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ギャラクシー賞「大賞」受賞記念 ドラマ「あまちゃん」研究 序説 短期集中連載 第2回

碓井広義メディア文化評論家

第51回ギャラクシー賞「大賞」受賞を記念して、「あまちゃん」に関する考察を短期集中連載しています。

ドラマ「あまちゃん」研究 序説

~なぜ視聴者に支持されたのか~'

短期集中連載 第2回

(2)ポピュラーカルチャーの宝庫・80年代の取り込み

物語の設定は2008年からの4年間だが、並行してヒロインの母親の若き日である80年代を描くことで、視聴者は異なる時代の2つの青春物語を同時に堪能できた。また80年代の音楽やファッションは知っている人には懐かしく、知らない人には新鮮で、家族や友人とのコミュニケーションの材料となった。

春子(有村架純→小泉今日子)が家出同然に上京したのが1984年と設定されているのはなぜなのか。アイドル評論家の中森明夫は次のように分析している。

「現実のその年、キョンキョン(*小泉今日子のニックネーム)は『渚のはいから人魚』で初めてオリコン1位を獲得し、トップアイドルになっています。でもその部屋(*春子が上京するまで使っていた実家の自室)を埋め尽くすポスターやレコードには、松田聖子や山口百恵はいても、キョンキョンはいない。つまり『あまちゃん』の世界は“小泉今日子がアイドルとして成功できなかった”パラレルワールド。言わば『あまちゃん』はクドカン版『1Q84』なんです」(『週刊現代』2013.06.01号の座談会)

実にうがった見方であり、確かに春子という存在によって、ポピュラーカルチャーの宝庫としての80年代をドラマに取り込むことが可能になったのだ。

<1> 音楽

大友良英による、明るく元気でどこか懐かしいオープニングテーマ曲が、このドラマ全体を象徴していた。随所に挿入される伴奏曲は登場人物の心情を語り、場面の雰囲気を支えていた。そして、「潮騒のメモリー」などの劇中歌がフィクションの世界から飛び出して街に流れた。

またこのドラマでは、80年代の音楽が流され、当時のアーティストたちの姿が映され、また常に話題とされる。松田聖子、中森明菜、チェッカーズ、吉川晃司などだ。特に、劇中歌「潮騒のメモリー」の歌詞には80年代(一部は70年代)のアイコンがいくつも埋め込まれている。

「潮騒のメモリー」

作詞:宮藤官九郎 作曲:大友良英・Sachiko M

来てよその火を 飛び越えて 砂に書いた アイ ミス ユー

北へ帰るの 誰にも会わずに 低気圧に乗って 北へ向かうわ

彼に伝えて 今でも好きだとジョニーに伝えて 千円返して

潮騒のメモリー 17才は 寄せては返す 波のように 激しく

来てよ その火を 飛び越えて砂に書いた アイ ミス ユー

来てよ タクシー捕まえて 波打ち際の マーメイド 早生まれの マーメイド

置いていくのね さよならも言わずに 再び会うための 約束もしないで

北へ行くのね ここも北なのに 寒さこらえて 波止場で待つわ

潮騒のメモリー 私はギター Aマイナーの アルペジオ 優しく

来てよ その火を 飛び越えて 夜空に書いた アイム ソーリー

来てよ その川 乗り越えて 三途の川の マーメイド

友だち少ない マーメイド マーメイド 好きよ 嫌いよ

冒頭の「北へ帰るの 誰にも会わずに」は、石川さゆり「津軽海峡冬景色」の「北へ帰る人の群は誰も無口で」を連想させる。

「彼に伝えて 今でも好きだと」は、チェッカーズ「涙のリクエスト」のフレーズ「あの子に伝えて まだ好きだよと」だ。

さらに「ジョニーに伝えて 千円返して」には、ペドロ&カプリシャスの名曲「ジョニーへの伝言」が重ねられている。

「潮騒のメモリー 17才は」の部分は、南沙織の歌手デビュー・シングル「17才」だ。

「来てよ その火を 飛び越えて」では、三島由紀夫の小説を原作とする映画「潮騒」が思い浮かぶが、やはり山口百恵主演の作品だろうか。

そして、「波打ち際の マーメイド」のマーメイドは、小泉今日子のヒット曲「渚のハイカラ人魚」へのオマージュである。

二番の歌詞では、「置いていくのね さよならも言わずに 再び会うための 約束もしないで」という部分が、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」に出てくる「さよならは別れの言葉じゃなくて 再び逢うまでの遠い約束」と見事に呼応している。

最後の「マーメイド 好きよ 嫌いよ」の部分は、松田聖子「小麦色のマーメイド」の「私、裸足のマーメイド 小麦色なの 好きよ きらいよ」がベースとなっているはずだ。

<2> パロディ

音楽以外にも、パロディの形でたくさんのカルチャーが挿入されているのも、このドラマの特徴だ。

たとえば、アキは初恋の相手である高校の先輩・種市浩一(福士蒼汰)に告白するが、残念ながら失恋。切なさと恥ずかしさで、叫びながら堤防を自転車で疾走するシーンがある。ところが堤防の端で自転車は宙に舞い、そのまま空に向かって飛んでいくのだ。

これは映画「E.T」の名シーンそのままであり、朝ドラが、こんな形でVFXを使うことも珍しい。「我々はここまでやるのだ」という制作陣の意気込みが伝わってくる映像だった。

他にも、ほんの一部だが、以下のようなパロディをドラマの中に散見することができた。いずれも、わかる人にはわかるものであり、視聴者側の趣味や知識によって楽しみが倍加する仕掛けになっている。

●「封鎖だ!」

ミス北鉄のユイが北三陸を捨てて東京へ行くことを阻止しようと、駅長の大吉(杉本哲太)が「国道45号線、封鎖だ!」と叫ぶ。これは映画「踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」における青島刑事(織田裕二)の有名なキメ台詞だ。

●海女カフェの内部拝見

漁協組合の古い建物を海女カフェへとリフォームするシーンで、テレビ朝日の番組「大改造!!ビフォアーアフター」のテーマ曲が流れた。改装後の建物内部を見せる際のカメラワークも「ビフォアーアフター」そのままであり、「何ということでしょう」という名物ナレーションもそのまま使われていた。NHKのドラマが、民放の番組のネタをここまでパロディにすることは珍しい。

●アマーソニック(アマソニ)

夏になると全国各地で開かれるロックの祭典「サマーソニック(サマソニ)」。そのパロディであり、海女カフェで行われた「海女のフェス」を指す。

●ヒロシです

ユイの兄・足立ヒロシは元々引きこもりの暗い青年だ。スナックに現れ、「ヒロシです」と名乗った時に流れたのは、お笑い芸人ヒロシが使用する映画「ガラスの部屋」のテーマ曲だった。

(連載第3回に続く)

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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