「大企業に勤めながら起業を!」パラレルキャリアで変える、日本のスポーツビジネスの未来
大企業に勤めながら起業した男が考える、東京オリパラ以降のスポーツスポンサーシップとは
現在も新型コロナウイルス/COVID-19の感染拡大が止まらない、まさにWithコロナの時代である。こういった状況下だが東京オリンピック・パラリンピックは関係者や多くのボランティアの尽力で無事終了した。
そういった時代の中、この連載では何度も伝えてきたように日本のスポーツビジネスは新たな時代へ突入しようとしている。
この未曾有の変革に、新しい価値観とビジョンをもって日本のスポーツビジネスを前進させようとしているビジネスパーソンたちがいる。その一人がNTTdocomo(以下、ドコモ)でDAZN for docomoのマーケティングヘッドや新たなスポーツビジネスの開発に取り組む柏崎健太氏だ。(2021年5月取材時)
幼少期から陸上競技に打ち込み、東京五輪でも多数の日本代表選手や関係者を輩出した順天堂大学を卒業した後はスポーツビジネスを学ぶべく、国内の大企業や外資系、またベンチャー企業を渡り歩きながら手腕を確かなものにしてきた。そして昨年、ドコモに勤めながらスポーツマーケティングなどを事業内容に入れたコンサルティング会社を設立した。日本を代表する巨大企業に勤めながらの挑戦は極めてめずらしく、働き方改革の一環としても注目されている。
旧来の壁に果敢に挑戦しようとする柏崎氏、日本のスポーツビジネスの未来をどう変革しようとしているのだろうか。
起業のきっかけは、強烈な危機感から
ードコモに在籍してDAZN for docomoなどのBig Dealも体験され、スポーツビジネスの世界では有名な方ですが、起業については正直驚きました。
柏崎 私は日系企業、ベンチャー、外資系と様々な企業でキャリアを積み上げていくうちにファーストキャリアやドコモものような大企業でしか体験できない、内容も投資額も大きいスポーツスポンサーシップを醍醐味として感じるようになりました。
優秀なプロパー社員たちのなかで自分のアドバンテージとなるのは、スポーツ領域のなかでも「Sports Sponsorship」「Sports Marketing」「Promotion」だと確信するようにもなりました。しかし、大企業のなかで、いつしか自分の強みを最大限にいかせているのかと疑問を感じるようになったのです。
ーそんなキャリアの中で、ドコモに転職されてからのお話をお聞かせ下さい。
柏崎 ドコモに転職して以来、自分自身がスポーツ業界の手触り感のある現場仕事から離れていく状況に、ある種の寂しさや危機感を強く感じていたことが設立の大きなきっかけなのです。
ー危機感、ですか!?
柏崎 はい。今夏の東京オリンピックはじめ、複数の国際大会をこの期間に迎えました。TV画面やSNSの中のアスリートや解説者、関係者の露出を見ながら、十数年この領域で直接関わってきましたが、ドコモに来てから全く仕事として貢献できていない、なんというか「これが自分の目指していたこと?これでいいのか?」という、煮え切らない気持ちを抱えていました。
今は様々な企業に勤めるなかで得た経験が社業に当てはまらない事も多くなっています。大企業や縦割りの組織になるほど活きてこない部分もあると感じる時もあります。実際にアクティベーションのコンサルティングなど外部からの需要やリクエストはたくさんくるのです。くわえて、講演活動など私個人への依頼が増え始めたのもあって、すべてをドコモとして引き受けていくのに限界を感じ始めていました。そこで副業として世の中の需要に応えようと、起業を決意したのです。
会社と話し合って今年2月、個人として「MANAGEMENT-K」を設立させていただきました。
今までは自分がやりたい仕事やキャリアを積み上げて転職をしてきましたが、現在の私から見ても、規模の大きな仕事をするという点でドコモという会社にまだまだ可能性を強く感じています。具体的に言うと、事業を構想する、市場を作る、業界をゲームチェンジさせるなど。あまり、他社では経験できない俯瞰的な領域の仕事が中心になります。
だからこそ、自分が今まで辿ってきた転職の道に戻るのではなくビジネスマンとして成長しながらも現場にも携わっていきたいと真剣に考えるようになり、その近道が自身の会社を立ち上げることだったわけです。MBAのカリキュラムの中にもある言葉ですが「Boundary Spanners(バウンダリースパナー)」(異なる点と点をつなぐという意味で、組織の枠を越えてナレッジシェアや行動を共有する人々の意)という役割がありますが、まさにパラレルキャリアで目指すべきところです。
だた、今はこうやってさらっと話していますが、正直に言えば、当時は随分悩みましたね…
最初の起業の失敗、ドコモへの感謝
