Yahoo!ニュース

ルポ「ガザは今・2019年夏」・5「なぜ若者は国境デモに向かうのか」

土井敏邦ジャーナリスト
多くの死傷者を出した国境デモ(パレスチナ人権センター・提供)

'''――なぜ若者は国境デモに向かうのか――

'''

'''【貧困と絶望が根底に】

'''

「ナクバ(1948年のイスラエル建国によるパレスチナ人の故郷喪失という大惨事)」で奪われた故郷への帰還を求めるデモ「帰還のため大行進」に参加したガザ住民に、イスラエル軍が発砲し多数の死傷者を出した――2019年3月30日(土地の日)以後に起こったガザの国境デモのニュースを世界のメディアはそう伝えた。

 しかし先に紹介した、デモで死傷したサイードやウィサールの例が示すように、参加者を駆り立てたのは「故郷への帰還」というより、 むしろ“貧困”と“絶望”だったのではないか。実際、関係者やジャーナリストたちに話を聞いてみると、それを裏付ける証言が次々と出てくる。

「デモ参加者の多くは、最貧困層です」と私に語ったのは、貧困家庭を支援するNGO職員、アンマール・アルヘルー(29)である。

「最低限の生活の需要さえ満たせない。だから国境デモに参加して、意思表明をするのです。お金目当ての人も多くいるでしょう。何もしなければ、何の機会もなく、生活できないんですから。絶望から理性を失って、国境デモに参加した若者もいました」

NGO職員、アンマール・アルヘルー(2018年8月/筆者撮影)
NGO職員、アンマール・アルヘルー(2018年8月/筆者撮影)

 ジャーナリスト、ハッサン・マンスール(24)も、若者の貧困が「殉教」(抵抗運動による死)を願望する要因になっていると指摘する。

「ガザの若者は人生を終えるためのあらゆる手段を求めています。今の人生より死んだ方がましだと言うのです。

 私は国境デモで、ある若者に出会いました。『自分はできるだけ国境フェンスに近づく』と彼は言いました。『露天商で日に20シェケル(600円)しか稼げない。家族を養えないから、デモで負傷したり、殉教した方がいい』と言うのです」

ジャーナリスト、ハッサン・マンスール(2018年8月/筆者撮影)
ジャーナリスト、ハッサン・マンスール(2018年8月/筆者撮影)

「若者たちは『奪われた美しい故郷を想う』ために国境に向かっているのではなく、ただ時間を潰すために来るんです。あるいは家で食事ができなので、家族と共に食べに来たりしています」とジャーナリスト、ムハマド・アルハダアード(29)は言った。

「ガザは今や巨大な“墓場”となり、そこで暮らす人びとはみな死んでいます。『生きている』けど死んでいます。今日の若者は、ガザの悲惨な現実と心の痛み、不透明な未来のために、国境デモに行きます」

ジャーナリスト、ムハマド・アルハダアード(2018年8月/筆者撮影)
ジャーナリスト、ムハマド・アルハダアード(2018年8月/筆者撮影)

 女性ジャーナリスト、ヌール・アルナジャ―ル(22)はガザの若者の心理をこう説明した。

 「若者は完全に破壊されてます。仕事も夢も目標もありません。私たちガザの若者たちは世界の若者たちに嫉妬しています。他の若者たちが持つ権利を、なぜ私たちには、食べ物、飲み物、衣類、仕事、給与、そしてきちんとした生活がないのか。それは私たちに当然あるべき権利です。それをなぜ求めなければならないのでしょうか」

 女性ジャーナリスト、ヒバ・アワード(21)は、女性たちにデモ参加の動機をインタビューした。その結果、女性が国境デモに参加する理由は男性とは事情が異なることが明らかになってきたと言う。

「なぜデモに来たのか聞くと、『どんなかたちでもいいから、死にたい』と話す女性にたくさん会いました。精神的ストレスに耐えられないと言うのです。

 まず未婚であることが辛く、どんなかたちでもその状況を脱したいという願いです。

 二つ目には、夫や父親、兄弟などによる精神的なストレスからの逃避。

 三つ目は子どもを満足に育てられず、妻や母親としての責任を負いきれないためです。これは『早婚』という問題と関連しています。このような日々の生活の中での悩みのために、死の淵に追いやられるのです」

国境デモで多くの女性が死傷した(パレスチ人権センター・提供)
国境デモで多くの女性が死傷した(パレスチ人権センター・提供)

 先のヌールも女性独自の動機を取材で知った。

「ある女性は『夫と離婚したいけど、できないから死のうと思って』と答えました。他の女性に『祖国に帰還するためですか?』と聞くと、『「帰還」なんてもうたくさん。ただ見物して時間を潰しているだけです。私たちの苦境を見て、誰かがお金を恵んでくれるかもしれないから。負傷して毎月、手当がもらえれば、生活できるかもと期待して』と答えました。『ただエネルギー発散のため。溜まっているうっ憤を晴らすため』と言う人もいました」

「多くの女性が“死”を問題解決の方法とみなすようになりました。家にいる間ずっと、いつ電気が来るか、いつ水が来るか、夫の給料はいつ入るのか、どうやって娘を学校に通わせるか、息子を結婚させるのか・・・。隔絶された生活のなかで、何を喜びとすればいいのかと悩むんです。

