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ミサイルは「対米従属」と「戦前回帰」にも向けられた

田中良紹ジャーナリスト

 8月29日に北朝鮮の首都平壌の飛行場から発射された中距離弾道ミサイル「火星12」は北海道の上空を通過して太平洋上に落下した。翌30日の北朝鮮国営メディアはこの発射が米韓合同軍事演習への対抗措置だとする一方で矛先は日本にも向けられた。

 8月29日は107年前に日本が朝鮮統治を始めた日で、この発射は金正恩委員長が「日本が慌てふためく大胆な作戦を練った」もので、「朝鮮人民の積もり積もった恨みを晴らしてくれたとミサイル発射を担当した戦略軍のメンバーが感謝した」と伝えている。

 北朝鮮の核ミサイル開発はあくまでも米国と交渉を行うためで日本を標的にするものではない。従ってこれまでのミサイル発射は米韓合同軍事演習の時か、国威発揚のため北朝鮮の記念日に合わせて行われてきた。それが今回初めて日本に関連する日を選んだと北朝鮮は発表したのである。

 ただし発射目的を「侵略の前線基地であるグアムけん制への意味深長な前奏曲」と位置づけあくまでも米国との対決を主に、日本は「慌てふためかそう」というのだから敵と見るより敵にくっつく従属国を小ばかにした態度である。

 戦後日本の歴代政権はいずれも戦勝国である米国の支配下にあり「対米従属」を批判された政権はいくつもあるが、しかし最高度の従属姿勢を示したのが現在の安倍政権である。歴代政権が米国の要求に抵抗し続けてきた最後の一線を受け入れた。

 安倍政権は2015年に日本の自衛隊を地球のどこでも米軍の肩代わりに使える集団的自衛権の行使を認めたのである。それは日本を再軍備させて朝鮮戦争に出兵させようとしたが憲法9条を理由に吉田茂から拒否され、軍隊に代わる自衛隊をベトナム戦争に出兵させることが出来なかった米国の悲願の達成に他ならない。

 これで第二次朝鮮戦争が起これば米国は日本の自衛隊を出兵させることが可能になった。それは安倍総理が敬愛し真似しようとする岸信介政権も、あるいは「日本を不沈空母にする」と発言して米国の軍事戦略に全面協力した中曽根康弘政権も認めてこなかった最後の一線だった。

 一方で休戦状態にある朝鮮戦争を終わらせ米国との戦争に終止符を打ちたい北朝鮮は、無条件降伏のような形で終わらせるつもりはない。対等に交渉するには世界最強の軍事力を持つ米国と互角になる必要があり、それが核ミサイル開発を選択させた。

 2002年の一般教書演説で米国のブッシュ(子)大統領はイラン、イラクと並び北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しした。そしてイラクのサダム・フセイン大統領は2003年に米国の先制攻撃を受けて捕らえられ死刑に処せられた。それを見た北朝鮮は米国の先制攻撃を覚悟しなければならず、2005年に金正日総書記は核開発を公式に宣言する。

 2011年に金正日の遺訓を継いだ金正恩は父親以上の大胆さで核ミサイル開発を進め、ついに大陸間弾道弾ICBMが米国に届く一歩手前まできた。米国は水面下で北朝鮮と交渉せざるを得ない状況に追い込まれている。

 もし米国が北朝鮮を軍事力で制圧しようとすればイラクとは異なり世界経済の主要なプレイヤーである韓国と日本に壊滅的打撃を与え世界は大混乱に陥る。それは米国にとって何の利益にもならない。米国の利益は北朝鮮の脅威を煽って韓国と日本をさらに言いなりにさせることでしかない。

 安倍政権は早速ミサイル防衛の新型兵器購入を米側に約束したが、ミサイル防衛は実験結果を見れば18回のうち10回成功しただけでほとんどが撃ち落とせない。昔の自民党政権は米国からミサイル防衛を要求されても「ピストルの弾をピストルで撃てるか」と言って首を縦に振らなかった。

 ところが1998年にミサイルが日本上空を通過すると日本国民は恐怖におののきそれまでの態度を一変させて軍事費増強を容認するようになる。それを見て自民党も米国の要求に応ずるようになり、以来、北朝鮮のミサイル発射は米国の兵器ビジネスに都合の良い結果をもたらしてきた。

 最近ではミサイルが飛ぶたびに日本各地で避難訓練が行われ、政府は「地下に逃げ込め」と指示するが、国民は「どこに地下があるのか」と不安を一層募らせる。米ソ冷戦の時代に欧米各国は核戦争に備えてシェルターを建設し、スイスなどは国が補助して国民の住宅は100%核シェルターを完備している。