ー柏崎さんが個人として立ち上げた会社「MANAGEMENT-K」は、具体的にはどんな業務をされているのでしょうか。
柏崎 端的にいうと「コンサルティング業」になります。
現在はこれまで携わってきたスポーツ業界が中心で、私の経験や知見から、海外を中心としたスポーツIPやアスリートなどが日本のマーケットに参入する際の戦略構築やパートナー選定などをサポートしてます。
くわえて、ワールドクラスのアスリートやコーチのマネジメント、キャリア支援も提携している企業と行っています。今年は五輪イヤーでした。多くの方は代表となって活躍された方にフォーカスしていると思いますが、現場は、代表にならなかった方や次世代など、「個々に応じたビジネス」が動いています。加えて、スポーツスポンサーシップアクティベーションの講演依頼も増えています。
これを皮切りに株式会社宣伝会議とともに、企業やIPの現場で活躍できる専門人財を育成するプログラムを企画中で、ボードメンバーとして参画を予定しています。
ー今回の起業はスポーツ業界内では働き方改革の一環としても注目されています。ドコモ社内での理解は得られたのでしょうか。
柏崎 実はお話ししますと数年前にTRYして一度失敗しているんです。その時はドコモもまだ容認ができるフェーズではありませんでした。ところが世の中の流れに応じて、環境も変化し、2021年に再度オーソライズをとりにいきました。そうしたら上司や会社の理解と全面的なサポートがあり、本業と副業の境界を丁寧に整理することができました。会社に正式に認められて、表立ってクリーンに本業と副業ができることとなったのです。
「社員の時代」ではなく「個人の時代」が始まる
ー本質的な質問をさせて下さい。ドコモという大企業での「業務」と起業して取り組んでいる「仕事」との違いは何でしょうか。柏崎さんの現在の立ち位置はパイオニアで、今後同じように企業に勤めながら起業する人も増えてくると思います。これは大企業も例外ではありません。そういった後に続く人のための質問でもあります。
柏崎 「業務」と「仕事」の違い、的を射た絶妙な表現だと思います。
「MANAGAMENT-K」では、ドコモでの仕事とはまた別の角度で、課題に取り組んでいます。自分の価値や能力を世の中に示したり、市場に晒したりする場になっている。スポーツのチーム種目と個人種目の違いに極めて似ているとは思います。ドコモでの業務と副業との両輪が、思いのほかうまく回っているという実感があります。
起業して感じたのは、人によってでしょうが、これからは会社や「社員の時代」ではなく「個人の時代」だということ。個人で目的意識を持ってキャリアを築いていく時代です、間違いなく。臆せず自己が抱える課題に挑戦することが当たり前になっていく時代になっていくのではないでしょうか。
ーでは切り口や進め方などは、どのような違いがあるのでしょうか。
柏崎 端的に言うと「規模」「ジャンル」「判断」「責任」の違いに尽きます。
本業(ドコモ)ではスケーラビリティが求められ、それ以外はやらない。3桁〰4桁億の収益規模のスポーツビジネスは日本には少なく、逆にそこに満たない規模のスポーツビジネスがほとんどなのが現状です。進捗するにも様々な要素や人が関わり、自分の考えや思いとは異なる方向、スピードになることが多々あります。一方で副業(MANAGEMENT-K)は、当たり前ですが自分自身の判断と責任でビジネスをすることができます。既存のアセット、ノウハウ、経験、コネクションでのビジネスを進めながら、本業が取り組むダイナミックな領域が動いた時に何らかの形で生かしていくことが、パラレルワークの良さなのです。
私は事業の拡大と個人の成長に欠かせないのは、自分で責任を持ち、判断しながら実際の経験を数多く熟す以外ないと考えています。
スケールが大きくなればなるほど、1つの案件に多くの人や考え、時間を要す。それはそれでよいのですが、人や会社に頼ることなく、個人で全うなビジネスができる方は、スケールが大きくなっても、視座を高くできるようになるはず。私はベンチャーや外資系の勤務経験から、様々な成功者を見てきました。
ー具体的なケースを教えていただけますか。
柏崎 例えばですが、ドコモでは、数年前に渋谷で「DAZN for docomo Sports Lounge」を開催しました。DAZNのエッセンスを取り入れながらドコモが構想する未来を体験してもらう先駆的な取組みとして、3週間で数万人以上が来場しました。『スポーツの未来がここに』というテーマのもと、8K映像やVRなどを体験していただきました。メディアへの露出やスポーツ庁や経産省からの注目も相当なものでした。このプロジェクトの開催中に国内の会員数は100万人を突破(日本経済新聞本紙等参照しました)。国内のスポーツビジネスがゲームチェンジした一例です。ドコモらしいスケールのある仕事でした。
ーMANAGEMENT-Kでは?
