOCの基準を満たしていないため、女子として大会出場資格を得られないとしたら、私は全く同じ感覚になるだろうか。自分自身に疑問を持った。

競技の公平性という観点から、女性から男性に移行したアスリートが男性として競技に参加することは問題視されにくい。アスリート自身が順位や勝敗で不利になるかもしれないが、女性から男性になったアスリートの参加によって競技の公平性が失われているとは捉えられないからだ。

一方、女性から男性になったアスリートが女性として競技に参加した場合、その選手が過去に男性であったことが有利にはたらくのではないか、競技の公平性を保つことができるのか、という疑問が出てくる。

調べてみたところ、複数の医師は医学的科学的観点からIOCの参加基準は、女性から男性になった選手だけでなく、男性から女性になった選手にとっても、競技の公平性から考えて、概ね妥当としている。

では、IOCの3つの条件を全て満たしていない場合は、競技の公平性を保つことができなくなるのだろうか。

全米大学体育協会NCAAもトランスジェンダーの参加規則を設けている。NCAAトランスジェンダーハンドブック13ページ目

NCAAの場合は、IOCのように手術や法的な変更を条件にしていない。

・男性から女性のトランスジェンダーの学生で性同一性障害や性別違和のため、テストステロンの療法を受けている者は、男子として出場できる。しかし、このとき、女子としては出場できない。

・女性から男性のトランスジェンダーの学生で性同一性障害や性別違和のため、テストステロン抑制の治療を受けている者は、その治療を受けてから1年間が経過するまでは女子としては出場できず、男子として出場する。

・女性から男性のトランスジェンダーでホルモン療法を受けていない者は、女子でも男子でも出場できる。

・男性から女性のトランスジェンダーでホルモン療法を受けていない者は、女子としては出場できない。

NCAAは上記の規則はさまざまな医学的・科学的研究から、競技の公平性を保つうえで妥当なものとしている。ただし、NCAAは学生を対象にしており、世界のトップが競うオリンピックとはベツモノという反論もあるだろう。

ドッジボールの世界選手権のカナダ女子代表チームには、男性から女性になったトランスジェンダーのサバンナ・バートン選手がいる。2012年にマレーシアで開催された試合には男子選手として出場した。

その後、すぐにホルモン治療や法的に性を変更する手続きを始めたという。カナダチームが国際機関に参加の可否について問い合わせ、2015年には女子としての出場が認められたという選手だ。

バートン選手もIOCの基準についてトロントのメディアに対して「ホルモン療法だけで参加を認めることはできないのだろうか。手術するお金がないアスリートは参加できないのだろうか」と発言している。

IOCに続き、NCAAの参加基準ができたことはトランスジェンダーのアスリートたちにとっては壁を破るための大きな一歩であったに違いない。

しかし、手術には高額な費用がかかることや、ホルモン療法を受けていても、手術の必要を感じない、手術をしたくないトランスジェンダーの人もいる。競技の公平性と参加機会均等の観点から、性別適合手術は本当に必要なのか。IOCの基準に反論の声をあげているトランスジェンダーアスリートたちがいる。 

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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