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カレンとケンがやってくる?~小売業を悩ませる新たなWithコロナ問題

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・カレンとケンとは誰の事か

 新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大していく中で、アメリカやオーストラリアといった国々のニュース映像やネット動画を見ていると、「カレン(Karen)」と「ケン(Ken)」という名前がよく聞かれるようになったことに気が付いた。

 「カレン」や「ケン」というのは実際の名前ではなく、「ミーム」と呼ばれるネット上のスラング(俗語)として使われている。「カレン」は白人で、黒人や他の有色人種への差別的発言を公然と行い、独善的な無理難題をふっかけ、最終的には自分たちは被害者であると主張する女性の俗称として、以前から使われてきた。新型コロナウイルスの感染拡大によって、それらがよりひどくなり、多くの人たちによって動画が撮影されSNSで公開されたり、店舗の監視カメラの映像が公開されたりして、一気に広がった。場合によっては、自分たちは正当であり、不当な扱いを受けたという考えから、「カレン」自らがSNSなどに公開して、意図とは異なり、批判で炎上することも少なくない。

 

 こうした事例が増えるにつれて、「カレン」という女性に対する俗称だけではなく、「ケン」などの男性に対する俗称も出てきているのだ。もちろん、実在する人の名前として使われているので、こうした使い方は良くないと指摘する意見もある。

・ネットにあふれるトラブル

 スーパーやコンビニなどで、マスクをつけるように店員や警備員から注意を受けると、逆上し、大声をあげたり、わざと咳をしたり、唾を吐きかけたり、物を投げたり、強引に入ろうとして、他の客とのトラブルになる様子が、今やネット上にあふれている。テレビのニュース番組などでも特集が組まれるほどだ。

 当初は、黒人をはじめとする有色人種に対して、差別的な行動や言動を行って、トラブルになる事例が多かったが、次第にマスク着用を拒否し、スーパーなどの物販店や飲食店への入店時だけではなく、乗車を拒否する公共交通機関の職員や運転手たちとのトラブルも増えてきている。こうしたトラブルを起こす人たちに、人々が呼びかける時に使っているのが、「カレン」であり、「ケン」である。

・全米食品商業労組の意見広告

 マスクを着用して欲しい、もしなければ無料で渡すと言っているのに、暴言を吐かれたり、暴力に訴える客の増加に困ったアメリカやイギリスの流通業の労働者たちは労働組合を通じて、政府による小売店舗でのマスク着用の義務化を訴えている。

 7月12日には、全米食品商業労組(UFCW)が100人以上の医療関係者と連名で、ニューヨークタイムス紙に意見広告を出した。

 「100人以上の著名な医療専門家がマスクの着用を要求しています。マスク着用が人命を救い、仕事を再開させ、パンデミックを遅らせることができるという科学的証拠は強力」とし、「できるだけ早急に店舗、交通機関、公共の建物などのすべての公共の場所でのマスクを着用することを要求」している。

 

 不特定多数が訪れる店頭でのマスク着用と社会的距離の設定は、そこで働く労働者の安全を守るために不可欠な措置である。しかし、一部の客がマスクを着用する必要がないと主張し、従業員や別の客との間でトラブルを引き起こしている。それは、一部の自治体でマスク着用を法的に義務付けていないことが大きな原因だとしている。こうした要求は、イギリスの商店流通労働組合(USDAW)でも行われている。

・バランスよく情報入手が必要

 日本でも一部で、厚生労働省が「新型コロナは普通の風邪だと言っている」あるいは「マスクは効果が無いと言っている」ということを理由にマスク着用拒否の主張をする人が増えている。しかし、厚生労働省の説明をよく読むと、「ウイルス性の一種の風邪」だと説明しているのは、以前からだし、マスクに関しても「症状等のある方が飛沫によって他人に感染させないために有効です」としているのも、新型コロナ以前から同様だ。熱中症対策で三密以外ではマスクの必要がないというのも当然だろう。着用、非着用両論ともに、極論は避けるべきだ。

 日本では、アメリカのトランプ支持層やヨーロッパなどの反マスク着用運動を取り上げる報道が多い。しかし、一方ではマスク着用を拒否する感染者である客が逆上し、従業員などに唾を吐きかけ、実際に感染させる事例も出ており、アメリカやイギリスの労働組合では、「生活や経済を守る最前線で業務に従事する労働者を危険に曝し続けている」として、法制化を強く求めている。こうした情報も、バランスよく入手して判断していく必要があるだろう。

 

・日本の店にもカレンとケンはやってくるのか

 関西地方のショッピングモールに出店している経営者は、「感染者が増加するにしたがって、家族が感染を心配しているといった理由でアルバイトやパートが辞めていくことが多い。一時的に来店客が集中して、密になることもないとは言えない。客の方は自分の主義でマスクをせず、大声で騒ぎながらやってきて、その後、発症しても平気なのかもしれませんが、接客する方は迷惑です」と言う。

 「今のところ、マスクの着用をお願いすると、だいたいすぐ着用してくれていて、大きなトラブルは聞かないですね」と、流通小売業の関係者は言うが、「日本でも反マスクを主張する人たちが増えていて、店頭でトラブルになりかねない」と懸念する。さらに別の小売業の経営者は、「日本ではアメリカのように白人と黒人や有色人種の対立というのはないが、小売業や飲食業の現場には外国人が多く働いており、これまでも差別的な発言をする客もいる。アメリカに似たようなことが起こらないか心配している」と言う。「悪質クレーマーが社会問題になってくれて、少しほっとしていたのですが、これ以上余計なことが起きないように願うばかり。マスクつけろというのも、つけたくないというのも、どちらにしても極端で過激な人たちはごめんだ」と関西の飲食店経営者は苦笑いする。

 今までは、マスクをつけていない人を過剰に批判する「マスク警察」が問題になっていたが、今度はマスク着用を強硬に拒否して騒ぐ「カレン」と「ケン」が店先にやってくるのか。それぞれの主義主張はあったとしても、多くの人が困難に直面している時期だ。それでなくとも問題山積なのだ。わざわざ新たなWithコロナ問題と対立を作りだす必要はない。ぜひとも、自制心と相手とその立場を思いやる心とを大切にしたい。

☆参考資料

全米食品商業労組の意見広告(NEWYORK TIMES 2020年7月12日掲載)

「食料品部門の労働者のための予防措置に関するガイドライン」UNI Global Union 2020年

「新型コロナウィルス流行中のファッション小売業労働者及び顧客の安全ガイドライン」UNI Global Union 2020年

#Masks4All

「新型インフルエンザ流行時の日常生活におけるマスク使用の考え方」厚生労働省新型インフルエンザ専門家会議 平成20年9月22 日

悪質クレーム対策★「悪質クレームを、許さない」(YOUTUBE)UAゼンセン

神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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