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金総書記が「トランプ当選」に祝電を送らない理由 「ハムレットの心境」か!

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
金正恩総書記(労働新聞から)

 「トランプ当選」にイスラエルのネタニヤフ首相、中国の習近平主席、韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領、日本の石破茂首相、ウクライナのゼレンスキー大統領をはじめ各国首脳が続々と祝電を送っている。ロシアのプーチン大統領もロシアのソチで開かれた国際有識者会議の席でトランプ氏の勝利を祝福していた。

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記がいつ祝電を送るのか、注目されているが、8日正午現在、北朝鮮からはまだ何の反応もない。

 北朝鮮は他国とは異なり、米国とは国交を結んでいない。外交関係がないどころか、敵対関係にある。従ってイランのペゼシュキヤーン大統領同様に祝電を送る理由も必要もなければ、そうした立場にもない。

 直近の過去3回の米大統領選をみると、金総書記は一度も祝電を送ったことがない。それでも北朝鮮は大統領選挙の結果についてはそれなりに伝えていた。

 オバマ大統領当選時(2012年)は4日後に労働新聞を通じて論評を加えず、客観報道に徹し、前々回の「トランプ当選」(2016年)の時は10日後に韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領(当時)が祝電を送ったことを非難する個人の署名入り論評を党機関紙「労働新聞」に載せ、そして、前回の大統領選挙(2020年)では2カ月間も沈黙し、バイデン政権が発足した翌年(2021年)の1月23日になって初めて対外宣伝媒体を通じて知らせていた。

 しかし、金総書記はトランプ次期大統領とは2度首脳会談を行った間柄である。トランプ氏に「恋に陥った」と言わしめたほど個人的に親交があるので「今回は送るかもしれない」と、日韓を含め国際社会は北朝鮮の動向を注視している。

 実際にこれまで二人の間では公式、非公式を含めて数十通の書信交換があり、トランプ氏が2020年10月に新型コロナウイルスに感染した時には金総書記は「必ず打ち勝つと信じている」との見舞いの電報を送っていた。トランプ氏もまた、昨年6月に北朝鮮が世界保健機関(WHO)執行理事国に選出された時にはソーシャルメディア「トゥルースソーシャル」を通じて金総書記に祝賀メッセージを送っていた。

 従って、金総書記が祝電を送ったとしても不自然なことではない。また、トランプ政権時代の2020年に妹の金与正(キム・ヨジョン)党副部長が何度か、兄に代わってトランプ大統領にメッセージを発信した経緯もあるので与正氏から一言、二言あっても不思議なことではない。

 仮にこのまま祝電も談話もなく、また外務省も反応せず、労働新聞など北朝鮮のメディアまでもが大統領選挙の結果を黙殺し続けるならば、それ即ち、金総書記の苦悩の証と言えなくもない。

 米大統領選挙への北朝鮮の反応は後にも先にも今年7月23日の「朝鮮中央通信」の「米朝関係の秒針が止まるかどうかは米国の行動にかかっている」と題する論評以外にない。

 論評はトランプ次期大統領が選挙期間中に「金正恩とは上手く付き合っていた」とか「核兵器を多く持っている者と付き合うのは悪いことではなく、良いことだ」と発言したことを取り上げ、「未練を持っているようだが、両党(民主と共和党)のどちらが政権に就こうが、意に介さない」と冷ややかだった。その理由については「トランプが大統領を務めた時、首脳間の個人的親交関係をもって国家間の関係にも反映しようとしたのは事実であるが、実質的な肯定的変化はなかったからだ」と指摘していた。

 また、「公は公で、私は私で、国家の対外政策と個人的な感情は別である」と書き、(次期大統領に対して)「米朝対決史の得と実をよく考え、今後我々への対応で正しい選択をした方が良い」と忠告し、最後に「米朝関係の秒針が止まるかどうかは米国の行動にかかっている」と、談話を締めくくっていた。

 邪推かもしれないが、北朝鮮は米大統領選挙でハリス副大統領が当選した場合には「Aプラン」を、「トランプ当選」の場合は「Bプラン」を立てていたのではないだろうか。

 「Aプラン」はハリス政権ならば制裁と圧力と抑止の対北政策を取り続けてきたバイデン政権の延長になるとの判断から間髪を入れず、準備万端用意が整っている7度目の核実験に踏み切り、さらに大気圏再突入に向けてたICBM(大陸間弾道ミサイル)の正常角度による発射や昨年完成、進水させた攻撃型潜水艦によるSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射などをサラミ方式でやる計画を指す。

(参考資料:北朝鮮は「トランプ当選」を待望! トランプ前大統領の退任後の「金正恩関連発言」2021年~24年)

 しかし、北朝鮮に融和的なトランプ前大統領の復権で変更を余儀なくされ、替わって「Bプラン」の適用となるが、このプランはおそらく2018年の米朝首脳会談への回帰、即ち北朝鮮の核凍結と米国の対敵政策の撤廃(経済制裁の緩和と米韓合同軍事演習の中止)を交換交渉することがその下地となっているのかもしれない。

 ところが、その一方で、北朝鮮には来年を期限に完遂させなければならない2021年1月の党第8回大会で打ち出した「国防発展5か年計画」がある。

 極超音速滑空ミサイルや固体エンジン大陸間弾道ミサイル、多弾頭ミサイルなどは開発、完成させたものの核兵器の小型・軽量化や中・大型核弾頭の生産、軍事偵察衛星の保有などは未完のままだ。

 来年1月25日にトランプ政権が正式に発足すれば、北朝鮮はバイデン政権下で思う存分続けてきたミサイル発射などはやりにくい。出鼻からトランプ大統領を怒らせると、縒りを戻すのに相当な時間を要し、へたをすると、鎮まっていた「炎と怒り」を呼び起こすことになりかねない。しかし、今後交渉力を高めるためにもウクライナ、中東、中国重視の米国の外交優先順位を上げさせるためにも軍事力の誇示は必須である。

 仮にやるとすれば、全部はできないまでも幾つかだけでもバイデン政権の間に決行しなければならない。しかし、やればやったらで「トランプ当選に水を差した」と非難されるのがオチでこれまたそう簡単なことではない。

 やるべきか、とどまるべきか、 金総書記は今まさに、ハムレットの心境かもしれない。祝電を出せないのももしかしたらこれが理由かもしれない。

(参考資料:「トランプ当選」で「金正恩の祝電」はあるのか?)

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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