パリ・マルモッタン・モネ美術館の「感情劇場」。バブル、戦争、愛と死。描かれた人間模様。
「Le Théâtre des Emotions(感情劇場)」という、一風変わったタイトルの展覧会が今、パリのマルモッタン・モネ美術館で開かれています。
マルモッタン・モネ美術館といえば、「印象派」の命名のもとになったクロード・モネの絵「印象 日の出」があることで有名な美術館。パリ16区、ブーローニュの森に近い高級住宅街の一角にある邸宅建築が美術館になったもので、内装そのものも優美で、絵画鑑賞と邸宅探訪の二つが楽しめる場所です。
今回の展覧会は、中世から現代までの西洋美術の中で、人間の感情がどのように表現されてきたのか、その推移を辿るというもの。会場を入ってまず最初に目に入ってくる2枚並んだ絵が象徴的です。
いずれも女性の表情を描いた絵。一つはほとんど感情を消したような横顔ながら、手に持ったハンカチで泣いていることを表現している16世紀の絵。それと対になっているのが「懇願する女性」という題がついたピカソの絵。小品ながら、そこにピカソ独特の爆発するような感情表現が溢れています。
展覧会の流れは、この2点の対比を例外として、ほぼ時系列に沿って作品が並んでいて、時代が進むにつれて感情表現が変遷してきたことがよくわかります。
※展覧会の様子は記事の終わりの動画でもご覧いただけます。
中世のゾーンは、静物画が寓意的だったり、あるいは肖像画にしても、描かれている人物はほとんどが無表情。けれども、身につけているものや手に持っているものなどで新婚ホヤホヤの女性だと判ったりします。かくいう私も説明されて初めて(ふーん)と思うような具合。わかる人にはわかる、わからない人にとってはインパクトが弱いので、とかく、中世絵画というのは、美術館の中でもスルーしてしまいがち、なのではないでしょうか。
それがルネッサンスの後、17世紀あたりからはどんどん表情が豊かになってきて、ドラマチックな表現だったり、(こういう顔をする人、今もいる)と思えるような諧謔味のあるリアルな表情に親近感を覚えたりもします。
それでもあくまで、技巧的に優れた、誰もが真似できるものではないのが芸術絵画。それが20世紀になると様子が違ってきて、生々しくリアルなものよりも、作者の個性が際立ったものが多くなってきます。19世紀に写真が発明された後、現実を活写するよりも、創造することがアーティストたちの使命になっていったことが思われます。
感情表現というものをテーマにして時代を縦割りにしたこの展覧会。表現の推移によって絵画史の流れがわかる上に、ピカソ、フラゴナール、クールべ、ロダン、エゴン・シーレ、ダリ、フェルナン・レジェ、そしてクリスチャン・ボルタンスキーなど、超有名なアーティストの作品の数々が大胆に取り合わせてあるところも見どころの一つと言えるでしょう。
そして私が個人的に感じたのは、これだけ技術やアートが進んでも人間はそれほど賢くはなっていないのかもしれない、ということ。
世界史上初のバブル現象を引き起こしたチューリップが髑髏と砂時計と並べて描かれている中世の絵。フランス革命で亡命した貴族画家の絵。第一次世界大戦で負傷して数年間絵が描けなかった画家が描いた戦争…。これらを前にすれば、時代がどれほど進歩発展を遂げたように見えても、わたしたちは相変わらず同じ轍を踏んでいるのだと、観る者に物思わせ、さまざまな感情を抱かせる展覧会でもありました。