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オフレコの差別発言で首相秘書官が更迭 「もし米国だったら?」記者の立場で考察

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
荒井勝喜首相秘書官を更迭した岸田文雄首相。(写真:つのだよしお/アフロ)

性的少数者(LGBTQ)や同性婚に対しての差別的な発言をし、更迭された荒井勝喜首相秘書官。オフレコを前提にした取材の場だったとは言え、岸田政権を支える人物による差別発言は到底許されるものではない。筆者もこの発言をスクープした毎日新聞の記事を読んでショックを受けた。

一方で、「オフレコでの発言」が大きく報じられてしまったことに引っかかったというのも事実だ。毎日新聞の別の記事によると、その場には報道各社の記者約10人が参加していたようだ。その中で同紙がオフレコのルールから外れ、スクープしたことになる。

筆者はアメリカで記者をしているので、これがアメリカなら...と考えてみた。アメリカでは通常、オフレコ発言は一般公開されず、オフマイク発言はそれほど重視されない。

発言がオフレコであったことが影響してか、米主要メディアでの報道は今の所それほど多くなく、岸田首相が更迭したというニュースや日本での同性婚の実情についてウォール・ストリートジャーナルやAP、ヤフーニュースなど一部のメディアが報じるに留まっている。

通常であればResign(辞任)という言葉が並ぶのであろうが、本件のヘッドラインにはFire(クビ、解雇)という強い言葉が並んでいる。そのようなところからも、岸田政権による「日本政府はいかなる差別発言も容認できない」という強いメッセージを感じた。

過去記事

オフレコではないが、「オフマイク」発言がアメリカで重視されなかった例

韓国 尹大統領の米議員への侮辱発言 米メディアや議員の反応は?

もしホワイトハウスにおいて、オフレコの発言が記事化されるなどメディアとしてのルールが守られなかったり、愚問が出たり、度が過ぎる攻撃的な態度を見せたりするメディアや記者は、プレスパスが無効になったり更新ができなくなる。いわゆる出禁だ。ホワイトハウスでなく一般の取材なら、情報源から今後お呼びがかからなくなるだろう。

ホワイトハウスのブリーフィング(定例記者会見)の場というのは、当然だが一般の人は入れない。記者の中でも、ホワイトハウス特派員という主要メディアの選ばれし精鋭だけが、報道官の担当者から「許可」を受け、中に入れてもらっている。記者席はたったの49席しかない。そこにどのくらいの記者が出席希望を出しているかは情勢によって日毎変わるが、トランプ前政権下の2017年にエスクァイア誌が報じた記事によると、数千の応募があった。49席に対してこれだけの参加希望があるのだから、ホワイトハウス側からすると、一部の記者を出禁にしても広報的に何ら問題はないと考えるのが普通だろう。

49席しかないホワイトハウスのブリーフィングルームのイメージ写真(2020年11月撮影)。当時はソーシャルディスタンスで参加者もまばら。
49席しかないホワイトハウスのブリーフィングルームのイメージ写真(2020年11月撮影)。当時はソーシャルディスタンスで参加者もまばら。写真:ロイター/アフロ

ホワイトハウスがメディアや記者を出禁にした事例

(原因はオフレコの公表ではなかったが)トランプ前政権下では自ら記者会見に応じていたトランプ氏。自分に敵対心を向けるメディアに対してヘソを曲げ、メディアが会見場から追放される危機があった(エスクァイア誌

実際にトランプ氏から「国民の敵」と非難されたガーディアン、ニューヨークタイムズ、ポリティコ、CNN、バズフィード、BBC、デイリーメールが、ある非公式の限定ブリーフィングに出禁となった。それらの報道機関やホワイトハウス特派員協会からは強い反発が起こった(ガーディアン

数十人の記者のプレスパスが無効になったことも(コロンビア・ジャーナリズム・レビュー

ホワイトハウスが記者のプレスパスを無効にした件をめぐり、CNNが当時のトランプ政権を提訴(BBC

以上はニュースになった一部であり、質問を独占したり、愚問や攻撃とも取れる質問をした記者は、こっそりプレスパスのリストから排除されている。

過去記事

アジア系米国人記者に「中国に聞け」と激怒し会見打ち切ったトランプ その一部始終

筆者は日本とアメリカ両国で記者をして20年以上になるが、どちらの国でも「オフレコで」と言われることはたまにある。

オフレコにはいくつかの種類がある。

  1. 取材は受けてくれるがコメントはすべてオフレコ
  2. 取材自体についてないものにする場合
  3. コメント掲載は可だが、匿名を求められるケース
  4. インタビューの途中や終了後に「このコメントはオフレコで」と言われるケース

