お祭り中止で試される「地域のチカラ」【#コロナとどう暮らす】
・花火から金魚まで
「あきまへんわ。祭りは、ほとんど中止でしょ。いつもやったら、町内会の盆踊りとかで、ぎょうさん売れる時期なんですけどね。」
大阪市の松屋町筋は、地元では「まっちゃまち」と呼ばれる人形やおもちゃ問屋の並ぶ街だ。以前から比べれば、問屋の数も大きく減ったが、それでも夏が近づく頃になると、花火や屋台などで使う玩具などが並び、賑やかな雰囲気になる。たまたま立ち寄った店の従業員と話をした。
「外国人の観光客も来えへんようになったでしょ。それも大きい、店によっては、最近は小売りの割合が高くなってるから。うちらも大変やけど、てきやさん(露天商)とかは商売あがったりやろうねえ。」
夏祭りと言えば、ずらりと並ぶ屋台が風物詩だが、全国的に祭りが中止になり、露天商にとって大きな打撃になっている。その影響は、玩具や食材、テントや舞台などのリース機材、司会や歌手の仕事など、はては金魚すくいの金魚まで、様々な分野に悪影響が及んでいる。
・宿泊施設の3割が廃業を検討
徳島経済研究所とNHK徳島放送局が共同で6月に実施した「阿波おどり中止による経済影響」調査によれば、阿波おどり中止による宿泊施設のキャンセルによる損失額は約2億450万円に及び、回答のあった徳島県東部エリアの宿泊施設64施設のうち、19件が「廃業を検討する可能性」があると回答し、「既に検討/廃業決定」の1件を加えると、約3割が廃業を検討していることが明らかになった。
東北でも、五大祭りと呼ばれる「青森ねぶた祭」、「盛岡さんさ踊り」、「仙台七夕まつり」、「秋田竿燈まつり」、「山形花笠まつり」すべてが中止になった。七十七リサーチ&コンサルティングによれば、それぞれの祭り中止による観光客による消費の減少額は、青森県584億円、岩手県164億円、宮城県182億円、秋田県149億円、山形県185億円となり、合計で1264億円となるとしている。これらは、観光客の交通費や宿泊費など消費額だけであり、ここにそれぞれの祭りの運営費用などが加わる。「かつてのようにスキー客は来なくなっており、冬場の集客が落ちている。夏の観光シーズンに祭りの中止で観光客の減少が売り上げに直結し、経営危機に陥る企業が出てくるだろう」と東北地方の商工団体職員が言う。
・これ以上借金を増やすよりも廃業
阿波おどりや東北五大祭りだけではなく、全国のほとんどの祭りが中止になっており、それらの経済に与える影響、つまりマイナスの経済波及効果は、1兆円から2兆円と専門家によって幅があるものの、かなりの衝撃が地方経済に及ぶことは間違いない。
旅館やホテル、料理店が使用する地元産の農産品や酒類などの売り上げも落ち込みが大きい。お土産物も売り上げが大幅に落ち込んでおり、「原材料や梱包資材、印刷など広範囲に影響が及びつつある」(関西の商工団体職員)という状況だ。「高齢の経営者で後継者がいない場合は、給付金などをもらって、これ以上借金を増やすよりも、しばらくしたら休業から廃業という流れでしょうね。」(同)
・祭りそのものが赤字だった
実は祭りそのものも赤字が多く、存続の危機が表面化してきていた。多くの観光客が集まり、賑やかに華やかに繰り広げられる祭りは、地域経済にプラスだと普通は考えるが、この10年ほどで問題が噴出してきた。
2017年には、阿波おどりが、4億3000万円という巨額の赤字を累積させていると問題になり、徳島市の観光協会が破産するなど、徳島県の政財界を巻き込んで大騒ぎになった。大阪の天神祭も、ここ10年間は赤字が続き、累積赤字は3千万円を超すまでになっている。大阪市や大阪府は補助金の全廃をしており、2019年にはクラウドファディングなどを行ったが、結局、約900万円の赤字となった。
こうした大規模な祭りは、イベント化し、巨額の運営費用の捻出が問題になっていた。観光の目玉として、集客力のあるこうした大規模な祭りには、地元財界や地方自治体が補助を行ってきた。しかし、地方経済の衰退によって、かつてのような地元財界が機能しなくなりつつある。また、地方財政のひっ迫によって、補助金額を削減する方向にある。
