レジ袋を使ったら罰金4万円―インドはなぜプラスチックごみ規制が最も厳しい国の一つになったか
- インドでは使い捨てプラスチック製品を用いた者に罰金刑が科されるなど、世界でも指折りの規制が敷かれている。
- インドの厳しい規制の背景には、リサイクルが絵に描いた餅になっていて、プラごみが日常生活を脅かす脅威になっていることがある。
- 世界レベルでのプラごみ規制をリードする意思を示している日本政府にとって、先進国と異なる視点でこの問題をみる開発途上国をいかに巻き込むかは、大きな課題となる。
スターバックスやマクドナルドによるプラスチックストローの廃止計画など、プラスチックごみの規制に熱心な国には欧米が多いというイメージがあるかもしれないが、インドがそれらに劣らないことは、あまり知られていない。ただし、インドの厳しい規制は海洋汚染防止のためというより、プラごみが身近な「脅威」であることによる。
インドのプラごみ規制
インドはプラごみ規制が世界で最も厳しい国の一つである。
2018年8月現在、全国29州のうち25の州政府が、使い捨てのプラスチック製の袋(日本でいうレジ袋)、コップ、ストローなどの使用を禁じる法律を導入している。「使い捨て(single-use)」の使用を禁じることは、暗にリサイクル製品の使用を推奨するものだ。
さらに、これに反した場合は刑事罰が待っている。例えばインド第二の都市ムンバイを抱えるマハーラーシュトラ州では違反した業者や消費者に5000〜2万5000ルピー(約8000〜4万円)の罰金や3カ月の懲役などが科される。
こうした規制は地方レベルで進んだが、世界環境デーの6月5日、モディ首相は2022年までに全インドで使い捨てプラスチック製品を一掃すると宣言した。
世界を見渡すと、例えばイギリス政府は使い捨てプラスチック袋の使用に課税し、2042年までに使い捨てプラスチック製品の使用を終わらせる方針を打ち出している。インドの取り組みは、これと比べても厳しいといえる。
なぜインドか?
インドの厳しいプラごみ対策は、この国の深刻なごみ事情を反映している。
急速な経済成長を背景に、インドでもプラスチック製品の使用量は増えているものの、未だに開発途上国であるため、一人当たりの使用量は年間約11キロで、世界平均の28キロ、アメリカの110キロには及ばない。
ところが、開発途上国であるがゆえにインドではリサイクルが未発達で、権威ある科学雑誌『ネイチャー』の推計では約90パーセントのごみが分別されていない。プラごみは他のごみよりリサイクルが進んでいるが、それでも年間約1万5000トンのプラごみのうちリサイクルに回される量は約9000トンにとどまる。
脅威としてのプラごみ
プラごみ回収が十分でないことは、健康や衛生に深刻な影響をもたらしている。プラごみが路上や空き地にあふれ、しばしば火事の原因になるだけでなく、ペットボトルなどに付着した残りかすが雨水などで流出することで、河川や土壌の汚染につながっている。
プラスチック製品を軟らかくする可塑剤(かそざい)として用いられるフタル酸エステルは、生殖機能に悪影響が出る可能性が指摘されていて、先進国では使用が規制されているが、インドでは規制が遅れているだけでなく、後述するようにプラスチック製品を違法に製造する業者も多くいるため、健康被害への懸念は大きい。
人間だけでなく、ヒンドゥー教で神の使いと崇められる牛をはじめ家畜がプラごみを誤って食べ、死ぬ事態も頻発している。
先進国では主に海洋汚染からプラごみへの関心が高まっているが、インドではプラごみが日常生活を脅かす脅威にすらなっているといえる。
なぜリサイクルが進まないか
もちろん、インド政府もこれまでリサイクルに無関心だったわけではない。
例えば、2011年の「プラスチックごみの管理および取り扱いに関するルール」では、プラスチック製品の製造・リサイクルに関する登録制の導入、リサイクル袋の規格化、ごみ収集に一義的な責任を負う州政府に使い捨てプラスチック袋の有料化の決定権を与えることなどが定められた。
