欧州を襲う新たな危機―ポルトガルの経済再生を阻む政治危機
7月初め、ポルトガル政府が債務危機からの脱却を目指して財政緊縮に取り組んでいる最中、財務相と外相が突然、辞任するという異常事態が起きた。政治危機という新たな危機がギリシャやイタリアからポルトガルにも広がりを見せてきた。欧州債務・金融危機はこの新たな政治危機によって混迷の度合いが増すのかどうか欧州メディアの論調を検証してみた。
ポルトガル大統領府は7月1日、突然、トロイカ(欧州連合(EU)と欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)の3機関)による780億ユーロ(約10.1兆円)の対ポルトガル金融支援プログラムの遂行責任者だったビトル・ガスパール財務相が辞任した、と発表した。同相は、辞表の中で、辞任の理由について、2年前の財務相就任時に予想したよりもリセッション(景気失速)がひどくなり、失業率が上昇し、政府の財政再建の目標も達成できなかったことで国民の信頼を失ったことを挙げたが、最大の理由は財政緊縮政策を推進すべき立場にあるはずの与党2党内の“抵抗勢力”からの激しい突き上げだった。
英紙フィナンシャル・タイムズ(『FT』)のピーター・ワイズ記者(リスボン在住)は1日付電子版で、「ガスパール財務相の辞任はペドロ・パッソス・コエーリョ首相にとって、この2014年6月までの3年間で債務危機を脱し、世界の投資家の信頼を勝ち取らなければならない微妙な時期に起きた。しかし、むしろ、政府与党の分裂の可能性がポルトガル救済の成否にとって最大のリスク要因だっただけに、EUインサイダー(EU側の人物)と見られていた財務相の辞任は、厳しい財政緊縮をめぐる与党内の対立の緩和に役立つ可能性がある」と指摘し、少なくとも政治危機に発展する前に、うまく“ガス抜き”ができたと見る。
それでは、財務相辞任の翌日に起きたパウロ・ポルタス外相の辞任劇はどうか? 英紙ガーディアンのグレアム・ウェアーデン記者らは7月2日付電子版で、「外相が与党連立のパートナーの民主社会中道・人民党(CDS-PP)の党首だけに、もしも同党が連立を解消すればコエーリョ政権は成り立たなくなる」とかえって政治危機が強まる可能性があると見ている。また、同記者は「外相はしばしば緊縮財政路線をめぐって首相やガスパール財務相と衝突していたが、皮肉なことにそのガスパール氏の辞任でも閣僚を辞したのはガスパール氏の後任がEUに受けがいいマリア・ルイス・アルブケルケ(前国庫庁長官)だったためだ」という。
幸い、7月4日にコエーリョ首相がポルタス氏から「外相辞任はトロイカからの厳格な緊縮財政の実施要求に対する“個人的な”決断だった」という言質を取って党決定ではないとして、また、ポルタス氏を経済政策調整担当の副首相に担ぎ上げて与党連立の継続の確約を取り付け当面の危機を回避することに成功した。だが、外相は沈黙したままだったことから、リスボン大学のアントニオ・コスタ・ピント政治学部教授は米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(『WSJ』)の4日付電子版で「たとえ、与党連立が崩壊しなくても、このままでは明らかに政府の基盤は弱体化していく」と警告する。
また、欧州シンクタンク大手のオープン・ヨーロッパのラウール・ルパレル所長も英紙デイリー・テレグラフの6日付コラム(電子版)で、「ポルトガルの政治危機は、欧州の財政緊縮と金融支援の政策は、結果を伴わないがために、主権者たる国民と衝突を起こした例といえる」とし、ポルトガルの政治危機を引き合いに出してユーロ債務危機はまだ完全に終わっていないと主張。その上で、「与党連立政権が無傷のままでいられるとしても、いつ壊れてもおかしくないほど危うい状況にあることは明らか。また、憲法裁判所は公務員給与の削減に対して無効判断を示す構えであること、財政緊縮に対し国民の同意を得るのは困難なことから、長期的にはポルトガルの今後の見通しは依然不透明で、ギリシャと同様、第2弾の金融支援が必要になるのはほぼ確実だ」と、危機再燃への懸念を示す。
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのポール・デ・グラウエ教授(政治経済学部)もWSJの4日付電子版で、「北ヨーロッパの景気後退とポルトガルなど南欧諸国の緊縮財政という状況は、デフレバイアス(低成長・低インフレの経済の実現を目指す政策姿勢)の継続を意味する。ポルトガルのような国ではデフレバイアス(の継続)は今後、ますます政治混乱を引き起こす。この戦略は国民を苦しませるので、将来のある時点で政治システムは持ちこたえられなくなる」と、政治危機の火種は残されたままだ、と言い切る。
大統領、与野党に挙国一致による危機回避を提案
アニバル・カバコシルバ大統領は7月11日に、コエーリョ首相がようやくCDS-PP党との政権協力の継続で合意を取り付けたにもかかわらず、財政緊縮路線への超党派の支持を獲得しようと、与野党の協力合意を提案し、ポルトガル政界に一石を投じた。
ロイター通信のアクセル・バッジ記者は11日付電子版で、大統領がこうした決断を下した背景については、「ポルトガルの780億ユーロの金融支援は来年6月に期限切れとなるが、今の与党の政治勢力では政治が不安定で、それまでにポルトガルが危機を脱し、国際金融市場で低コストの資金を持続安定的に自力調達できるようになるのは困難という読みがあった」と指摘する。
政治アナリストの多くは、この大統領提案は来年にも総選挙の早期実施を招きかねない、いわば“時限爆弾”のようなものだとして、早くも政治危機の到来に懸念を示している。時限爆弾というのは、憲法で保証された特権として、与野党の各党がこの大統領提案に従って、挙国一致で財政緊縮路線を貫徹し、来年6月までに780億ユーロの救済プログラムを完了することができない場合には、大統領は議会を解散し総選挙を実施することが許されているため、時限爆弾=議会解散・総選挙と言われているのだ。
野党の社会党は早期に総選挙を実施し、その上で新政府に参加して挙国一致で改革を進める立場だ。カバコシルバ大統領は、総選挙は早くても来年6月以降とし、与党も任期が来る2015年の実施を見込んでおり、それより早い総選挙はポルトガルの救済策をダメにするとして否定的で意見が一致していない。アナリストも、総選挙が早期に実施されればトロイカによる財政緊縮による改革が滞り、結局、政治の安定がすぐに実現しなければポルトガルはトロイカと第2弾の救済策の協議を開始することになると見られており、今後の大統領と与野党の意見調整は波乱含みの展開が予想される。
アイルランドの経済社会総合研究所のジョン・フィッツジェラルド氏はロイター通信の7月7日付電子版で、「ポルトガルの問題はギリシャと同様に再び我々に取り憑いて悩ます。危機は一向に収まる気配はなく我々は地雷原を歩いている」と厳しい見方だ。(了)