柏崎 一方で、MANAGEMENT-Kでは自分が先頭となって各社のトップと交渉し、ディールを握ったり、トップアスリートの競技外の人生をビジネスでサポートするなど、うまく言えないですが「重み」が異なるのです。
どちらも欠かせない経験だと思います。
日系企業がグローバルに活躍できない、最大の理由とは!?
ー日本企業と外資の両方に勤められた柏崎さんだからこそ、ちょっと突っ込んだことをお伺いします。現在のドコモは違うでしょうが、ここまでリスクを取られて企業に属しながらも会社を起されたのは、日本の企業や仕事のスタイルに課題を感じられていたからではないでしょうか。
柏崎 そうですね、端的に言うと自分自身が古い文化に染まってはいけないという「危機感」もあったと思います。
ダイバーシティやSDG’sと言った概念や働き方が割と進んでいた環境にいました。また、グローバルな企業では「個」を、人として、ビジネスマンとして尊重します。個人の持つ「Asset」「Connection」「Skill」「Experience」の価値を正しく認めます。私が外資系等で勤めていた時に「That’s Why I am here」という言葉が飛び交うことがよくありましたが、やわらかく和訳すると「あなた(私)がいたからできたことだね。あなた(私)らしいね」という賞賛なのです。
日系で特に大手になると、新卒一括採用から定年まで1つの籠の中の世界にいるようで上記の概念や「価値の見方が分からない」のでしょう。どういった言葉が適切か分かりませんが、「人脈搾取」「手柄搾取」と表現される方もいるようです。
「新卒一括採用」「年功序列」「終身雇用」を前提にした雇用慣行下では会社に自分のノウハウをすべて差出して、会社と一緒に人生を全うするのが美しい在り方だったのかもしれません。しかし、専門性や知見において非対称性があるなかで“give & take”ではなく“give & give”のように自分自身には何のメリットもなく、人脈や経験値を吸い上げられる文化には強い危機感を感じています。個社に対してではなく一般論としてですが、“Pay for performance”が徹底できない企業はハイパフォーマーを惹きつけ続けることは難しいと見ています。
日本人が知らないビジネスコンセプト「Return On Opportunity」「Return On Objective」
ー確かにそれはありますね。出版でもメディアの世界でも日本では同じような事が起きていると思います。日本企業がスケールしない、グローバルに活躍できる会社が少ない理由の一つに、そういったところに原因があるように自分も感じます。
柏崎 実はそう思わされたのは、働いていて現状に不満を感じていた時に親友で同じスポーツビジネスの世界では有名な田中裕太さんに相談したことがありました。
ー田中氏はアメリカでスポーツマネジメントの修士号を取得、現在はスポーツビジネス界で活躍されている方ですね。どういったご相談をされたのですか。
柏崎 日本の企業と外資の働き方の違いで悩んでいました。外資の場合は個人の能力を尊重してくれる文化がありますが。アメリカで経験を積んだ田中氏はこう答えてくれたのです。
「アメリカの大学院で学んだコンセプトでスポーツマーケティングは「ROO」が大事であると。基本的にビジネスの評価ではROI(費用対効果、Return on investmentの略)が主軸で、日本ではまだほとんど知られていない考え方。
例えば10億円のスポンサーシップを投資する際、その投資でいくら収益が上がるかを考えるのがROIですが、例えば「リターン・オン・オブジェクティブ」では仮に10億円払った時に目的を何個達成できるのか、というフレームワークで判断していく。「リターン・オン・オポチュニティ」なら幾つビジネス機会を創出したか。アメリカでは一般的になっていて、これ自体は新しくない」と。
ーなるほど、これは面白い考え方です。
柏崎 それを受けて私はこう考えているんです。スポーツビジネスでは「場を設定する」「場を作る」ということが新しい企画をつくり、価値そのものになると。同じ場所で同じ時間を共有した人がその価値を発見することになります。これがスポーツの価値です。この価値が分からないとビジネス的に正しい判断はできません。
かつて東京で開催された世界陸上1991においてカール・ルイス選手が“9.86”で走ったことは、世界的にみれば再現性がない話です。しかし世界陸上やオリンピックなどという特別な場所を設定するとああいうことが起きるのです。その場所から多くの価値が発生するわけです。この本質をスポーツビジネスに携わる人は理解してもらいたいです。
「日本のスポーツビジネス発展に『価値の発見』が絶対不可欠です」
ーさて、最後に新会社で柏崎さんが実現したいミッションやビジョンを教えていただけますでしょうか。
柏崎 スポーツビジネスのDXが進むなか、これからは、企業ができない判断を「個人」が判断していく時代になっていくと考えているのです。つまり、「個人×スポーツ」「個人×スポーツチーム」といったように、個人がスポーツ選手やチームに対して直接仕事をオファーしたり、スポンサードしたりする動きが、今後加速していくということです。だからこそ、この分野での新しい挑戦を自分でも切り拓いていきたい。これも起業した理由の一つです。
