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介護報酬をめぐる囚人のジレンマ

斉藤徹超高齢未来観測所
(写真:アフロ)

介護改善地域には報奨金を提供

2017年6月21日朝日新聞朝刊生活面に「介護状態改善の自治体を優遇 来年度から交付金増 来年度から交付金」という記事が載っていました。それによると来年度より、高齢者の介護予防や状態改善に取り組み、成果が挙がった自治体には交付金を上積みする優遇策が始まるそうです。具体的には、各自治体で介護計画をチェックする「地域ケア会議」の指導強化を通じて要介護度が改善した自治体に交付金が上積みされるそうです。

しかし、これはある意味で、従来の介護報酬の仕組みと全く逆のメカニズムを導入しようとするものです。具体的にはどういうことでしょうか。

介護報酬額は提供サービス量により決定

一般に介護報酬の多寡は提供される介護サービス量によって決まります。そのため介護を必要とする人の介護度が高くなればなるほど、提供すべき介護サービス量が増えるため、結果として介護報酬が高くなるという仕組みになっています。

このようなことから、介護事業者へ対する報酬制度は現状の方式で本当に正しいかどうかという意見は常に存在していました。要介護者本人や家族にとってはリハビリを受け、自立度が改善することが望ましいにも関わらず、介護報酬が減ることを懸念する事業者が介護状態改善や自立支援に動こうとはしないのではないか。これはある意味、性悪説的視点に基づく意見と言えるでしょう。皆が皆、そのような視点を持っているとは思えませんが、今後の高齢者の増加を考えれば、現状の介護の姿を単純に是認するのではなく、ひとりでも多くの人々の健康寿命を延ばし、増加する社会保障費に歯止めをかけなければなりません。

要介護者の介護度はビッグデータで改善できるか

要介助者の介護度を改善して自立支援に結びつける。これは先ごろ発表された経済産業省「未来投資戦略2017」の中においても大きく謳われています。描かれている「技術革新を活用し、健康管理と介護予防、自立支援に軸足を置いた、新しい健康・医療・介護システムの構築」の具体的な内容は次のように語られています。

  1. 次期、介護報酬改定において効果のある自立支援について評価を行う
  2. これを科学的に裏付けるための必要データを収集・分析するためのデータベースを構築し、2020年の本格運用開始を目指す。
  3. 科学的に裏付けられ、効果の見られた介護サービスについて2021年度以降の介護報酬改定で評価する。

未来投資戦略では、これから新たに「効果のある自立支援」について評価を行うために、2020年を目指して「必要データを収集するためのデータベースを構築」し、2021年以降の介護報酬改定で評価する、という方針が掲げられています。朝日新聞記事では各地域の「地域ケア会議」における指導改善を通じて改善効果が現れた地域には報奨金を払うという記事内容になっています。

この2つの施策はどちらが正しいのでしょうか、また両施策には矛盾はないのでしょうか。地域ケア会議で得られた知見をベースとして、データベース構築のためのベンチマーク指標を集めるということであれば、齟齬は無くなりますが、少なくとも「未来投資戦略2017」社会保障審議会介護保険部会「介護保険の見直しに関する意見」(平成28年11月)資料を見てもそのあたりの関係性は今一つはっきりしていません。

未来投資戦略で目指している内容は素晴らしいものですが、これが本当に3年間で実現できるのかどうか、多少の疑問が残るところです。今までもさまざまな形で介護度改善に向けたアプローチは行われてきておりますが、明確な介護度改善に向けた科学的エビデンスは見つかっていないのではないでしょうか。同記事の中で高野龍昭東洋大学准教授も同様の意見を述べられています。

一律にリハビリを行えば、どの介護度の人も改善傾向があらわれるということではないでしょう。一般的に5〜60代に脳梗塞などで急性入院し、一時的に要介護状態となった人であればリハビリにより一定の改善・回復は期待できます。しかし、高年齢で要介護度も高く、サルコペニア(廃用症候群)となれば介護度を改善することは難しくなるでしょう。 

どのような状態の人に、どれだけのケアを提供すれば、本当に介護度が改善するのか、各地域の「地域ケア会議」による実践情報がきちんとデータベース化され、実際の分析につながれば、本当に素晴らしいのですが、「地域ケア会議」でどれだけ実効性の高い指導ができるのか、そこはきちんと実態を見ていかねばならないでしょう。

「介護保険法」の第1条には要介護状態となった者たちが「尊厳を保持し、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう」保健医療、福祉サービスを提供すると明記されています。この基本精神に相反する本人の意思に反するリハビリの強要はなされるべきではありません。という意味では、本人に対するリハビリの“動機付け”も含めてうまく誘導するための方法論やメソッドが求められるのでしょう。

介護報酬に関わる「囚人のジレンマ」

また、「地域ケア会議」を通じた地域の介護度改善により、自治体には交付金が上積みされるものの、一方で各介護事業者は結果的に介護報酬が減ってしまいます。自治体と事業者にとって利益相反状態となる、いわば「囚人のジレンマ」状況が生じてしまうところも気になるところです。

介護度改善によるインセンティブ制度は、自治体に対する報奨金にとどまることなく、「未来投資戦略2017」で述べられているように事業者に対する介護報酬制度にまで反映されるような制度設計とならなければ、浸透していくことは難しいのではないでしょうか。

「地域ケア会議」の実施主体が地域包括支援センターであることも気になるポイントです。現在でも多くのセンターがすでに業務過多であるという声もあります。はっきりとした介護改善に向けた科学的エビデンスが見えない中、地域包括センターに無理なプレッシャーをかけられることは望ましいこととは言えないでしょう。地域包括ケアの主体は地域ですが、適切な国や行政のバックアップ無いままに、地域に対して無理な負担がかけられることは望ましい形とは言えません。

超高齢未来観測所

超高齢社会と未来研究をテーマに執筆、講演、リサーチなどの活動を行なう。元電通シニアプロジェクト代表、電通未来予測支援ラボファウンダー。国際長寿センター客員研究員、早稲田Life Redesign College(LRC)講師、宣伝会議講師。社会福祉士。著書に『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』(翔泳社)『ショッピングモールの社会史』(彩流社)『超高齢社会マーケティング』(ダイヤモンド社)『団塊マーケティング』(電通)など多数。

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