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青春映画の秀作、映画『幕が上がる』

碓井広義メディア文化評論家

本広克行監督の『幕が上がる』を観てきました。で、いきなり結論ですが、これは青春映画の、堂々の秀作です。

個人的にラッキーだったのは、平田オリザさんの原作小説は読んでいましたが、映画に関しては何の予備知識も先入観もなく、しかも「ももいろクローバーZ」についてもそれほど詳しくないままに観たことです。

確かにアイドルグループが主演の映画ですが、既成概念としての“アイドル映画”の範疇に、いい意味で納まりきらない出来の良さ(レベルの高さ)がありました。

原作は3年前に出版されたものですが、当然ながら小説そのままの映画化ではありません。

喜安浩平さんの脚本は、静岡に舞台を移しただけでなく、「ももクロ」のメンバーに合わせる形で、登場人物のキャラクター設定などを巧みに変えてあります。それだけに、ヘンに浮いたセリフもなく、等身大の彼女たちと、物語の中の演劇少女たちが、見事にシンクロしていました。

欲を言えば、平田さんの小説には“読む演劇教室”みたいな要素があり、その部分は映画でも描かれていますが、稽古シーンなどもう少し見たかった。でも、まあ、それはないものねだりということで。

何となく演劇部に所属し、何となく芝居を続けていたヒロイン(百田夏菜子、好演)をはじめ、「ももクロ」の面々が演じる演劇部員たちが、徐々に覚醒していく様子が丁寧に描かれています。

高校時代って、1年間でも、ぐっと成長する時期で、いや、時々刻々と変わっていく時期で、だからこそ儚(はかな)くもあります。その儚くて貴重な時間が、演劇を通過することで可視化されている、という感じでしょうか。

“高校部活系”映画としては、『ウオーターボーイズ』や『ピンポン』などの運動部や、『スイングガール』の吹奏楽部などがありましたが、「演劇」というのはそれらとは特質や方向性が異なっており、その違いもまたこの映画を輝かせていました。

「ももクロ」だからとか、「アイドル映画」だからとか、「踊る大捜査線」の監督だから(?)とか、その他諸々の予断を抜きにして、劇場で観てみることをオススメします。

そうそう、映画ライター・紀平照幸さんも書いていらっしゃいましたが、「ももクロ」以外のキャストの中では、黒木華が圧倒的にいい。元“大学演劇の女王”で、高校の新任美術教師という役どころですが、この人が画面に出てくると空気が変わります。

それから、これは蛇足ですが、笑福亭鶴瓶だの、松崎しげるだのといった、“ちょこっとだけ出ていただいた有名人”みたいなキャスティングは、本当に邪魔! 

もう少しで映画全体の好印象をぶち壊されるところでした。要注意です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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