実際に、講演活動や各種コンサルティングなど、私個人への依頼も増えています。これらの流れを見据えた仕事が、起業した新会社の軸となるでしょう。私の強みでもあり、同時に日本のマーケットで課題を感じている「スポーツスポンサーシップ」のノウハウを業界に還元していくことが、目標の一つですね。私は特にある程度規模のある大手企業での事例を増やす事が今は大切だと考えています。
規模が小さい場合ですと私が事例をつくったとしても業界全体が変わらないのです。そのために企業のなかで実務ができる人材を育成するフェーズが不可欠ですし、それは今です。企業サイドで事業を成立させられるだけの人材を育成して事業を続けられる事例が増えれば、この業界自体がポジティブに変わっていきます。
「日本のスポーツビジネスを米国のようなDream Job(なりたい職業)にする」。これこそが、この業界を目指した20代の頃から変わらないビジョンであり、信念です。
英語で「WORK IN LIFE」という言葉がありますが、自らのバックグラウンドやプライベート、生い立ちも含めてすべて投入して「全身で仕事をする」という意味です。ビジョンやミッションを実現するためにも、そういう姿勢で仕事に臨みたいと思っています。
試される、東京オリンピック・パラリンピック以降の日本
ー東京オリパラの閉幕が、スポーツ業界としては一区切りになるでしょうか。国内外の企業でキャリアを積み、企業までされた柏崎さんだからこそ見えてくる課題や可能性があると感じます。今後の展望については、どう考えていらっしゃいますか。
柏崎 「子供が夢を持ってスポーツをやっていく」のは、当たり前のことだと思っています。しかし、厳しいことを言うようですが、現実的には「夢だけでメシは食えない」のです。
ここまでドライに言えるのは、数々の世界レベルのトップアスリートと一緒に仕事をしてきて、その姿や生活を間近で見てきたから。この状況を変えていくには、日本ではいままで以上に「スポーツの価値」を発見しなくてはいけないと思っています。
スポーツの「価値」とは、試合を見たり、自らプレイしたり、スポーツにまつわる「あの時、あの瞬間」に感じた特別な気持ちを、一緒にいる誰かと味わい共有することではないかと思うんです。オリンピックなどの特別な舞台からは多くの価値が発生します。その共有した価値を起点としたビジネスを続けていくこと。僕はこれこそがスポーツビジネスの原点だと考えます。
ースポーツの価値を高めていくためには、どのような課題があるでしょうか?
柏崎 大きな課題は、スポンサーシップについてだと思います。以前は「支援する」「支える」を意味していたスポンサーシップが、「慈善活動」「寄付」に近い形になってしまっているのではないかと感じています。「スポンサーシップ」という言葉そのものがよくないのではないかとも思っているんです。
企業が「よくみられたい」ためのスポンサーシップになってしまっている例が非常に多い。儲かっている企業が余剰資金を使ってスポーツ支援しているだけのような状態では、スポーツの本質的な価値を損なう結果となってしまいます。
DAZN for docomoを担当しているからこそ分かるのですが、海外のアスリートのトップパフォーマンスというのは、やはり物凄く価値があります。お金を出してまで、仕事を切り上げてまで、見に行きたいだけの価値がそこにはある。ある意味プロのショービジネスともいえます。
アスリートの最高のパフォーマンスには、お金を出してでもどうしても見たい、また、企業がどうしてもスポンサードしたいと思わせるものすごい「価値」があって、その価値は、「支援」ではなく「投資」の対象であるべきだと思うんです。そして、企業が投資するための環境を整備していかなければならないことが最大の課題です。
ーまだまだスポーツの価値が正しく評価されていない状態ということでしょうか?
柏崎 そう思います。スポーツの価値を可視化して市民権を得ることが、日本には必要です。そのためにはまず「価値」の見方と概念そのものを日本は学ぶ必要があるかもしれません。IPホルダー側も頑張らないといけません。企業がお金を出してまでもスポンサード、パートナーになりたいと心底思えるポテンシャルやパフォーマンスを創っていきます。
くわえてビジネスのマネタイズに紐づいている事こそが、サスティナブルな関係性を構築する生命線だと私は考えています。例えば今回の五輪、この状況で様々な見方があると思います。とはいえ、ほとんどの方がアスリートのパフォーマンスや会場の雰囲気、周りのムーブメントに関心を持ったのではないでしょうか。4年に1度の数週間ではなく、恒常的に関心を寄せたくなりませんか?そこに「ビジネスの種」があるように思うのです。
私は15年以上この業界に携わってますが、大企業と個人の二足の草鞋を最大限生かして、逃げずに向き合っていきたい。それは、また見たい。もっと見たいと思うから。そこにはお金を払う価値が生まれるはずです。
(*画像で提供の表示がないものはすべて福田俊介氏撮影)
(了)