ワタミがホワイト企業になれなかった理由は? 勝手に勤怠「改ざん」システムも
告発を受けたワタミが、異例の即日「全面」謝罪
9月15日、ワタミ株式会社に対して、高崎労働基準監督署から残業代未払いに関する労基法37条違反の是正勧告が出された。労基署に申告したAさんは、「ワタミの宅食」の2つの営業所の所長を兼任しており、月175時間に及ぶという長時間残業によって精神疾患に罹患している。
9月28日、Aさんは筆者を通じて実態を告発。下記の記事がヤフーに掲載され、SNS上では大きな反響があった。
参考:「ホワイト企業」宣伝のワタミで月175時間の残業 残業代未払いで労基署から是正勧告
ワタミ側の反応は早かった。ワタミは即日で公式ホームページに「謝罪文」を公開した。「全面的」にAさんの主張を受け入れるという異例の内容だ。Aさんのもとにも、現社長の清水邦晃氏からから直筆の謝罪文が速達で送られてきたという。しかし、Aさんはまだこの謝罪を受け入れていない。ワタミの謝罪には、重要な点が抜け落ちているからだ。
本記事では、Aさんからのヒアリングをもとに、ワタミの「謝罪」の致命的な欠点、そしてワタミが長時間労働を改善できなかった原因について、論じていきたい。ぜひワタミの関係者にも読んでもらい、Aさんの訴えに真摯に向き合ってほしい。
ワタミの「謝罪」に欠如していた、長時間労働の原因
告発のあった9月28日当日に公開されたワタミの謝罪文の冒頭には、Aさんの告発に対し、ほとんど「全面降伏」といってよい文章が記されている。
「当社では、当該社員の主張を真摯に受け止めて、当該社員に深く謝罪いたします。労働基準監督署に未払い賃金の内容についてご指示をいただきながら精査を行い、全面的に当該社員の主張を受け入れる所存です」。
さらにワタミは、代表取締役2名の「処分」に踏み切っている。
「今回の是正勧告を重大に受け止め、経営責任を明確にするため、代表取締役会長兼グループCEOについては月額報酬50%の減俸を6ヶ月間、代表取締役社長兼COOの月額報酬30%の減俸を6ヶ月間とすることといたしました」。
「謝罪」のパフォーマンスとしてはインパクトがある内容で、会社が今回の告発について、それなりに深刻に受け止めていることは事実なのだろう。
だが、懸念は拭えない。謝罪の「中身」が薄く、具体的な実行力を欠き、パフォーマンスに止まっているのではないかということだ。実際、このワタミの謝罪文は、肝心の労働時間の改善について、次のように述べている。
「今後は、勤務管理者が従前以上に職場の状況を把握し、事前に時間外労働に関する残業及び休日出勤申請の厳格化を行うなど、管理者と被管理者のコミュニケーションを通じて勤務管理を適切に実施できる体制を再構築してまいります」。
この文章は、具体的な労働時間規制の内容には、ほとんど踏み込んでいないといって良い。これでは、本当にワタミが長時間労働を削減できるのかは疑わしいと言わざるを得ない。
単刀直入に言えば、ワタミは自分たちがなぜ長時間労働の改善に失敗したのか、その原因をまるで理解していないのである。
「労基に目をつけられたら、会社が潰れる」? 無視された業務量の削減
では、ワタミの「ホワイト企業」化は、なぜ失敗したのだろうか。
そもそもこれまでのワタミでは、本当に労働時間の短縮が目指されていたのだろうか。「ワタミの宅食」の営業所の所長のAさんによれば、労働時間短縮の「目標」があったこと自体は事実のようだ。Aさんは、上司のエリアマネージャーから、残業時間を月30時間以内に抑えるように指示されていたという。もちろん、残業時間の上限を厳格に決めることは、労働者の健康を守るために重要なことである。
だが、上司の関心は違うところにあった。Aさんは上司から「残業時間が月に50時間を超えると、CEO(渡邉美樹氏)が労基署に呼ばれてしまう」「もう一度労基に目をつけられたら、会社が潰れる」などと忠告されていたという。現場レベルでは、ワタミにおける労働時間短縮は、あくまでも「労基署対策」として位置付けられていたのだ。
では、実際に労働時間の短縮のための具体的な対応はなされたのだろうか。所長は早朝から深夜まで働き、休日も滅多になかった。本当に労働時間短縮をするには、この所長の業務を削減する必要がある。20人を超える配達員の管理、多いときで1日40軒にも及ぶ「代配」、キャンペーンの準備、客からのクレーム対応など、所長の業務は膨大であり、たった一人で行うには、長時間残業は不可避だった。
しかし、ワタミは所長の労働実態に関心を払うことはなかった。Aさんが休日に社用携帯電話を切ることを求めても認められず、煩雑な配達の管理システムを見直されることも、本社が所長の業務を分担することもなく、具体的な業務削減策による長時間労働削減の対策は、全くなされなかったのである。
上司が「私がいじります」 勝手に「改竄」された勤怠
業務量を減らすことができなければ、労働時間を削減することは困難だ。しかし、ワタミの宅食はこれを「実現」した。そこで横行したのは、実労働時間の「改竄」であった。
ワタミの宅食では、所長が記録した出退勤の時間を本社の人間が勝手に修正できるシステムとなっていた。このシステムによって、出勤時間や退勤時間が、上司によって「修正」されていたのである。
Aさんは、上司のエリアマネージャーから「私が(Aさんのタイムカードの記録を)いじります」と、あたかも親切な行為であるかのように、勤怠の改竄をわざわざ宣告されることもあった。深夜にAさんが退勤記録をつけたのが支社長の目の前で見つかり、その場で即時修正させられたこともあれば、記録したはずの休日の出退勤の記録を、同意なく丸ごと削除されていたことまであった。
