群馬県の山の中で地元の大人たちが繰り広げる「大きな野望」を見て来た!
1997年9月、長野新幹線(現北陸新幹線)の開通により廃止された旧信越本線の横川-軽井沢間は、千分の66.7パーミル(1000メートル進んで66.7メートル登る)の国内最急勾配で知られた区間でした。(通常のJR線では33パーミルが最急勾配。)
現在、全国的にも過疎化や少子高齢化が進み地域活性化や地方創生が叫ばれていますが、ここ群馬県安中市でも廃線から25年を経て、残されているこの廃線跡の遺構をなんとか活用して観光資源にできないかと、地元の(一社)安中市観光機構の皆様方が写真のような電動カートを製作して、今、走行実験が行われています。
明治時代から信越本線は国の重要な幹線ルートでしたが、新幹線にその主役の座を譲った現在では、各所で分断された形になっていて、群馬県内はJR、長野県内は第3セクターしなの鉄道、新潟県に入ると第3セクターえちごトキめき鉄道という運行形態になっています。
つまり、この国の動脈として地方と都会を結ぶという鉄道を建設した当初の目的はすでに終了してしまっていると言える状況ですが、沿線地元としては「今あるものを何とか有効活用して地域活性につなげられないか。」ということが地方の一つのテーマになっていることも事実でありますので、群馬県安中市の皆様方は、役割が終了して廃線となった線路を有効活用して、集客のツールにしようという「大きな野望」を抱いているのです。
立ちはだかる問題点
廃線跡を利用して自転車等で走る体験型コースというのは他でも行われていて、同じ群馬県でも八ッ場ダムの建設で線路変更されたJR吾妻線の廃線跡を利用した自転車コースが人気を博しています。
モノ消費からコト消費に移行したと言われる現在、観光需要の掘り起こしにはこういうコンテンツは有効だと考えられますが、ここ旧信越本線の横川-軽井沢間には大きな問題が立ちはだかっています。
それは、国内最急勾配区間であるということ。
平坦な路線であれば線路の上を自転車で走ることは何の問題もありませんが、最急勾配区間だと、ともすれば下まで滑り落ちて大事故につながる可能性があります。
事実、国鉄時代にもこの同じ区間で、急勾配で制動力を失った電気機関車が脱線して線路下に転落するという大事故が起きているいわくつきの場所でもありますから、そう簡単に乗車体験ツアーを展開することはできません。
そこで、今回お目見えしたのは地元の群馬大学EV研究会が技術開発した走行部分に、地元企業が制作したFRP主体のボディーを載せたもの。
車体に書かれたEF6310、ED421というのは、かつてここで急勾配を登る「峠のシェルパ」として活躍した電気機関車を再現したものという力の入れようです。
車輪はゴムタイヤで粘着抵抗を高め、速度は時速10km程度。バッテリーを動力としてモーターとチェーンでつながっているので速度超過や滑走が発生しないという構造だそうです。
筆者が試乗させていただいたのは12月3日。
この日はバッテリーのタイプを変えて、各種データを取るようなお話でしたが、夏以降各種実験を繰り返して安全性の確認をしているとのことでした。
地域が一体となった取り組み
このようなある程度大掛かりな取り組みというのは地元の観光協会単体ではなかなかできるものではありません。お話をお伺いしてみると安中ではまず数年前に観光協会を一般社団法人安中市観光機構(武井宏理事長)としてDMO化、観光資源を掘り起こして「稼ぐ観光」にシフトしています。
武井理事長は地元の物流企業の代表を務める経済人ですから、経営的なセンスを活かしてリーダーシップを発揮され、市役所、商工会(地元事業者)、住民の三位一体となった観光施策を繰り広げられています。
その一つがこちら。
数年前から実施されている廃線跡ウォークです。
有名な横川の峠の釜めしも同じ安中市の事業者ですから、ふだんは入れない廃線跡のトンネルなどを巡り、線路の上で名物の釜飯を食べるという、大きな設備投資をすることなく、今あるものを有効活用するこのような観光コンテンツで人を呼べるという手ごたえを得て、次のステップとして電動カートを導入する計画ですから、経済人らしく着実に稼ぐ観光を行っている様子がわかります。
安中市観光機構の皆様方と筆者(EF6310と書かれている窓にいるのが筆者。)
向かって左の線路のところにいらっしゃるのが武井宏理事長。
この場所は昔の機関車の車庫の跡地を利用した「碓氷峠鉄道文化むら」として鉄道ファンの聖地になっているところでもありますから、この電動カートが実現できるようになれば、インバウンドも呼べるコンテンツとなることは大いに期待できそうです。
▼テスト走行の動画はこちらをご覧ください。
※本文中に使用した写真のうち、廃線跡ウォークの写真(3枚)は安中市観光機構よりご提供いただきました。
その他は筆者撮影、所蔵のものです。