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迫り来る食料危機  気候変動を抑制しながら食料安全保障を向上させる7つの方法

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
露がウクライナ侵攻 住民が国外に避難(写真:ロイター/アフロ)

ロシアによるウクライナ侵攻により、世界的な食料危機の懸念や食料安全保障の重要性が報じられている。ロシアとウクライナの小麦生産量は年間約6,000万トンで、世界全体の約30%を占める。国土面積の7割を農地が占め、穀物栽培の盛んなウクライナは「欧州のパンかご」と呼ばれてきた。だが2022年4〜5月、ウクライナの小麦農家は収穫・作付けできなくなっている。

2022年5月14日、インドは小麦の輸出を禁止すると発表した。小麦の食料自給率15%の日本は、小麦を米国・カナダ・オーストラリアから輸入しているので直接的に関係しない。だが、これまでインドから輸入していた国が他国から輸入しようとすると小麦の奪い合いになり、食料価格は上昇する。国連FAOの食料価格指数(FAO Food Price Index)は、ロシアによるウクライナ侵攻や燃料・肥料の価格高騰、気候変動による一部地域の生産量減少などが引き金となり、過去最高の水準になっている。

FAO Food Price Index(2022年5月6日現在)
FAO Food Price Index(2022年5月6日現在)

筆者が属するChampions12.3(チャンピオンズ12.3)は、SDGs12.3の目標である「世界の食品ロス・廃棄を半減」に向けて活動する組織の集まりだ。Champions12.3で毎月レポートを発信しているのが、WRI(世界資源研究所)シニアフェロー兼食品ロス・廃棄物担当ディレクターのLiz Goodwin(リズ・グッドウィン)氏。2022年4月29日付のレポートでは「価格高騰により高まる飢餓のリスクを減らすため、食品ロスと食料廃棄を直ちに減らすことの重要性が高まっている」「今後、数週間から数ヶ月の間に農家や政策立案者が下す決断は、世界の食料システムに長期的な影響を与えるだろう」と述べている。

2022年5月14日現在、すでに600万人がウクライナから国外に避難している(UNHCRによる)。多くの人が家を追われ、水や電力、食料などのライフラインを失っている。このまま軍事侵攻が続けば、人道的・経済的影響は拡大し、世界の何百万人もの人が飢餓のリスクにさらされる。

WRIは、ロシアによるウクライナの軍事侵攻に対し、食品ロスや食品廃棄物対策への取り組みを倍増させるなど、食料安全保障と気候変動目標達成の両方を支援するため、次のような7つのアプローチを提案した(以下、拙訳)。

気候変動を抑制しながら食料安全保障を向上させる7つの方法

1)脆弱な地域における急性食料危機に対処するため国連WFP(世界食糧計画)の飢餓救済活動を支援する

2) 農産物市場と貿易の流れをオープンに保つ

2007〜2008年の食料危機で、自国の食料を守るために各国が実施した輸出禁止措置で食料価格が急騰したように、貿易障壁や輸出規制はすべての人に打撃を与える。農産物貿易のために国境を開放し、フードサプライチェーンを機能させる。

3)バイオ燃料の義務付けを緩和または撤廃する

2022年、米国と欧州でバイオエタノール生産(輸送用燃料)に使う穀物を50%削減すれば、ウクライナの輸出用の小麦、トウモロコシ、大麦、ライ麦が失われる分すべてを補うことができる。クリーン電力を供給する風力、太陽光、水力、地熱へのシフトにより、大型輸送機関に使用する石油が解放される。世界の食料システムを、政治的ショックや気候変動に耐え得る、持続可能なものにするためには以下の行動が必要である。

4)食品ロスと食料廃棄を削減する取り組みをさらに強化する

世界では、食料生産量の3分の1が、農場から食卓に届くまでに失われたり無駄になったりしている。食品ロスと食料の廃棄を減らすことは、消費者が入手できる食料の量を増やすことになる。

5) 作物収量のギャップを持続的に解消する

作物収量を高めることは、低所得国の零細農家にとって特に重要で、食料不安の軽減と農村所得の増加につながる。森林や他の生態系を切り開いて農地にしなくて済む。気候変動や生物多様性の面でもメリットがある。