しかし、制度としてリサイクルが導入されても、インドではそれが絵に描いた餅になりやすい。
そもそも消費者の間でリサイクルの意識が高くないだけでなく、開発途上国にありがちな問題として、汚職の蔓延や官僚・公務員の遵法精神の不足によって、法律がそのまま執行されるとは限らない。そのため、無許可でプラスチック製品を製造したり、プラごみを回収して違法投棄したりする業者を当局が取り締まることは期待できない。
その結果、先述のように現在に至るまでインド各地ではプラごみの山が築かれたままである。
使い捨てプラスチック製品の使用禁止
こうした背景のもと、先述のように、モディ首相はリサイクルの促進を前提に、使い捨てプラスチック製品の利用そのものの禁止を打ち出した。
インド政府は2011年のルールでも、グトゥカー(噛みタバコの一種)やタバコなど一部の商品の販売にプラスチック袋を用いることを禁じていたが、今回の方針はあらゆる商品が対象となる。また、事業者だけでなく、消費者も対象となることは、インド政府の危機感の表れといえる。
海外企業もその例外ではない。マハーラーシュトラ州では使い捨てプラスチック袋の利用に刑事罰が導入された2018年6月23日以降、最初の一週間で80社から40万ルピー(約60万円)の罰金が徴収されたが、そのなかには大都市ムンバイに集まるマクドナルドやスターバックスなど大企業からのものも含まれていた。
もちろん、これらのグローバル企業にとって罰金の金額そのものは大きな問題でないが、企業イメージという意味では大きな問題だ。CNNは大市場であるインドの政策がこれらグローバル企業の脱プラスチック戦略にも影響を及ぼすと指摘している。
小さな魚は網の目を逃れ、大きな魚は網を破る
ただし、政府がいくら旗を振っても、前途は多難だ。
使い捨てプラスチック製品が実際に普及している一方で、そもそも消費者のリサイクルの意識が乏しいことや、公務員による監視・監督が十分でないことは、急に変わらない。パンジャブ大学のH.P.シン教授は警官などが監視していることは認めながらも、実際にはほとんど取り締まっていないと指摘している。
その一方で、グローバル企業もプラごみ規制にブレーキをかける一因になっている。
マハーラーシュトラ州ではアマゾン、コカ・コーラ、ペプシ、(スウェーデンのアパレルメーカー)H&Mなどの働きかけを受け、使い捨てプラスチック製品の使用が禁じられて一週間後の6月30日、州政府が電子商取引を行う企業を対象に猶予期間を3カ月延長した。これに関して、各社はロイターのインタビューに応じていない。
それぞれにとってのプラごみ規制
1995年の京都議定書で先進国のみが温室効果ガスの排出削減目標を設定されたことに象徴されるように、開発途上国はともすれば経済優先で、環境問題に消極的とみなされやすい。しかし、インドの例にみられるように、開発途上国は環境保護に無関心というより、その問題意識には先進国との間にずれがあるといった方が正確だろう。
使い捨てプラスチック袋のリサイクルが難しいことから、使用そのものを規制する動きは、インドだけでなくスリランカやケニアでもみられる。これらの開発途上国は、地球規模での海洋汚染の原因としてよりむしろ身近な脅威としてプラごみを捉え、その規制に乗り出しながらも実行が難しい点で共通する。
つまり、各国は「プラごみの削減」の重要性を認識していても、国ごとに問題意識や優先すべき目標・課題は異なるのであり、世界レベルで規制を進める場合、それらをカバーした長期目標を設定しなければ、やはり絵に描いた餅になる。
日本政府は6月、2019年に大阪で開催されるG20サミットで、海洋プラごみ規制に関する議論を主導する方針を打ち出した。G20にはインドをはじめ中国やブラジルなどの新興国も参加し、それらは先進国と異なる視点でごみ問題をみる。これまで日本はプラごみ規制で必ずしも先陣を切ってこなかったが、先進国と開発途上国がいずれも参加できる枠組みを提案できるかに、その手腕が問われているのである。