今回の新型コロナ感染拡大は、地方の経済を直撃しており、来年度以降、企業による賛助金の確保が困難になったり、地方自治体の補助の大幅な減額や廃止も予想される。この先、各地の祭りにおいて、規模の縮小や場合によっては中止といったことも起こりうる。新型コロナによる今年度の中止、地方経済のさらなる落ち込みが、こうした傾向に拍車をかける可能性は大きい。
・「祭りとは何かと考える良い機会」という意見もあるが
「祭りとは何かを考える良い機会」と言った意見を、各地で耳にした。経済的な悪影響はもちろん深刻であるが、一方でこれを機会にもう一度、祭りの意義を問い直すべき時期だという意見である。
「ここ10年ほど、なにかにつけて祭りを観光に利用しようという発想が強くなって、祭りの時にしか出してはいけないはずの道具などをイベント会場に持ち出して演じたりと、ちょっとどうだろうかという意見もあった。コロナの影響で、今年の夏まつりは神事だけ執り行ったのだが、若手といろいろ話し合うきっかけができて良かった」と東北地方の70歳代の男性は話す。
一方で、大阪市の60歳代の経営者は「天神祭は、もちろん神事であることは間違いないが、大阪の観光産業の最大のイベントの一つ。経済波及効果も大きい。行政が全く助成をしないというのは、どうだろう。ただ企業も行政も金が無くなってきているのも確かで、しかしそうした中で伝統を次の時代に、どうやって繋いでいくかを、今から考えておかないと」と言う。
・祭り中止で試される地域のチカラ
「みんな、やりたい、なんとかしたいと未練がましく、延期はどうだなどと話しているが、治療方法とかワクチンとかそういうのが出てこなければ、来年もダメなんじゃないか。最悪を考えておかないとと思っています」と東京都内の中小企業経営者で、祭りの世話役を務める男性は言う。
第二次世界大戦前に東北地方の様々な習慣や祭りを記録した書籍や資料を見ると、戦争によって中断し、そのまま消えてしまった祭りが相当数あることに気が付く。今回も同じような事態が発生するかもしれない。
新型コロナの影響は、広範囲に及んでおり、旅館やホテル、飲食店、交通事業者、土産物や食品加工などに関係する企業の廃業や倒産など、観光産業の裾野から崩壊させつつある。来年あるいは2年後に祭りの再開が可能になった際に、地場の観光業者が壊滅していれば、いくら観光客が戻ってきても地域経済の復興には繋がらない。
新型コロナ発生前から、廃業が目前に迫っていた企業や事業者が、前倒しでの廃業を選択するのは、致し方ないだろう。しかし、後継者がおり、一時的な経営難に陥っている企業、事業者に関しては、さらに一歩踏み込んだ支援策が求められる。
観光産業へのさらなる資金供与、補助金の増額については、将来の財政負担増大からの反論もあろう。政府税制調査会が新型コロナウイルスによる財政悪化を懸念し、消費税増税も検討するべしと言うのも、そうした懸念からだろう。しかし、現状で健全な企業や事業者を温存しておかねば、新型コロナ問題が一段落したとしても机上の空論になりかねない。特に地域経済において観光産業が大きな存在を占めている地方では、旅館やホテルといった業界だけの問題ではなく、公共交通機関、農林水産業、食品産業、その他の製造業にも関わる問題であるという共通理解が必要だ。
廃業や倒産によって売却される事業や施設が出ることで、少ない資金で起業できることに関心を持っている起業希望者も増えている。こうした起業者への情報提供、資金援助、そして、地域において居住し、事業を行う彼ら彼女らを受け入れる努力が重要だ。いずれは観光客が戻ってくる。今、むざむざと安くで東京の大手業者、それどころか外国企業に売り払ってしまっては、アフターコロナの地域活性化は叶わない。祭りが復活して、多くの人が訪れても、そこで得られる利益の大半が域外に送られるのでは、誰が祭りの費用を負担するのか。先々を見通しての議論をすべきだ。
そして、祭りは金儲けのネタになるが、金儲けだけでは続けられない。地域社会の中の人と人との繋がりがあってこそ、祭りが続けられる。経済か、祭りかではなく、一体のものだ。両方ダメにするか、それとも両方守り、次世代に繋げることができるか、今、試されているのは地域の総合的なチカラだ。
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