Yahoo!ニュース

リヴァプールがCLを制した理由。守備の概念を変えたファン・ダイク。

森田泰史スポーツライター
競り合うファン・ダイクとケイン(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

「世界最高のトップ下は、ボールロスト後のプレスだ」

リヴァプールを率いるユルゲン・クロップ監督はそう語った。直訳すると小難しい言い回しだが、この言葉が意味するところはクラシックな司令塔の消滅とミドルゾーンのスペースの収縮である。

ペレ、ミシェル・プラティニ、ディエゴ・マラドーナ、ジネディーヌ・ジダン...。かつて、彼らは10番を背負い攻撃のタクトを振るった。

だが現在、ビッグクラブで10番をつけている選手を見れば、変遷は明らかだ。リオネル・メッシ、ハリー・ケイン、サディオ・マネ、ドゥサン・タディッチ、パオロ・ディバラ、セルヒオ・アグエロ。彼らは突破力があり、決定力を発揮する選手である。

■プレッシングで補填

典型的なトップ下は不在になった。では、どうするべきか。そこをプレッシングで補填する。それがクロップ監督の出した答えだった。

連動したプレッシングでカオスを起こす。ジョーダン・ヘンダーソン、ジェームス・ミルナー、ファビーニョが中盤で幾度となくボールを刈り取る。錯乱。攪乱。その回収力は欧州屈指だ。

前線にはマネ、モハメド・サラー、ロベルト・フィルミーノを擁する。素早い攻守の切り替えから仕掛けられる速攻が脅威になる。ひとたびスピードに乗ったら、止められない。瞬時にゴール前に侵入され、気付けばネットが揺れている。眩暈を起こすようなカウンターだ。

クロップ指揮下のリヴァプールでは、全員が守備をしなければならない。ただ、アトレティコ・マドリーやユヴェントス代表されるような守り方ではない。ジョゼ・モウリーニョが発明した「ゴール前にバスを置く」戦術とも異なる。失点を防ぐための守備ではなく、ボールを奪うための守備なのだ。

一方で、この戦い方では規律が失われる。自らバランスを崩して、主体的に守備を行うからだ。

■シルバーコレクター

守備の主体性と規律の共存ーー。これがクロップ・リヴァプールのテーマになった。

第一にプレスを基盤としたプレースタイルをある程度確立させたクロップ監督は、次の一手として補強に注力した。2015年のクロップ就任以降、リヴァプールは1億9420万ユーロ(約240億円)を補強に投じている。サラー、マネ、フィルミーノ、ミルナー(フリートランスファー)、アンドリュー・ロバートソン、ジョルジニオ・ワイナルドゥム、フィルジル・ファン・ダイク、アリソン・ベッカー、ファビーニョらが次々に加入した。

効果は徐々に現れた。50失点、42失点、38失点と、年々、リヴァプールの失点数は減っていった。

なにより、大きかったのはファン・ダイク獲得だ。彼の獲得に、リヴァプールは移籍金8400万ユーロ(約104億円)を支払った。ポジショニング。空中戦の強さ。試合の解釈。プレーを読む力。193cmと長身でフィジカルに優れているファン・ダイクだが、派手なスライディングを見せて決定機を防ぐ場面は少ない。常に先回りして、危険を事前に摘み取っていく。職人のように、淡々とカバーリングを行い、スペースを潰す。自身の能力を過信しないクレバーなディフェンダーである。

2017-18シーズン、冬の移籍市場でDFの選手として史上最高額でファン・ダイクはリヴァプールに加入した。彼の獲得後、シーズン後半戦でリヴァプールは19失点しか喫していない。その前のシーズン(2016-17シーズン)は後半戦に38失点を喫した。失点の割合は50%減になった。

オーナーを務めるジョン・ヘンリーが決断を下したのは、2015年夏のことだ。クロップ監督を招聘するーー。2014-15シーズン、クロップ監督が指揮したボルシア・ドルトムントはどん底にいた。一時降格圏内に足を踏み入れたのち、7位でブンデスリーガをフィニッシュ。また、カップ戦で決勝に進みながら勝ち切れないクロップ監督には、「シルバーコレクター」の印象がつけられていた。

あれから、4年が経過した。2018-19シーズン、リヴァプールはついにチャンピオンズリーグを制している。クロップ監督はシルバーコレクターの汚名を返上。団結心とプレッシングが強固に繋がり、信念が結実した瞬間だった。

スポーツライター

執筆業、通訳、解説。東京生まれ。スペイン在住歴10年。2007年に21歳で単身で渡西して、バルセロナを拠点に現地のフットボールを堪能。2011年から執筆業を開始すると同時に活動場所をスペイン北部に移す。2018年に完全帰国。日本有数のラ・リーガ分析と解説に定評。過去・現在の投稿媒体/出演メディアは『DAZN』『U-NEXT』『WOWOW』『J SPORTS』『エルゴラッソ』『Goal.com』『ワールドサッカーキング』『サッカー批評』『フットボリスタ』『J-WAVE』『Foot! MARTES』等。2020年ラ・リーガのセミナー司会。

誰かに話したくなるサッカー戦術分析

税込550円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

リーガエスパニョーラは「戦術の宝庫」。ここだけ押さえておけば、大丈夫だと言えるほどに。戦術はサッカーにおいて一要素に過ぎないかもしれませんが、選手交代をきっかけに試合が大きく動くことや、監督の采配で劣勢だったチームが逆転することもあります。なぜそうなったのか。そのファクターを分析し、解説するというのが基本コンセプト。これを知れば、日本代表や応援しているチームのサッカー観戦が、100倍楽しくなります。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。

森田泰史の最近の記事