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“クラッシャー”・コバレフが圧倒的なKOで再起 “アンドレ・ウォード後”のライトヘビー級戦線を占う

杉浦大介スポーツライター
Photo By David Spagnolo, Main Events

11月25日 ニューヨーク マディソン・スクウェア・ガーデン・シアター

WBO世界ライトヘビー級王座決定戦

元3団体統一王者

セルゲイ・コバレフ(ロシア/34歳/30勝(26KO)2敗1分)

2回TKO

ビュチェスラフ・シャブランスキー(ウクライナ/30歳/19勝(16KO)1敗)

コバレフが格下に圧勝で復帰

 今戦がWBOの王座決定戦として、HBOのメインイベントとして、そもそも認められるべきだったのかどうかは微妙なところではある。ただ、コバレフにとって必要なファイトだったことは確かだろう。

 過去2戦でアンドレ・ウォード(アメリカ)に連敗を喫したライトヘビー級の元統一王者が、約5ヶ月ぶりにリングに帰還。サビつきが心配されたが、シャブランスキーから3度のダウンを奪っての圧倒的なKO勝ちでそんな懸念も吹き飛ばした。

 「チャンピオンに戻るために激しい練習を積んだ。精神的にも、身体的にも、僕は戻ってきたよ」

 試合後、リング上でそう語って勝ち誇ったコバレフ。しかし、今年6月、ウォードとの再戦で8回TKO負けを喫して以降、このロシア人の周囲から様々なネガティブな話が漏れ聞こえてきた。

 敗戦後の混沌の中で、ジョン・デビッド・ジャクソン・トレーナーとの確執が表面化。無類の酒好きで、頑固すぎるがゆえにトレーナーの意見にも耳を貸さず、練習にも身が入らなくなっていたという噂が流れてきた。「コバレフは悪い人間だ」と公言したジャクソンとは結局は袂を別つことになり、ウズベキスタン人の新トレーナーを雇うことになっている。

 また、今夏にはロシアで交通事故に遭いながら、幸いにも無傷で、その幸運のあとで人生を考え直したというストーリーも自ら口にした。やや出来過ぎにも思えるエピソードに、懐疑的な在米メディアが少なくなかったのも仕方ない。破竹の快進撃が止まった後で、コバレフ側の新たな話題作りにも見えたからだ。

 ともあれ、コバレフはこうしてリングに戻ってきた。元王者の右にまるで対処ができなかった格下のシャブランスキーを一蹴したところで、“完全復活”と決めつけるのは早すぎるのかもしれない。練習不足、スタミナ欠如に対する疑いは晴れないままだ。

 ただ、例えそうだとしても、好戦的で、左右パンチに必倒のパワーを秘めた通称“クラッシャー”はやはり魅力的な役者ではある。2018年は3、4戦を行いたいというコバレフが実際にアクティブにリングに立てば、ライトヘビー級戦線がより活気づくことは間違いあるまい。

ライトヘビー級戦線の行方は?

 ウォードの引退で大きな穴が空いたように見えたライトヘビー級だが、WBA王者ドミトリー・ビボル(ロシア)、WBC王者アドニス・スティーブンソン(カナダ)、IBF王者アルトゥール・ベテルビエフ(ロシア)、そしてWBOはコバレフと、主要4団体に魅力的なタイトルホルダーが揃った。

 多くのボクサーたちからリスペクトを集めたウォードだったが、アメリカ国内でも人気選手ではなかった。興行価値も高いとは言えなかっただけに、その不在は業界内ではダメージになっていない印象がある。

 「これまでと違う選手がベルトの持ち主になり、おかげですべてが興味深くなる。より良いファイトが組める。多くのタイトルホルダーがいるが、これから誰がベストか明らかになっていくのだろう」

 コバレフのそんな言葉通り、今後、それぞれタイプの違うこの4人の直接対決が実現するかどうかが焦点になる。

 同階級に力を入れているのはメインイベンツ社で、コバレフ、25日の興行のセミファイナルに登場した実力者のサリバン・バレラ(キューバ)を傘下に収めている。それに加え、コバレフ対シャブランスキー戦の前の会見でビボルとも提携することを発表。メインイベンツはHBOとの結びつきが強いだけに、同局のサポートを受け、近未来のコバレフ対ビボル戦実現に向けて動いていくのだろう。

ビボルは25日にメインイベンツとの提携契約発表会見を行った。次期スタートして期待を集める本格派だ (杉浦大介)
ビボルは25日にメインイベンツとの提携契約発表会見を行った。次期スタートして期待を集める本格派だ (杉浦大介)

 来月18日で27歳とまだ若く、ここまで12戦全勝(10KO)で突っ走ってきたビボルは魅力的な素材だ。

 11月4日のトレント・ブロードハースト(オーストラリア)との3度目の防衛戦をわざわざモンテカルロから衛星中継したことを見ても、HBOがこの若武者を高く買っていることは明白。願わくば来年後半にもコバレフとの世代交代戦を実現させ、勢いで勝るビボルに橋渡ししたいというのがメインイベンツとHBOの正直な胸の内ではないか。

 こうしてビッグファイト路線を本格化させることによって、アル・ヘイモン傘下のスティーブンソン、WBA元王者バドゥ・ジャック(スウェーデン)、ベテルビエフにプレッシャーをかけることにもなる。リスキーな統一戦にはもはや興味はなさそうなスティーブンソンはともかく、コバレフとはアマ時代に2戦2勝というベテルビエフには隣の芝は青く見えるのではないか。

 ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)、サウル・アルバレス(メキシコ)を始めとするミドル級の強豪を揃えたHBOが、今秋にヘイモン傘下のダニエル・ジェイコブス(アメリカ)の強奪に成功したのは記憶に新しい。似たような形でベテルビエフを勧誘できれば、HBOにとっては渡りに船のはずである。

 「どんなチャンピオンとも戦う準備はできている。(王者同士の潰しあいこそが)ボクシングにとって良いことでもあるんだ」

 そう意気込むコバレフは、来年3月3日に再びマディソン・スクウェア・ガーデン・シアターで次戦を開催する意向という。同じカードにビボル登場の可能性も十分。おそらくコバレフ、ビボルのいずれかがバレラと対戦し、その後の直接対決の機運を少しずつ盛り上げようとするのだろう。

 ここから他の王者たちも巻き込み、ライトヘビー級のビッグファイトシリーズが始まるのか。それともプロモーターの違いが障害になり、短期間の盛り上がりに終わるか。“アンドレ・ウォード後の世界”の青写真は、来春から少しずつ見えてくることになりそうである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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