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サラリーマンが目先のベアより社会保障の抜本改革を要求すべき理由

城繁幸人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

先日、大企業の健康保険組合の保険料の引き上げが相次いでいるというニュースが話題となった。高齢者医療制度に支援金を徴収されているのが原因で、実は健保組合の保険料収入の半分ほどはすでに高齢者医療制度に回されていたりする。

消費税はたった3%引き上げるのにもすったもんだの大騒ぎが起こるが、サラリーマンの天引きはこんな感じでこっそり、あっさり、スムーズに進んでいる。他にもちょこちょこ引き上げられているので、トータルでどれくらいサラリーマンの負担が増えているのかざっくりと計算してみた。

全産業の正社員平均の年度ごとの賃金をベースに、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料、介護保険料、児童手当拠出金の“企業負担分”を計算、合計した数字が表である。※

これだけだとわかりづらいので、それぞれ2005年を100としてグラフ化すると、賃金が緩やかに減少し続ける中、社保の企業負担分だけはかなりのペースでアップし続けているのがよくわかる。一方、賃金と社保の企業負担分を合わせた実際の企業負担計はほぼ横ばいだ。

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まとめると、会社が正社員一人に支払うコスト自体はほとんど横ばいではあるが、社会保険料が上昇し続けているため、じりじりと給与は減り続けているということだ。強欲な経営者でも資本家でもなくて、サラリーマンの目下最大の敵は高齢者ということになる。

「企業負担分なんだから、それは企業が別腹で負担すべきだ!」なんて思う小学生もいるかもしれないが、会社はその人を雇うための全部の費用をひっくるめてコストとみなしているので、本人負担とか企業負担とかいうくくりに意味はない。会社からすると、賃金を本人に払うか、それとも国に払うかの違いでしかない。労働者が「俺たち本人によこせ」というなら、政治にそういう法律を作らせてから会社に文句を言うしかない。

もう一つ注目すべきは、企業のトータルの人件費自体は、ほとんど一定だという点だ。実は、社会保険料の引き上げは、団塊世代が完全引退して社会保障の受け手に回るこれからが本番だ。実際、厚生年金保険料は2017年度には今より1%以上引き上げられることが確定しているし、実際は健保や介護もまだまだ上がっていくことになるはずだ。トータルの人件費自体が横ばいだとするなら、正社員の給与がそれだけ下がることになるだろう。

正直言って、1%や2%程度のベアをやるやらないで喧々諤々の議論をするより、今後増え続けることが確実であり、そしてそのかなりの部分がサラリーマンに降りかかってくることもまた確実な社会保障給付について議論する方がよっぽど重要なのではないか。もちろん、弁護士や開業医や農業といった自営業系の諸兄としては、そういう議論の中で公平な税方式論が台頭するよりも、今の「取りやすい連中から取れるだけ絞り取る」方式が望ましいだろうけれど。

ところで、上記のような現実を踏まえて政治を眺めてみると、今の政治がいかに空疎なものであるかがよくわかる。総理の賃上げ要請なんて、労組からしてみれば「さんざん搾取しといて、いまさら賃上げしろなんて、単なるアリバイ作りだろ」というのが本音だろう。そう考えると、共産党の「内部留保分配論」とどっちもどっちという気がしてくる。

与党も野党も、みんな選挙に負けたくはない。高齢者の顔色をうかがいつつ、いかに大衆に頑張ってますよとアピールできるかの勝負。案外、それが失われたウン十年の本質なのかもしれない。

※給与は賃金構造基本統計調査の現金給与と年間賞与その他より作成。社会保険料については年度の途中で率が変わった場合は新しい率を適用。健康保険については協会けんぽ(東京都)の保険料を使用。なお実際は4~6月の標準報酬月額が保険料の基準に用いられるので、あくまでも目安である。

人事コンサルティング「株式会社Joe's Labo」代表

1973年生まれ。東京大学法学部卒業後、富士通入社。2004年独立。人事制度、採用等の各種雇用問題において、「若者の視点」を取り入れたユニークな意見を各種経済誌やメディアで発信し続けている。06年に出版した『若者はなぜ3年で辞めるのか?』は2、30代ビジネスパーソンの強い支持を受け、40万部を超えるベストセラーに。08年発売の続編『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか-アウトサイダーの時代』も15万部を越えるヒット。08年より若者マニフェスト策定委員会メンバー。

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