Yahoo!ニュース

台風17号 秋台風 溺れる前に知っておきたいことのまとめです

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
台風17号、秋台風では低体温、車ごと流される、田畑落水に注意(筆者作成)

 台風17号の大雨が九州を中心に観測され、道路や市街地の冠水被害も報告されています。西日本全体で警戒するべき時間軸に入ってきたようです。9月22日午後4時現在、九州、四国、東海の一部を中心に大雨警報や洪水警報、あるいは西日本全体では注意報が発令されています。西日本は日付が変わるころから明け方にかけて大雨による洪水に警戒しなければなりません。夜中から朝にかけて、洪水で命を落とさぬよう、知っておきたいことをまとめました。

低体温症が出るころ

 秋のこの時期、夜から明け方にかけて注意しなければいけないこと、それは夏に比べて気温・水温がだいぶ下がってきていること。

 洪水で衣服が濡れた状態で、台風に伴う強風も相まって、それによって体温が奪われていきます。風が強くなれば、それだけ体感温度は低くなっていきます。濡れた状態で屋外にいるのは禁物です。

 山に近い内陸や本州から北の地方では、河川からの洪水なら、その水温が20℃を下回る季節にも入りました。特に水温が17℃を下回ると、水の中でそう長くは体がもちません。低体温症で命を失うことになりかねません。

 夏の時期には、浮いて待っていれば、あるいは顔だけ水面に出していて水の中で立っていれば、救助されて生還する確率が高かったのですが、このシーズンは日本列島の場所によっては、救助完了よりも低体温でエネルギーを使い果たす方が時間的に早くなることがあります。

 秋台風では、水に落ちないこと、水に入らないこと、以上が夏よりもさらに重要な注意点になってきます。

車も流される

 人と同じくらい洪水に流されやすい車。「1トン、2トンもある車が人と同様に流されやすい。」あまり考えたことはないと思います。

 図1を見てください。(a)周囲の水かさと同様に車内にゆっくりと水が浸入していくと、車の本来の重量のためにそうそう浮くことはありません。(b)ところが急速に周辺の水かさが増えると、車内に水が浸入する暇がなく車体が浮きます。なぜなら、車は水が入らなければ、風船のようなものだからです。このとき「かさ密度でいうと人よりも低くなる。」つまり人より浮きやすくなります。これに流れが加われば、やすやすと流されます。

図1 急激に水かさが増すと、(b)(c)のように浮いて車も流される。(筆者作成)
図1 急激に水かさが増すと、(b)(c)のように浮いて車も流される。(筆者作成)

 流れが秒速1 mを超えると、水深50 cmでも流され始めます。人もそれくらいで流されますので、車が流され始めたら、外に出ても、中にとどまっても、どちらも命の危険に直結します。「どうしたらよいですか」と聞かれた時に、「イチかバチかの賭けに出るしかない」と答えざるを得ない状況です。

 秋の大型台風では急に雨が強くなり、たとえば市街地ではマンホールから急に水が噴き出したりします。近くの溢れそうな河川から水が逆流してくるからです。避難を始めたときには全く冠水していなかったのに、カバーイメージのようにいきなりマンホールから山のような水が噴き出せば、その周辺はすぐに冠水します。そのとき大量の水が押し寄せてくるわけで、流れを伴っています。こういう流れを伴う洪水箇所の車での通行は大変危険です。

 流されたら、都合の良い方向には向かいません。なぜなら、水は低い方へ向かって流れていくからです。大雨の時には低い土地を避けて高台を選択して通行してください。

田畑トラップ

 秋の収穫時期に重なるので、なおさら農作物が心配です。特に夜間は危ない。毎回の豪雨では、田畑の見回りで犠牲者が発生しています。用水路や排水路の水の流れ、収穫間近の農作物、様々な心配事があるかもしれません。でも、今夜は絶対に見にいかないように。

 夜の暗がりや大雨で足元がよく見えない中、田畑の冠水が始まっていると、道路から一段下がっている田畑が危ないです。冠水していると水深が深くなっていることに気が付きません。そんなに深くないだろうと田畑に足を踏み入れ、いっきに沈水してしまうこともあります。溺水トラップのうちの田畑トラップです。

 それほど深くない。腰まで浸かった程度でも、図2に示すように道路まであがるところが斜面だと、斜面を上がって水から脱出できないこともあります。水中では、斜面が体重を支えるわけです。(b)水中では浮力のために斜面にかかる力が強くないので、斜面が体を支えてくれます。ところが(c)腰より上に出ようとすると、斜面にかかる力が強くなり、足が滑りだします。そうなるとそれ以上自力で上がることができなくなります。これは、ため池水難死亡事故でよくみられる現象です。

図2 (a)田畑にトラップされた状態 (b)斜面を上がる時、腰までは上がれる (c)腰より上がろうとすると足が滑って上がれない。(筆者作成)
図2 (a)田畑にトラップされた状態 (b)斜面を上がる時、腰までは上がれる (c)腰より上がろうとすると足が滑って上がれない。(筆者作成)

 夏であれば、顔を水面に出して救助を待つことができました。ところが季節的に水温が低くなり始めており、条件によっては低体温で朝まで命がもたなくなるかもしれません。

まとめ

 つい最近の台風まで夏のイメージが強かったのですが、秋の台風には秋特有の性格があります。特に溺水に関しては気温・水温のリスクも考えなければなりません。秋台風では、水に落ちないこと、水に入らないこと、が肝要です。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

斎藤秀俊の最近の記事