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東日本大震災時、非常用電源でエレベーターを動かした超高層マンションはなかった。その切実な理由

櫻井幸雄住宅評論家
超高層マンションでエレベーターが利用できないと、大きな支障が出る。(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 東京や大阪、名古屋といった大都市で大地震が起きると、タワマンと呼ばれることが増えた超高層マンションは、軒並みピサの斜塔のように傾くのではないか……そんな不安を抱く人がいる。

 しかし、「地上60メートル以上(マンションの場合、20階を超える高さ)」という基準を持つ超高層建築物は、通常の高さの建物より厳しい基準で建設されるため、大地震でも倒壊したり、大きな損壊が生じる可能性は低い。

 理論上は、背の低い建物が軒並み倒壊しても、超高層マンションは残ることになる。そのことが分かっているので、超高層マンションの1階部分には、大災害時に一時避難所となるスペースが確保されるケースが多い。

 超高層マンションは地震に強い建物、という側面もあるわけだ。 

 一方で、超高層マンションには大地震時に懸念される問題もある。それは、建物が大きく揺れることの被害(家具が倒れる、物が飛び交うなど)が大きくなりやすいことと停電によって建物内の「足」が奪われることだ。

 建物が大きく揺れることの対応策としては、免震構造や制震構造の採用がある。地震による揺れを軽減させる効果は東日本大震災のときも実証された。

 もう一つ、停電でエレベーターが動かなくなることへの対応もある。

停電時にエレベーターを動かす非常用電源は以前からあったが……

 地上20階を超える超高層マンションでは、エレベーターが住人の大事な「足」になる。

 20階以上の高層階に住めば、階段で上り下りすることなど考えられず、エレベーターがなければ、外出しにくくなるからだ。

 そのエレベーターが大地震による停電で止まると、とたんに不便さが生じる。とりあえず、1階に下りて、管理スタッフを交えて建物の状況や今後の方針に関する情報を得たいと思っても、下りる気になれない。

 一度下りたら、自宅まで上がるのに苦労するのは目に見えているからだ。

 そこで、東日本大震災以降、超高層マンションでは停電発生時でもエレベーター1基を動かすための非常用電源を拡充する動きが進んでいる。

 停電が起きたときでもエレベーターを動かすことができる非常用電源のシステムは、以前から超高層マンションに備えられていた。

 その容量を大幅に増やしたのが、東日本大震災以降の動きである。容量を増やしたのは、東日本大震災の経験で「これでは足りない」ことが分かったからだ。

停電したのに、使用されなかった非常用電源

 非常用電源は軽油などを燃料にして電気をつくり、エレベーターを動かしたり、非常灯をつけるためのもので、東日本大震災のときは、超高層マンションで「エレベーター1基を4時間動かすことができる」くらいの燃料を蓄えるケースが大半だった。

 ところが、東日本大震災の直後に停電が起きた時、首都圏で非常用電源を使ってエレベーターを動かしたマンションは、私が取材した限り皆無だった。

 どこでも「停電でエレベーターは止まったまま」となった。非常用電源があるのに、エレベーターを動かさず、高層階の住人は不自由を強いられたのである。

非常用電源を使って、エレベーターを動かさなかった理由

 せっかく用意した非常用電源をなぜ使用しなかったのか。

 理由は、「4時間分の燃料」は、非常時のなかの緊急事態のために温存されたからだ。

 「非常時のなかの緊急事態」とは、たとえば上層階で急病人やけが人が発生し、急いで1階まで下ろす必要が生じるようなことを指す。

 もし、「4時間分の燃料」を使い果たした後に、そのような緊急事態が起きたら大変だ。一刻を争うような事態に対応できないのは困ると考えられ、「エレベーターを4時間動かすための非常用電源」を使うことができなかったのである。

 実際、東日本大震災の直後、首都圏各地で発生した停電は場所によって長く続いた。私の自宅(横浜市内)では、地震が発生した14時46分、建物が揺れる中で停電が発生し、電気が回復したのは21時過ぎ。6時間以上停電が続き、首都圏では翌日まで停電が続いたところもあった。

 4時間分の非常用電源では、足りなかったのである。

1週間分の非常用電源、そして最新の工夫では……

 東日本大震災で発生した大規模停電で得られた教訓は、「エレベーターが命綱になる超高層マンションでは、もっと長時間の非常用電源が必要」ということだった。そして、非常用電源のための燃料は多く蓄えれば蓄えるほど安心と考えられるようになった。

 その後、超高層マンションでは「エレベーター1基と非常灯、駐車装置、水道設備類を24時間稼働させる」分の燃料を備蓄するのが当たり前となり、「72時間(つまり、3日間)稼働可能」というケースも増加。なかには、「1週間稼働可能」という超高層マンションも誕生した。

 この「エレベーターを1週間稼働」が現在、超高層マンションにおける非常用電源の最長クラスとなっている。

 もっと長く使えるようにすればよいのに、と思いたくなるが、それは簡単ではない。というのも、現状、停電時にエレベーターを長く動かすためには多くの燃料を保管しなければならないからだ。

 まず、燃料を安全に備蓄する広い場所が必要になる。そして、1カ所に備蓄できる燃料の量には限界があるので、1週間分もの燃料となると、保管場所を分散させる必要があり、場所探しがさらに困難となる。

 さらに、多くの燃料を保管するのはいいが、使用しなかった場合、定期的に燃料を入れ替えしなければならない、という問題も生じる。

 「非常用電源」は、無制限に確保することはできなかった。

 「できなかった」と過去形にしたのは、無制限に使用できる非常用電源を備えるマンションが現在建設中であるからだ。

 その仕組みは、次回紹介したい。

住宅評論家

年間200物件以上の物件取材を行い、全国の住宅事情に精通。正確な市況分析、わかりやすい解説で定評のある、住宅評論の第一人者。毎日新聞に連載コラムを持ち、テレビ出演も多い。著書多数。

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