リラ急落で中国に急接近するトルコ-「制裁を受ける反米国家連合」は生まれるか
- トルコ・リラ急落の直接のきっかけは、アメリカがトルコ製品に対する関税を引き上げたことにある
- リラ急落後、トルコ政府は中国に協力を呼びかけている
- 当の中国は、アメリカとの貿易戦争の行方をにらみながら、トルコとの関係強化に進むかを判断するとみられる
アメリカが相手構わずふっかける貿易戦争は、中国にチャンスを与えるものかもしれない。
8月10日にトルコ・リラが急落して以来、トルコ政府はロシアやイランだけでなく、中国との経済協力を模索している。アメリカが反米的な国を経済的に追い詰めるほど、それらは結束しやすくなり、中国の動向はそのカギを握ることになる。
リラ急落のきっかけとしての制裁
8月10日からのトルコ・リラ急落には、アメリカのゼロ金利政策の解除でドルが新興国から引き上げ始めたことや、独裁化の傾向を強めるトルコのエルドアン大統領が、7月に財政・金融の責任者に娘婿を据え、海外投資への規制を強化したことなど、いくつかの伏線がある。
しかし、直接的なきっかけは、10日にアメリカ政府がトルコの製鉄・アルミニウム製品に対する関税を2倍に引き上げたことにあった。
トルコはNATO加盟国で冷戦時代からアメリカと同盟関係にあるが、近年の両国はいくつかの問題をめぐって対立してきた。
- エルドアン政権によるメディア規制などの人権侵害
- シリア内戦でアメリカがクルド人を支援していること(クルド人はトルコ国内でも分離独立を要求しており、トルコ政府は彼らを「テロリスト」と呼んでいる)
- 2016年7月にトルコで発生したクーデタの首謀者とみられるフェトフッラー・ギュレン師がアメリカに亡命していること
これらに加えて、最近では両国政府は、トルコ当局によってテロ容疑で自宅軟禁にされているアメリカ人牧師の解放をめぐって対立している。
関税引き上げは、この背景のもとで行われた。つまり、この関税引き上げは、アメリカの貿易戦争の一環であると同時に、NATO加盟国でありながら反米的なトルコに対する制裁でもある。
「汚れた枢軸」
そのため、リラ急落後、エルドアン大統領は「アメリカが後ろから刺そうとしている」、「同盟関係が危機にある」とアメリカを批判。これと並行して、エルドアン大統領はアメリカとの取り引きを減らすことに言及している。
もともと、アメリカとの対立が徐々に深まっていたエルドアン大統領は、2016年12月段階で既にアメリカに代わって中国、ロシア、イランとの取り引きを増やす考えを明らかにしていたが、リラ急落の翌11日に再びこの考えを示した。
中国はトルコと同様、関税引き上げの措置を受け、トランプ政権との貿易戦争に直面している。ロシアは2014年のクリミア危機以降、イランは5月のトランプ政権によるイラン核合意破棄以降、アメリカから経済制裁を受けている。
エルドアン政権の方針は、これらとの取り引きを増やすことでトルコ経済を立て直すとともに、アメリカと対抗しようとするものといえる。これに関して、英紙テレグラフは、トランプ政権が『制裁を受ける国の汚れた枢軸』を生むリスクを抱えていると指摘している。
中国からみたチャンス
では、中国はエルドアン大統領のラブコールをどうみているか。
8月10日、中国の英語放送CGTNはエルドアン大統領の方針を詳細に伝えた。中国にとって、リラ急落に見舞われるトルコのラブコールに応えるメリットは小さくない。
特にリラ急落は、金融面で中国が影響力を伸ばす転機となる。リラ急落直前の9日、中国銀行トルコ支社は初めて人民元で起債(パンダ債)していたが、リラが不安定になるほど、同様の動きは広がるとみられる。
人民元の普及は、習近平体制が推し進める「一帯一路」構想の柱の一つでもある。もともとトルコは「一帯一路」構想に(少なくとも表面的には)協力的で、2017年5月に中国で開催された「一帯一路」国際会議にエルドアン大統領はプーチン大統領らとともに出席していた。リラ急落を機に金融面でもトルコ経済に影響力を伸ばすことは、中国にとって「一帯一路」構想を加速させるものとなる。
また、既に中国はトルコ経済に深く食い込み始めている。中国屈指の情報通信企業ファーウェイはトルコ・テレコムと共同で5G回線の普及を進めており、宅配サービスのアリババも事業を開始している。リラ急落はこれら中国企業にとって、トルコ企業買収を加速しやすくする。
そしてなにより、「アメリカの横暴」に直面するトルコやイラン、さらにロシアを糾合した運動を展開することは、アメリカと張り合う大国としての立場の確立にもつながる。
こうしてみた時、香港に拠点をもつアジア・タイムズが「中国がトルコを買い叩く」というコラムを掲載したことは不思議でない。
中国にとってのブレーキ
ただし、トルコの要請に中国が一方通行で傾くかは疑問だ。実際、エルドアン大統領のラブコールに中国政府はこれまでのところ公式の反応を示していない。
もともと中国とトルコの間には、浅からぬ因縁がある。両国は新疆ウイグル自治区をめぐって対立してきた。
中国西部の新疆ではウイグル人の分離独立運動があり、中国政府はこれを「厳打」と呼ばれる苛烈な弾圧で取り締まってきた。これに対して、ウイグル人が民族的にトルコ人に近いことから、エルドアン大統領は「大量虐殺」とさえ呼び、しばしば中国を批判してきた。
この経緯を抜きに、困った時だけ臆面もなく協力を求めるエルドアン大統領に、面子を重んじる中国が「手を差し伸べない」ことで罰を与えようとしても不思議ではない。
それだけでなく、自分のペースでなく「反米連合の旗頭」に祭り上げられるのは、中国にしても痛し痒しである。中国にとって、長期的には「一帯一路」構想の重要性は揺るがないが、少なくとも短期的にはトランプ政権との貿易戦争の収束も重要な課題だ。IMFの統計によると、2017年段階の中国からみたアメリカとの貿易額(5886億ドル)は、トルコ、ロシア、イランの三ヵ国との間の貿易額の合計(1433億ドル)をはるかに上回る。
つまり、現状においてアメリカとの関係改善の必要に迫られる中国にとって、トルコの都合に引き回されるのはリスクでもある。そのため、英キングス・カレッジ・ロンドンのSun Xin博士が指摘するように、トルコ支援が中国にとってチャンスであるとしても、それはトルコ経済の根本的な建て直しより、「アメリカの一方的な行動は認めない」という政治的ジェスチャーに傾きやすいとみられる。
トランプ政権の敵はトランプ政権
こうしてみたとき、少なくとも短期的には、エルドアン大統領のラブコールに中国はせいぜい表面的な対応にとどめるとみてよい。
しかし、トランプ政権との貿易戦争が長期化し、アメリカとの関係改善にかかるコストが大きすぎると中国政府が判断した場合、「一帯一路」構想を優先させても不思議でない。それはトルコと中国が恩讐を越えて、これまで以上に接近する可能性を大きくする。
だとすれば、制裁を受ける反米国家の結束が強まるかは、中間選挙に向けて各国との対決を演出してきたトランプ政権が、中間選挙の後に貿易戦争をなし崩し的にスローダウンさせるかにかかってくる。トランプ政権の敵が増えるかは、トランプ政権次第なのである。