 国境デモに参加した女性たちの話の多くは、悲惨な現状からの逃避や絶望でした。ある女性は『私たちにだって家族を助ける智恵はあります。負傷や殉教して見舞金をもらうんです。そうすれば、少しは尊厳のある暮らしを送れるはずです』と答えました」

 

【国境デモとハマス】

 この「帰還の大行進」にガザのハマス政府はどう関わっているのか。またデモの負傷者または犠牲者たちにどう対応しようとしているのか。

「行進は当初、若者たちによって始まりました」とジャーナリスト、イハーブ・ファスフーズ(45)は言う。

「ですが、政治勢力が干渉し台無しにしてしまったのです。政治干渉がなければ、閉塞感を打破し、若者の夢がいくらかでも実現したかもしれない。しかし実際は、干渉によって目的は完全に変わってしまいました。民衆の中でも、特に意志の強い人たち、パレスチナ社会でも一番強い人たちを政治勢力の目的のために利用したのです」

ジャーナリスト、イハーブ・ファスフーズ(2018年8月/筆者撮影)
ジャーナリスト、イハーブ・ファスフーズ(2018年8月/筆者撮影)

 女性ジャーナリスト、ヒバは、「当初、『このデモは祖国の土地を取り戻す権利を要求するものだ』と思い、取材していました。しかし時間が経つにつれ、『帰還』のためではなく、無駄な犠牲だけで、何の目標も達成できないとわかりました」と言い切った。

 女性ジャーナリスト、ヌールもまた政治勢力がこの国境デモを利用したと主張する。

「初めは皆、祖国愛が動機でした。しかし『帰還の大行進』をめぐって各政治勢力は『殉教』や『名誉の負傷』を自分たちの手柄として取り合い、卑劣な政治ゲーム、負傷者や殉教者の血の取引をしたんです」

「私たち記者は朝から晩まで現場で取材しています。しかし誰も気遣いはせず、水一杯さえくれる人もいません。

 しかし負傷や殉教すると、事情は一変します。あらゆる政党が、その記者らを自派閥に取り込もうするのです。

 ラザン・ジャジャールという救急隊員は殺害される前、現場で不足している医薬品をフェイスブックで募りましたが、誰も気にかけませんでした。しかし彼女が殉教者となった途端、政党はこぞって彼女の殉教を取り合ったのです。これこそ問題の本質です。国境デモは政治の汚いゲームだとわかりました」

国境デモで負傷した救急隊員(パレスチナ人権センター・提供)
国境デモで負傷した救急隊員(パレスチナ人権センター・提供)

【ハマスの動員と「見舞金」】

「ハマスが住民とりわけ若者たちを国境デモ動員した」といわれる。実際、デモ参加者たちからそれを裏付ける証言を聞いた。

 国境デモに参加中、イスラエル軍に腹部を破裂弾で銃撃され、内臓を破裂させられたアラファト・ハルブ(16)は、デモに参加した経緯をこう語った。

「木曜日の夜、翌日の金曜に『帰還の大行進』があるとモスクのマイクから告知がありました。その日にモスクで待っていると、バスがやってきました。バスは他のモスクから来た青年たちで一杯で、私もそのバスに乗りました」

破裂弾で内臓を破裂させられたアラファト・ハルブ(2018年8月/筆者撮影)
破裂弾で内臓を破裂させられたアラファト・ハルブ(2018年8月/筆者撮影)

 ハマスはまた宣伝カーによって、国境デモ参加を呼びかけていた。私も実際、ガザ地区中部のヌセラート難民キャンプで取材中にその宣伝アナウンスを聞いた。

「政治勢力がデモや集会を企画すると、大衆を集めるためにバスなど輸送手段を用意します」とジャーナリスト、イハーブは説明する。「そして大規模な政治集会を開き、民衆の民族意識を刺激するためです」

 ガザ地区中部のヌセラート難民キャンプのイマード・シャヒーン(17)は、デモで銃撃され、右脚の親指と人指し指の2本を失った。その見舞金としてハマス政府から200ドルを受け取った。負傷すると、見舞金が出ることを知ったのは、ハマス系の「アル・アクサ放送」というラジオ放送だった。「通常の負傷は200ドル、重傷の場合は500ドル」ということだった。ハマス公務員の兄は「その決定は政府の高等委員会から通知がありました。だからイマドは名前を登録し、200ドルを得たんです」と説明した。

 イマードは私のインタビューから3ヵ月後の2018年11月、国境でイスラエル軍に射殺され、彼が願った「殉教者」になった。

インタビューから3ヵ月後に「殉教」したイマード・シャヒーン(遺族提供)
インタビューから3ヵ月後に「殉教」したイマード・シャヒーン(遺族提供)
ジャーナリスト

1953年、佐賀県生まれ。1985年より30数年、断続的にパレスチナ・イスラエルの現地取材。2009年4月、ドキュメンタリー映像シリーズ『届かぬ声―パレスチナ・占領と生きる人びと』全4部作を完成、その4部の『沈黙を破る』は、2009年11月、第9回石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞。2016年に『ガザに生きる』(全5部作)で大同生命地域研究特別賞を受賞。主な書著に『アメリカのユダヤ人』(岩波新書)、『「和平合意」とパレスチナ』(朝日選書)、『パレスチナの声、イスラエルの声』『沈黙を破る』(以上、岩波書店)など多数。

土井敏邦の最近の記事