休日出勤に必要な申請を、上司が受け付ないという方法もある。Aさんが土曜日や日曜日に、配達員の穴埋めの「代配」のためにやむを得ず出勤せざるをえなくなったにもかかわらず、休日労働の申請をエリアマネージャーから拒否され、申請も勤怠記録もつけないまま、業務を行ったこともあった。
こうして改竄が当然とされる風潮の中で、Aさん自身も、自らが記録した出退勤の記録を、月の残業時間の「上限30時間」を睨みながら、短く「自発的」に「修正」するようになっていた。この圧力に負けず、退勤時間を修正せずにタイムカードを提出していた別の営業所の所長は、毎日のように17時になると、エリアマネージャーからタイムカードを切るように電話がかかってきていたという。
これが、業務量を減らすことなく、労働時間を短くするためのカラクリであった。ワタミの宅食において「働き方改革」は、現場の労働者の負担を減らすものではなく、長時間労働・低賃金を前提とした利益構造はそのままに、「改竄」によって労基署の調査を逃れる方法に過ぎなかったのだ。
「聞いたことがある程度」だった勤務インターバル制度
とはいえ、ワタミも単に「改竄」ばかりしていたわけではない。長時間労働に歯止めをかけるために、画期的な制度を導入していた。1日10時間の「勤務インターバル制度」である。これは、前日の退勤時間から次の出勤時間までに、最低でも10時間の休息時間を確保しなければならないという制度である。
実際の「インターバル」はどうだったのだろうか。Aさんが休職した今年7月の初旬の数日を例に見てみよう。なお、この記録は「修正」前のものだ。
退勤:6/30 23時55分 出勤:7/1 7時16分 インターバル:7時間21分
退勤:7/1 21時57分 出勤:7/2 7時32分 インターバル:9時間35分
退勤:7/2 24時10分 出勤:7/3 7時34分 インターバル:7時間24分
退勤:7/3 22時10分 出勤:7/4 6時50分 インターバル:8時間40分
全く10時間のインターバルが守られていない。この期間に限らず、10時間どころか9時間は頻繁に割り込み、8時間未満のときもたびたびあった。業務量が減らない以上、勤務インターバル制度を守りようがなかったというわけだ。
そもそも、10時間休息の違反について、Aさんは上司からも指摘を受けることはなく、制度についても「聞いたことがある程度」だったという。「残業時間の上限」は「改竄」によって「遵守」されていたが、インターバル制度に至っては対外的なアピール以上の何物でもなく、お飾りに過ぎなかったのだ。
このように、ワタミは長時間労働対策を掲げ、ある程度の対策を導入していたにもかかわらず、現場でそれらは無視され、むしろ現実を覆い隠すシステムとして機能していた。
ワタミに必要なのは、今回の謝罪文にあったような「残業申請や休日出勤の厳格化」だろうか。いや、それではこれまでのように「改竄」の繰り返されるだけだろう。まず、「改竄」が起きてしまった事実に向き合うこと。そして、業務量を減らし、人員を補充し、現場の負担を軽減して、労働者が健康に働けるようにすることが必要なのではないだろうか。
何度も握り潰された社内通報 「告発」でついにワタミが動いた
Aさんがワタミの「謝罪」を信用できない理由は、これだけではない。Aさんはこれまでも、長時間労働をはじめとした理不尽な働かされ方について、上司に何度も対応を訴えていた。渡邉美樹氏にあてた手紙も書いた。しかし、どんなに社内で声を上げても、もみ消されてきた。配偶者に同席を頼んで上司と面談をしたこともあったが、ワタミはそこでもなんら誠実な対応を見せることはなかった。
さらに、ワタミは、今回の労基署の調査中もAさんに対して長時間労働の実態をなかなか認めようとはせず、9月15日に労基署の是正勧告が出た後も、反省の意を示すような言葉は一切なかった。
ワタミが今回態度を一変させたのは、筆者のYahoo記事を通じた社会的な「告発」の後だった。社会の目にさらされたことで初めて、ワタミはAさんの訴えに対する姿勢を豹変させたわけだ。
こうした経緯があったからこそ、ワタミの「謝罪」を、Aさんはまだ信頼することはできない。ワタミがAさんのためではなく、あからさまに自社のイメージや利益のために振る舞っているとしか思えないからだ。
一方で、Aさんは、自らの「告発」の影響力の大きさも実感しているという。今回の謝罪文が一つの「成果」であることは間違いない。まずはワタミが第一歩を踏み出したという感触はあるという。
今回の告発は、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEのサポートを受けてのものだった。さらにAさんは、個人加盟の労働組合・ブラック企業ユニオンに加盟した。労働組合の団体交渉を通じて、ワタミに対してこれまでの理不尽な労働問題の事実を認めさせ、労働条件の改善や損害賠償も要求するつもりだ。
今回ワタミを動かしたのは、たった一人の勇気ある労働者と、Aさんを支えた労働運動の力といってよいだろう。Aさんは、働きやすくなったワタミに復職して、高齢者や子ども、地域のために貢献できることを願っている。会社の利益のためではなく、社会のためにAさんは働きたいのだという。
それを実現するためには、改竄や長時間労働・パワーハラスメントを許さない「本当の労働組合運動」が必要だ。
Aさんのように労働問題を告発したい方や、「ブラック企業」の被害にあった方、社会のために闘いたい方は、ぜひ下記の相談窓口に相談してみてほしい。
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