光もあれば闇もある、オリンピックを知る映画5本。
いよいよ開幕のパリ五輪。近年何かと問題が発覚する五輪だが、今回はその光と闇を赤裸々に描いた映画作品をご紹介する。襲撃事件、ドーピング、目的のために正当化されるパワハラ指導、そして「IOCといえばあの人」の過去の所業まで。オリンピックの鑑賞の合間に、ぜひ御覧いただきたい。
『アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル』
アメリカで初めてトリプルアクセルを成功させ、92年アルベールビル、94リレハンメルと2度の冬季五輪にアメリカ代表として出場した女子フィギュア選手、トーニャ・ハーディング。その彼女が’94年リレハンメル冬季五輪代表選考の大会で起こしたとされる、フィギュアスケート史上最大の醜聞「ナンシー・ケリガン殴打事件」の真相を描く。田舎町の貧しい家庭に生まれ、粗暴な母親に虐待されながら育ったトーニャは、4歳にしてスケートの天才を目覚めさせるも、金も学もなく、美しさと上品さを好むフィギュアの世界で疎外され続け、「なんでスケートだけじゃだめなの?」と涙で訴える様は、五輪は芸術なのか競技なのかという矛盾も感じさせる。最悪の環境の中でもトップに上り詰めた彼女が、その最悪の環境ゆえに転がり落ちてゆく様は、想像を超えるアホさであると同時に、そんな人生しか歩めなかった環境への哀れさも。関係者の証言によって構成するモキュメンタリー風で、俳優たちの怪演がみどころだが、エンドロールででてくるご本人たちが冗談みたいにそのまんまであることもびっくり。
『イカロス』
ドーピング検査の有効性を検証するために、自身の身体に薬物を使って自転車競技に臨んだ監督。ロシアの薬物検査機関「オリンピック・ラボ」の所長グレゴリー・ロドチェンコフの協力のもと企画は動き出した矢先に、ソチ五輪における国家的ドーピング疑惑でロドチェンコフが中心的役割を果たしていたことが発覚し……。自身の身体を使った実験のようなドキュメンタリーだったはずが、スポーツにおけるロシアの国家的陰謀を暴き、監督はロドチェンコフの亡命を手助けし、やがてあのバッハ会長率いるIOCの闇へとたどり着く。事実は小説より奇なりを地で行く衝撃作。
『オーバー・ザ・リミット 新体操の女王マムーンの軌跡』
謎のベールに包まれたロシアのオリンピック訓練センターで、リオデジャネイロ五輪の金メダルを目指す女子新体操の最強エース、リタ・マムーン選手に密着取材したドキュメンタリー。完璧な美しさを作り出す、その裏には血が滲むほどの努力が…と見始めて衝撃を受けるのは、絶対的指導者イリーナ・ヴィネル監督による激烈なパワハラ指導。「国の威信」の名もとに与えられる重大なプレッシャーと、目的のためのそうした手段を、誰もが肯定する世界に戦慄する。ラストの金メダリストの表情にも注目。
【関連記事】 理想の実現のためならば、パワハラは正当化されるのか?映画『オーバー・ザ・リミット』
『ミュンヘン』
1972年9月5日のミュンヘン五輪の開催中に起きた、パレスチナ過激派組織「黒い九月」によるイスラエル選手団殺害事件と、イスラエル諜報特務庁(モサド)による報復作戦を描く。事件が生々しく描かれる冒頭は、五輪期間中にこれが起きたことに旋律と衝撃を受ける。報復作戦のリーダー、アブナーを主人公にした物語は、正義と信じた作戦が、国際政治の裏側の利害関係により翻弄され、繰り返される報復の無意味さ、それでは何も解決しないことを浮き彫りにしてゆく。ユダヤ、パレスチナ両者の痛みと、報復の中で人間性が失われてゆくさまには、現在ガザで起きている状況を思わずにはいられない。イスラエルが求め続けていた、五輪での犠牲者への黙祷は、21年の東京オリンピックで初めて実現した。
『東京オリンピック(1964)』
1964年の東京オリンピックを、名匠・市川崑が記録したドキュメンタリー。
監督自身がスポーツにそれほど興味がない、だがさすが巨匠と唸らされる独特の視点、独特の撮り方は、スポーツよりもその競技者たちの肢体の美しさや力強さ、時に笑ってしまうようなユーモアで切り取り、さらにそこににじみ出る競技者の内面に迫り、人間こそが芸術品のように思える。スポーツの周辺に映る当時の日本ののどかな風景や、人々の表情なども魅力的。日本の聖火リレーの模様を広島から描きはじめ、「平和を4年に一度の夢に終わらせていいのか」というメッセージで終わらせるなど、貫かれた「平和」というテーマは、今の時代により響く。
※以下は、IOC公開の英語版の全編動画