「超大型化バスケは面白かった」明成での学びを経て次の舞台へ。山﨑一渉&菅野ブルースは米国留学を目指す
この3年間、大型布陣のチーム作りが注目を集めていた仙台大学附属明成高校(以下、明成)。昨年末のウインターカップ準決勝で、優勝した福岡大学附属大濠高校(以下、大濠)に接戦で敗れたとき、主力の一人、山崎紀人が発した言葉は非常に意味があるものだった。
「負けてしまってすごく悔しいです……。でも、相手がすごかったんだと思います。僕らは大きい選手が走って、先の展開を読むようなバスケをしようとやってきました。そういうバスケはすごく面白いし、プレーしていて楽しかった。だから、自分たちがやってきたことに悔いはありません」
『スタメン平均195.8センチ』という超大型のチーム作りは、日本バスケが発展するために高校界から発信したチャレンジだった。新たな旅立ちに向けて、これまでにない大型化へのチーム作りと主軸選手たちの成長を追った。
八村塁に憧れて明成の門を叩いた世代
エースの山﨑一渉(199センチ)は3ポイントが得意なオールラウンダー。小学5年生のときに出身地である千葉県で開催したインターハイを観戦しに行き、当時高2だった八村塁率いる明成の試合を食い入るように見ては、観戦に同行していた母に「高校は明成に行きたい」と宣言したというエピソードを持つ。
菅野ブルース(198センチ)はスピードある突破力が魅力のポイントガード。ニューヨークで生まれ育ち、東日本大震災を機に小学校2年次に母の実家がある岩手に移住した。小6のときにテレビで明成のウインターカップ3連覇を見て感動し「隣の宮城にはこんなすごい選手がいるんだ」と八村塁に憧れたという。
山崎紀人(196センチ)は主にインサイドでプレーしながらも、時にはフォワード、時にはガードとして幅広くプレーする潤滑油的存在。地元の宮城出身で、小学校の卒業文集に「高校は明成に入って、全試合、全クォーターに出られるように頑張りたい」と書くほど、明成への入部を熱望していた。時同じくして、3人の長身選手が明成の門を叩いたのは必然の流れだった。
彼ら3人柱に加え、キャプテン丹尾久力(188センチ)、2年生の内藤晴樹(188センチ)、1年生のウィリアムス・ショーン莉音(198センチ)らが成長した2021年度はスタメン平均195.8センチという超大型布陣を形成。2020年度以上にサイズアップしたチームでウインターカップ優勝を目指していた。
「私の指導の根底にあるのは、オリジナリティあるチーム作りをすること」と語る佐藤久夫コーチにとっても、ここまでの大型化は初めてのこと。「サイズがある3人が入学してきたことで、選手層が厚かった一つ上の学年と合わせて、これまでの高校バスケにはない大型化をやってみようと試みました。コーチとしても初めての挑戦でワクワクしました」
何より、チームの大型化は選手の将来性を見据えてのこと。佐藤コーチは自身がアンダーカテゴリーを指導した経験からこのように語る。
「これまでガードのセーフティーが小さい日本は、相手の大型選手にリバウンドから速攻に走られ、ダンクを何本も決められてきました。もちろん小さい選手にもスピードやゲームメイクで素晴らしい能力を持つ選手はたくさんいます。でも大きくて動けるガードを育てれば、日本のバスケに新しい可能性が生まれてきます。大きな選手がリバウンドを取ってそのまま走ってダンクを決めるような、今まで相手国にやられてきたバスケを今度は明成がやってみたい。それが彼らの将来につながります」
「小さい選手ができることを、大きな選手ができてこそ」の大型化
佐藤コーチが目指す大型化とは、大きい選手を並べて高さで勝負することではない。「小さい選手ができることを、大きい選手ができてこそ大型化に意味がある」がモットー。
大型化2年目となった2020年度は選手層を厚くすることで日本一をつかみ、3年目の2021年度はさらなる進化を目指した。それが、全員がリバウンドからボールプッシュして走り、誰もがインサイドに跳び込み、3ポイントの試投数を増やすスタイルだ。「オールラウンド的な動きを求めた結果、ポジションレスのようなスタイルになった」と佐藤コーチは言う。