など。これらに加え、写真や動画撮影もオフレコ、オンレコとあり、事前に取り決めた上で取材をする(何も言われない場合はオンレコ)。

例えばつい数日前にニューヨーク市内で行った不動産の取材では、事前にインタビュイーのコメントはオフレコを通達された(上記(1)の事例)。「記事で引用するコメントはすべてメールで答えるので当日のコメントは引用しないで」と言われ、了承した上で取材をした。正直オフレコを求められるのは面倒なことではあるのだが、面会が実現できるのは相手あってのことだし、実際に会い(現場に行き)写真を撮影したり同じ場の空気を吸うだけでも十分価値があると判断したものであれば、先方の希望には敬意を払って承諾し、オフレコの約束は守る。録音もしない。

上記(4)の場合は、インタビュー中に「今から申し上げることはオフレコなんですが」とか「今言ったことは書かないでください」と言われるケースだ。この場合も筆者は記事に書かない。録音データもすぐに削除する。

筆者がオフレコを記事にしないのは、信用問題に関わるからだ。インタビュアーとインタビュイーとの間には、明文化されていなくても暗黙の信頼関係があって取材が成り立っているが、相手の意向に反して発言を引用したり、写真や動画をこっそり撮影(盗撮)したり、断りもなく録音したりしていると、相手との信頼関係は崩れていく。信頼関係が崩れると、相手は2度と取材に応じてくれないだろう。筆者はフリーランスの記者なので、もし出禁リストにでも入ろうものなら死活問題だ。

でもフリーランスではなく新聞社や出版社の社員なら、メリット・デメリットを天秤にかけ、会社的にそれほど問題ではないかもしれない。

オフレコの本当の意味とは?(米紙)

オフレコについて、「‘オフレコ’の本当の意味とは?」という、ニューヨークタイムズの2018年の記事も興味深い。

この記事が取り上げたのは、首相秘書官と毎日新聞の記者の関係とは逆の事例だ。

トランプ氏が大統領だった同年、ニューヨタイムズの発行人、A.G. スルツバーガー氏との会談において、ホワイトハウスの事前要請により両者の会話を公にしないこと(非公開=オフレコ)に両者が同意していた。にも拘らずトランプ氏はこの件について陽気に(悪気なく)ツイートしたという。また16年、テッド・クルーズ議員が数名の記者と同氏の会社が経営するホテルの飲食店でオフレコの会合を行った際も、事前の合意に基づきそれを報じた記者はいなかったが、翌朝の記者会見でクルーズ氏はカメラの前でこの件を明かしたという。オフレコ情報がクルーズ氏により明るみに出た今、「声を大に発表するのは気持ちいい」と記者は述べている。

これらの事例を基に「特定の会話の条件をめぐる論争は、多くのジャーナリストにとって常に懸念事項」と同紙は述べている。政治記者であるこの記者も「あらゆる政治家から、失言について事後に(オフレコを)嘆願されたことがある」とした。その都度「本名で報じるか、名前なしで報じるか、役職だけでぼかして報じるか?」と自問するそうだ。

また同記事は、オンレコとオフレコの取材について、簡単にまとめている。

公開(オンレコ)の取材

誰が話したか、具体的なコメント、表情などは自由に書くことができ、記者にとって簡単。文責の下に書いてよし。大袈裟な取材対象者であれば、向こうから「これについて私のコメントを引用しても良いですよ」と言ってくることも。

非公開(オフレコ)の取材

条件があるのなら最初に取り決められるのが理想。会話から何も記事化できないことに記者が同意した場合、オフレコであることは自明。それでも記者にとって、取材対象者が無防備な環境にいる場に同席するメリットはある。彼らは実態を理解しているか、十分な自信があるように見えるか、などを確認できる。会話はオフレコだが感想を持つことはできる。多くの場合、会話の存在さえオフレコにしておく必要がある。しかしトランプ氏の事例のように、相手側が会話を公にすることもある。

最後に、オフレコの発言をなぜ毎日新聞の記者は発信したのか。

まず、新聞社はスクープを常に探している。首相秘書官の差別発言は口が滑ったのか、はたまたオフレコだから絶対に記事にならないと過信し本音を明かしたのかは知る由もないが、このような要職の人物の差別発言を、一記者として新聞メディアとして野放しにすることはできないと判断したのだろう。オフレコという取り決めだったが、事前に本人に通達した上で掲載したとある。

筆者はこのスクープ記事を見たときに、日本の多くの記事ではまだ珍しく記者の名前が書かれていることに気づいた。一般的にアメリカの新聞社や雑誌社は文責を明らかにするため、記事は記名制だ。一方日本の新聞社や雑誌社が発信する記事は、文責が明らかにされておらず、一体誰が発信している記事なのかがわからないものが多い(よって、書きたい放題の記事も近年ネット上には散見される)。そんな中このスクープ記事には、記者の名前がきちんと入っていた。その場で問題発言を耳にした記者にとって、文責を明らかにした上で、聞くに耐えがたく社会的に到底容認できない問題発言を、正々堂々と報じたということだろう。

(Text by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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