 ところが日本はまじめに戦争に備えようとする考えがなく、核シェルターの普及率は0.02%に過ぎないと言う。政府は核シェルター建設に予算を使うより米国の兵器を買うことを優先し国民より米国の利益に応えてきたのである。

 逃げ込むところもないくせに避難訓練を繰り返す日本を見て北朝鮮はからかうつもりになったのだろう。今回のミサイル発射を「日本が慌てふためく大胆な作戦」と発表した。そしてさらに「戦前回帰」を進める安倍政権を意識してか、大日本帝国が朝鮮統治を始めた記念日にミサイルを発射したのである。

 「対米従属」と並ぶ安倍政権のもう一つの顔は「戦前回帰」である。戦後、米国から「押し付けられた」憲法を改正し、米国が禁止した「教育勅語」を復活させ、大日本帝国時代のような国家主義を回復しようとしている。

  日清・日露の戦争に勝った大日本帝国は107年前の8月29日に「韓国併合」条約を公布した。そして第二次大戦で米ソ両軍が朝鮮半島に進駐し、朝鮮総督府が米国に降伏した1945年9月9日まで35年間にわたり朝鮮半島を統治した。

 「韓国併合」は1965年の日韓基本条約で無効化され、日本が巨額の経済協力を与えることで個別の請求権は清算されることになった。しかしその後も韓国からは賠償請求が事あるごとに発生して現在に至っている。一方で北朝鮮との間は未解決のままである。

 クリントン政権時代の米国には朝鮮半島統一を米国が主導して行いクリントンが「すべての冷戦を終わらせた大統領になる」という構想があった。『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』の著者であるハーバード大学教授エズラ・ボーゲルが構想を練り、東西ドイツの統一を下敷きに統一にかかる費用が見積もられ、それを日本に負担させるシナリオだった。しかし北朝鮮の脅威を残す方が米国の利益になると判断され構想は見送られた。

 つまり米国は南北統一のコストを日本に負担させる考えでいることを日本国民は肝に銘じておくべきである。大日本帝国の戦前のツケはまだ消えていないのだ。私はトランプ大統領がことさら「対話はしない」と強調して軍事的解決をほのめかし、国務長官や国防長官が外交的解決を主張しているのを見ると、役割分担をしながら水面下で北朝鮮との対話を進めている気がしてならない。

 そして米国は北朝鮮危機が収束した後の東アジアをどうするかのシナリオを書き始めている気がする。そのためには米国が中国と緊密に連携する必要があり、またロシアとも協力する必要がある。戦争を終わらせるときには緊張を最高度に高まらせる中で着地点を探すものである。ベトナム戦争も終わる直前に最も激しい戦闘が行われた。

 ベトナム戦争を終わらせるため中国と秘密外交をやったキッシンジャーがトランプ政権の背後にはおり、今回もステルス外交を行っている可能性がある。そうした中で米国に頼る以外の外交を何も行っているようには見えない日本の安倍政権に対し、「対米従属」と「戦前回帰」を意識させるミサイルの射ち方をした北朝鮮に、私はこれまでとは異なる段階を感じたのである。

 北朝鮮のミサイル発射はこれから必ず日本の上空を飛ぶことが予想される。それに対して「慌てふためく」国民が恐怖心を募らせていくことを計算しながら北朝鮮は日本の戦前のツケを浮かび上がらせ、その北朝鮮と水面下で交渉を行う米国は中国やロシアと東アジアの将来を構想する。

 そう考えると安倍政権の「対米従属」と「戦前回帰」に向けられたミサイルの発射は悪夢の第一歩ということになる。私の真夏の妄想で終われば良いと願うばかりだ。

 

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■「田中塾@兎」のお知らせ 日時:6月23日(日)16時から17時半。場所:東京都大田区上池台1丁目のスナック「兎」(03-3727-2806)池上線長原駅から徒歩5分。会費:1500円。お申し込みはmaruyamase@securo-japan.com。

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「フーテン老人は定職を持たず、組織に縛られない自由人。しかし社会の裏表を取材した長い経験があります。世の中には支配する者とされる者とがおり、支配の手段は情報操作による世論誘導です。権力を取材すればするほどメディアは情報操作に操られ、メディアには日々洗脳情報が流れます。その嘘を見抜いてみんなでこの国を学び直す。そこから世直しが始まる。それがフーテン老人の願いで、これはその実録ドキュメントです」

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