山﨑一と菅野がU19ワールドカップ代表に選出されたことで、隔離期間を含めて夏の間に約40日間もチームを不在にしたこともあり、チームスタイルを完全に移行したのは夏以降になった。その中で一番の変化は198センチの菅野をポイントガードとして独り立ちさせようとしたことだ。
菅野は高1の途中からポイントガードの練習を始めてはいたが、2年次に膝と足の甲を相次いで負傷したために、1年間のリハビリ生活を送る試練と向き合っていた。さらに、U19代表ではウイングとして起用されたため、会期が重なったインターハイでは2年生の内藤晴樹が司令塔を務めている。菅野が司令塔として初めて公式戦の場に立ったのは10月のウインターカップ県予選から。本番まではとても短い期間でのトライだったが、それでも佐藤コーチは、あえて茨の道を突き進むようなチーム作りの方針は変えなかった。
「ブルースはまだポイントガードとしては未熟ですが、経験が必要なポジションだからこそ、今から始めなければならない。今は迷いながらのチャレンジだけど、今から経験を積んでいけば、将来はブルースにしかできない大型ガードになれる」(佐藤コーチ)
さらに、オリジナリティが出たのは、オフェンスの起点作りをポイントガードだけにこだわらなかった点だ。パスが得意な山崎紀がそのカギを握っていた。
佐藤コーチは仙台高校時代から、「インサイドにガードの考えを持ってゲームを作れる選手がいれば、チームは多彩な攻撃ができる」という考えもとでセンターを育てたことがある。当時はペイント部分が台形だったので「台形のガード」と呼んでいたが、そうした「インサイドのガード」の役割を担ったのが山崎紀だ。
山崎紀はウインターカップ3回戦の西海学園戦で15アシストを叩き出し、一試合個人最多アシストを記録(5得点、12リバウンド、15アシスト)。さらに準決勝の大濠戦では195センチを超える山﨑一、菅野、山崎紀の3人でバックカットからのコンビネーションプレーを連続して決めてみせた。また、山﨑一のディープスリーや、菅野が相手のボースハンドのダンクを豪快なブロックで止めるなど、彼らのスケールの大きなプレーには幾度もどよめきが起きたほどだ。冒頭の山崎紀の言葉は、そうした様々な可能性が引き出されたことへの「面白さ」を意味していたのだろう。
“本物の強さ”を育成することが次への宿題
ただ、規格外であるスケールの大きさを感じさせた一方で、思うようにチーム作りが進まない難しさもあったと佐藤コーチは言う。
「大型チームゆえにパスがワンテンポ遅れたり、急所を外した攻め方をすることもありました。それでも高さでごまかせてしまうところがあったので、そこは私自身も『大丈夫だろう』と見過ごしてしまったところです。また中学時代はガードに使われる立場の選手ばかりだったので、リーダーシップという点では内面から成長する必要がありました。そこはとても時間がかかったところです」
明成といえば、球際の強さを発揮して駆け引きを一つ一つ制していくような粘りを出すのが勝ちパターン。例を出せば、優勝した2020年は驚異的な運動量でのゾーンプレスを展開して接戦をもぎ取っている。その背景にあったのは「相手の心理を読めるような前線から当たれるガードの存在(一戸啓吾、越田大翔、山内ジャヘル琉人)」(佐藤コーチ)が育ったからこそ仕掛けられたのだ。また交代して出てくる選手層の厚さも際立っていた。
一転して2021年はほぼマンツーマンで戦った。195センチ超の選手がマンツーマンで守り抜く基礎と脚力を作ってきたが、佐藤コーチの哲学でもある次の段階――「一つ一つを粘り強く制する駆け引き」の攻防には至らなかった。そうした、対応力の面で及ばなかったのが、相手のオールコートプレスの前にリズムを失った大濠との準決勝である。
試合後に佐藤コーチは、勝利を手繰り寄せた大濠の片峯聡太コーチに賞賛の言葉を贈り、敗因を「ガードの差」とした。
