原監督の采配は「働き方改革」? 大企業に広がる「ジョブ型雇用」に一石を投じるか
■「あり得ない」ことはない戦法か?
読売ジャイアンツの原監督が、6日の阪神戦で内野手である増田大輝選手をピッチャーとして起用した。このことがにわかに物議を醸している。
昨夜、「0-11」と敗戦ムードが漂う8回の場面で、ジャイアンツの増田選手がマウンドに上がったのだ。4人の投手がベンチに残っていたにもかかわらず、である。彼らを休ませるための原監督ならではの戦略であろう。
ところが、野球解説者の堀内氏が「増田がマウンドに立った瞬間俺はテレビを消した」と発言するなど、否定的な意見がネットで飛び交った。
「相手チームに失礼だ」「伝統の一戦にケチをつける」という意見が目立つが、いっぽうで、メジャーで活躍した上原浩治氏や、現役メジャーリーガーのダルビッシュ有投手は、原采配に理解を示した。
長いペナントレースを勝ち抜くうえでは、あり得る戦法。
「状況によって、あり得ないことはない」
という意見だ。
■これも立派な「働き方改革」
私も実際にネット中継で観戦していたが、このときは驚いた。タイガースファンの一人として、純粋に「よし!」とガッツポーズをつくったのを覚えている。今年は例年に増してジャイアンツに負けている。そんな強敵が、試合中に「白旗」をあげたと私は受け止めたからだ。
そして同時に、原監督の采配は凄いな、勇気あることを実行したな、やはり恐るべしだとも感じた。
組織マネジメントの基本は、目標を達成させるために、リソースを効率的に配分することだ。リソースの代表格は「ヒト、モノ、カネ、情報」の4つ。ここに「時間」の概念を加えて、マネジャーは組織を統制し、管理しなければならない。
組織メンバー(選手)のコンディション、能力、知識などを常に掌握し、どのタイミングで、どのように仕掛けることで、組織目標が達成できるか。野球でいえば勝利に導くことができるか、それを考える。
組織マネジャーの「配分スキル」が高度であればあるほど、メンバーの「働き方」の自由度は増す。
在宅勤務をしていようが、移動中にテレワークをしていようが、誰に、どの仕事を、どのタイミングで配分できればいいのか。それさえ的確にできれば、
「早朝から会社に出勤している奴が偉い」
とか、
「深夜まで残業している人ほど頑張っている」
という精神論を言う人はいなくなる。
原監督の采配は、長いペナントレースを勝ち抜くうえで、どの選手に、どのタイミングで、どのような「仕事」を与えるべきか、それがよくわかっているから、選手の「働き方改革」を促進できるのだろう。そう思った。
■「ジョブ型」の働き方に一石を投じる?
ところで、「働き方改革」はいいが、最近注目されている「ジョブ型」の働き方についてはどうか。
日立製作所や富士通など、日本を代表する企業が「ジョブ型」を採用する方針を決めている。私たちは雇用のみならず、働き方そのものを再考しなければならない時期に入ってきたと言えよう。
日立の「ジョブ型」「半分在宅」の働き方が成功するカギとは?でも記したが、テレワークはともかく、日本企業に「ジョブ型」の働き方が浸透するかどうかは疑問だ。
なぜなら日本の多くの企業は、「仕事に人をつける」欧米流のジョブ型ではなく「人に仕事をつける」メンバーシップ型労働が基本だからだ。
ジョブ型で働くのであれば、仕事の内容を詳しく記した「ジョブディスクリプション(職務記述書)」が通常必要となってくる。こうすることで、個人個人の仕事に対する主体性や責任感がより生まれやすくなり、いい面も多い。
他方、ジョブ型だと「このような仕事で私は雇われたので、それ以外の仕事はやりません」と言われるリスクもはらむ。
人材が潤沢にある大企業にはよくても、人的リソースが限られる中小企業にはキツイ話だ。
組織マネジメントは、リソースの配分をすることと記したが、そのリソースに限りがあると、「ジョブディスクリプションに書かれた仕事しかやりません」と言われたら、とたんに仕事のやりくりが難しくなる。
今回の原采配のケースでもそうだ。増田大輝選手が「私は内野手ですから、外野手もやらないし、もちろん投手もやらない」と主張したら成立しなかった。
ベンチ入りできる選手は限られている(今シーズンは特別ルールで26名)。いくらジャイアンツといえども、中小企業のようなものだ。目標達成のための人的リソースは限られている。
大企業はともかく、中小企業ならまだまだ「ジョブ型」ではなく「メンバーシップ型」でやりくりしていかなくてはならないだろう。だからこそ、人材教育に力を入れ、多能工(マルチスキル)化を進めなければならない。
プロ野球でもそうだ。打てるピッチャーは重宝されるし、投げられる内野手も貴重な存在だ。
タイガースファンだが、ジャイアンツに見習うべきことがまた一つ増えたと、そう思わされたケースであった。