6)より持続可能な食生活への移行

世界の農地の約3分の1は、家畜の飼料として使われている。肉類中心の食生活を、植物性食品が豊富な食生活へシフトすれば、人間が消費するための作物を栽培できる。

7)農業補助金を人間が直接消費する作物に振り替える

バイオ燃料や畜産の支援補助金は、段階的に削減するか、人が直接消費する作物に振り向ける。

以上、WRIが提案する7つのアプローチを紹介した。

WRIは「迫り来る食料危機は、この紛争がもたらす壊滅的な影響の一つである。今こそ、食料、エネルギー、気候の安全保障を長期的かつ緊急的に確保するための決断が必要である」と結んでいる。

日本のパン、97%は海外産小麦

7つのアプローチのうち、6番目の「植物性食品中心の食生活への移行」に加え、日本の場合、主食となる米や国産小麦の消費量を増やすことも重要である。日本の米の食料自給率は98%である一方、小麦は15%に過ぎない(2020年度、カロリーベース)。にもかかわらず、2012年以降、世帯あたりの米の支出金額より、パンの支出金額の方が上回っている。パンの支出額の全国平均は世帯あたり31,658円だ。主食として、米より小麦を多く選んでいる。筆者が2022年5月の出張で泊まった中部地方のホテルでは、朝食で「ご飯食か、パン食か」のどちらかを選ぶ際、8人中6人が「パン食」を選んでいた。では、そのパンの小麦はどこで作られているのか。日本で流通しているパンのうち、97%は海外産小麦を使っている。国産小麦はわずか3%しか使われていない。国産小麦を使ったパンを食べる、あるいは米を中心とした食生活にすることで、食料をできる限り自国で賄うことにつながる。

ホテルのビュフェ
ホテルのビュフェ写真:イメージマート

米国産小麦の97%、カナダ産小麦の100%から除草剤成分が検出

国内で自給できるかどうかの問題に加え、小麦の場合、安全性の問題も加わる。日本の小麦は米国・カナダ・オーストラリアからの輸入がほとんどだ。東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授は、2017年の農林水産省による輸入小麦の残留調査で、米国産小麦の97%、カナダ産小麦の100%から、除草剤成分のグリホサートが検出されたと著書で述べている。グリホサートは、発がん性などへの影響が指摘されており、食料生産に寄与するミツバチの世界的な減少の一因とも言われ、欧州では厳しく規制している。一方、日本政府は、2017年に米国からの要請に応じ、小麦から摂取されるグリホサートの残留基準値の限界値5ppmを6倍(30ppm)まで緩和した。海外産小麦で作られたパンを買って食べる人のうち、どれだけがこのことを知っているだろう。

カナダ アルバータ州 小麦の収穫
カナダ アルバータ州 小麦の収穫写真:ロイター/アフロ

識者「食料危機を防ぐため、食品ロス対策を含む持続可能な仕組み構築を」

中東・北アフリカ地域の食料安全保障に詳しい日本国際問題研究所の井堂有子研究員は、朝日新聞の取材に対し、「小麦の輸出は6〜7カ国ほどの限られた国に頼っているので(2008年と)同じような食料危機が繰り返される恐れがある。この危機を機会ととらえ、小麦の輸入元の多角化だけでなく、食料全体の多様化、地産地消や食品ロス対策を含めた、一極集中ではない持続可能な農業生産の仕組みを構築していく必要がある」と語っている。

国を守るためには、紛争などで食料の輸入が閉ざされた場合、どのように国民に食料を供給するのかを考えなければならない。金があれば100%買えるというものではないのだ。食料輸出国が日本への輸出を止める可能性もあるし、日本より高価格で買う国を優先するのは当然だろう。食料安全保障は喫緊の課題であるが、日本政府はどれだけこの緊急性を自覚しているだろうか。

参考情報

ウクライナ侵攻が引き起こす食糧危機 途上国が飢える恐れ、命に直結(朝日新聞デジタル、2022/5/10)

こちら特報部 小麦 クライシス(下) ウクライナ侵攻 世界で急騰 頼みの国産 伸び悩む 「増産へ政策見直しを」(東京新聞、2022/4/28)

FAO Food Price Index

Champions 12.3

The Ukraine Crisis Threatens a Sustainable Food Future(WRI, 2022/4/1)

米(コメ)の1人あたりの消費量はどのくらいですか。(農林水産省)

パンへの支出金額、一世帯当たり(単身世帯を除く)(家計調査、2019年〜2021年平均、総務省統計局)

『農業消滅 農政の失敗が招く国家存亡の危機』 鈴木宣弘、平凡社新書

令和2年度 食料自給率・食料自給力指標について(農林水産省、2021年8月)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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