ガードの差とは、試合を支配した大濠の司令塔、岩下准平(U19代表)とポイントガードにコンバートしたばかりの菅野との差だけではなく、「自分がエースとして勝たせられなかった」と悔し涙を流した山﨑一のように、全員がゲームの流れを読み切る力が足りなかったことを指している。その点が、ポジションレスバスケを完成させる難しいところであり「自分の指導の至らなかったところで、まだ本物の強さがあるチームではありませんでした」と佐藤コーチ。
1年生の頃から試合に出て期待されていた選手たちだったが、この代に必要だったのはポジションアップをしてからの試合経験や競い合うライバルの存在だった。この2年、コロナ禍ゆえに思うように遠征も試合も組めず、活動が制限されたのはどこのチームも同じではあるが、宮城県と東北ブロックは県の新人戦もブロック大会も中止となり、全国の中でも特に試合数が少なかった地域。明成の場合は県に競い合うライバルもいない。だが、こうしたコロナ禍の状況を佐藤コーチは嘆くこともなく、受け入れている。
「こんな時期だからこそ、指導者として学べる事もあると臨んできましたし、試行錯誤したことで大型ガードの育成については何かをつかみかけた気がします。今後ここまでの大型選手に出会えるかわかりませんが、チャンスがあればこの経験を生かし、再び大型チームを作ってみたい。何よりも、ウインターカップが終わったあと、後輩たちの練習相手になってくれる3年生たちが、ここに来て一段と伸びているのがうれしいですね。彼らの未来は本当にこれからだと思います」
選手たちにとっても大型化のポジションレスバスケが「面白かった」のであれば、チャレンジしたプロセスこそが経験となって今後に生きる。高校で終わりではないのだから。
山﨑一渉と菅野ブルースは米国留学を目指す
冒頭の山崎紀人のコメントには続きがある。
「一つだけ悔いが残るのは、優勝して久夫先生や高橋さん(アスレティックトレーナー)に恩返しができなかったことです。次の舞台では必ず恩返しをします」
そう決意を語る山崎紀人は関東1部の中央大に進学をする。「大学ではもっとパスに磨きをかけたいし、得点も取って、走って、リバウンドも頑張る選手になりたい」と高校で広げたプレーの幅に確実性をつけていくのが目標だ。
山﨑一渉と菅野ブルースはNCAAでプレーすることを目指している。アメリカ留学はかねてからの目標であったが、U19ワールドカップに出場して同世代のライバルたちと対決したことで、決意はさらに固いものになった。現在は英語の成績を上げるために猛勉強中である。
「高校ではエースとして責任を背負うことを学びました。次はチームを勝たせる選手になります」と山﨑一が誓えば、菅野は「ガードとしての判断力をつけて、今までの日本にはいない大型のポイントガードになりたい」と決意する。
山﨑と菅野のアメリカへの進学については、自身もインディアナ州立大に留学した経験を持つ高橋陽介アスレティックトレーナーが窓口となって精力的に進めている。
「現時点で2人の進路については何も決まっていませんが、今は進学先のルートを切り拓くために動いているところです。決して簡単な道のりではありませんが、アメリカの大学に行きたいと入部してくれた選手たちを育て、次の道を作って送り出すのも明成バスケ部としてのチャレンジです」(高橋アスレティックトレーナー)
なお、山﨑一と菅野は高校卒業後も進路が決まるまでは明成バスケ部の寮で生活を続ける。昨年10月から附属の仙台大の協力のもとで進めている英語の勉強を継続し、部活動で練習やトレーニングを続けるためだ。八村塁も入学を前提にゴンザガ大のサマースクールに通う5月までは明成の寮に残って英語の勉強とトレーニングを続けていた。憧れの先輩を目指して、それぞれが高校での教えを胸に次なるステージに進む。
【明成3年生の進路】
丹尾久力(チームキャプテン)→白鷗大
山﨑一渉(ゲームキャプテン)→米国留学準備中
菅野ブルース→米国留学準備中
山崎紀人→中央大
佐藤優斗→中央大
千葉天斗→明治大
菅原 楓→國學院大
写真/小永吉陽子