アスリート愛用食品会社に問合せしない方がいい理由とは?渋野日向子選手愛用の菓子会社に問合せ殺到を受け
ゴルフ全英女子オープンで優勝した渋野日向子(しぶの・ひなこ)選手。渋野選手が愛用している駄菓子の製造企業(食品メーカー)には問合せが殺到。「問合せに対応しきれない」とし、企業は公式サイトにコメントを掲示した。
日本の食品製造業の99%は零細・中小企業
アスリートの活躍は喜ぶべきことだ。彼ら・彼女らが愛用している食品に注目が集まるのもわかる。でも、それを作っているのは食品製造業だ。
日本全国に5万の事業所がある食品製造業のうち、約99%は規模の小さな零細・中小企業である(農林水産省「食品製造業をめぐる情勢」)。
[[image:image02|center|農林水産省 平成29年5月発表「食品製造業をめぐる情勢」]より、数値の出典は経済産業省の工業統計調査)]
渋野選手愛用の駄菓子を製造している会社は、従業員数から見ると「大企業」のラインをぎりぎり超える。だが、何百人が待機しているコールセンターではないから、通常業務である食品の製造に支障をきたすことには変わりないだろう。
問合せ殺到するとパンク、会社総出で対応
筆者は食品製造業に14年5ヶ月勤めた。従業員数からすると規模は「中小企業」。
入社から5年間はお客様対応業務を兼任し、長くは広報と栄養関連業務の責任者を務めた。
その経験から言うと、いきなり電話が殺到した時のパニック状態は想像できる。まさに「パンク」。
緊急事態の時には、朝7時から夜10時まで電話窓口を開き、対応していた。回線を増やしたのに、電話が鳴り止まない。早朝は早起きの高齢者から、夜間は勤めを終えた会社員から、電話がかかってくる。消費者からの問合せに並行してマスメディアからの取材もある。トイレに行くひまもない。
お客様対応の2名ではとても対応しきれず、営業部隊やマーケティング部、経理、総務など、まさに会社総出で対応した。となると、各部署は、本来の業務ができず、滞ってしまう。たまった業務は仕方なく時間外に・・・。
あれ?今、日本は「働き方改革」を推進しているのでは?
「今この瞬間に問合せしなければならないほど急を要しているのか?」
渋野日向子選手愛用の駄菓子の製造会社には、どんな人たちが問合せしているのかはわからない。だが企業が公式サイトに掲示した文面には「マスコミ各社様の対応が困難」とある。一般消費者ではなく、マスメディアが取材目的で問合せをしていたのか・・・。
検索すると、確かに、マスメディアが渋野選手愛用の駄菓子を取り上げている記事がたくさん出てくる。
マスコミの問合せは、たいがい急を要する。一気に大量のマスメディアから電話や問合せメールが殺到したらどうなるか?普段対応している社員だけで足りなければ、誰が対応するのだろう。
問合せの対応に時間をとられ、本来の業務である「食品を製造する」体制に迷惑をかけてしまう、負担をかけてしまう、という、相手の立場への配慮はないのだろうか。
その駄菓子の問合せは、今、この瞬間に、どうしても聞かなければならないほど、急を要しているのだろうか?
アスリートの食べる駄菓子の会社に、今すぐ問合せしないと、誰かの命に関わるのか。
自分だけ、自分のところの一社だけならよかろうと思うのかもしれない。でも、受ける方は、何十社、場合によっては100を超えるだろう。
急激な増産体制は、ブームの後、食品ロスを招く
殺到する問合せは、社員の疲弊を招く。
それだけではない。
一時的に注目され、マスメディアが煽(あお)って人気になった食品は、増産体制を取り、どんどん製造していく。
だが、その注目や人気は永遠ではない。
フィーバーが一段落すると、売上は減少し、余剰在庫を抱える。賞味期限が印字された食品は、日本の商慣習である「3分の1ルール」による「販売期限」や「納品期限」を過ぎると、たとえ賞味期限の数ヶ月手前であっても、納品も販売もできない。食品ロスとなって、しまいには廃棄される。
かつて日本で爆発的に流行ったナタデココ。筆者が青年海外協力隊としてかつて住んでいたフィリピンでは、日本のナタデココブームが去った後、莫大な負債と不用工場が残り、熱帯林の伐採と酢酸の廃棄による環境破壊が起こり、失業者があふれたという。
経営のプロ「急激なブームは悪、年輪経営こそ正しい」
トヨタ自動車(株)社長など、多くの経営者がお手本として見習う存在、伊那食品工業株式会社の最高顧問、塚越寛(つかこし・ひろし)氏。
塚越寛氏の新著『末広がりのいい会社をつくる』(サンクチュアリ出版)には、「いい会社」をつくるための一〇箇条の一つとして、
という言葉が挙げられている。
塚越氏は、著書『リストラなしの「年輪経営」』(光文社)でも、寒天ブームが去った後の後遺症の痛手について述べている。
日本全体が「SDGsウォッシュ」
先日、SDGs(エスディージーズ:持続可能な開発目標)を実践しないならSDGsバッジを外してほしいという趣旨の記事を書いた。
世界で「持続可能性」を達成しようと決めたはず。でも、今の日本は、食品製造業に急を要するでもない問合せをし、食品製造のために働く社員の本業を邪魔し、何十年と地道に経営を続けてきた一つの会社の持続可能性を壊そうとしている。
ある日本の会社員が、背広の胸にSDGsバッジをつけていた。「それは何?」と問われ、「なんだかわからないけど上司からつけろと言われたのでつけています」と答えたそうだ。
まさに思考停止、「SDGsウォッシュ」(=SDGsに取り組んでいるふり)。
オリンピック選手愛用菓子の製造会社は騒動から1年半経った今も公式サイトに「お詫び」を掲示
「フードファディズム」という考え方がある。食品に含まれる栄養素や食品が体に与える影響を、過剰に評価すること。あるいは、過剰に悪く評価することを指す。1952年、米国のマーティン・ガードナーという著述家が、著書『奇妙な論理』で触れたのが初めだと言われている。
群馬大学名誉教授の高橋久仁子(くにこ)先生は、この「フードファディズム」の概念を日本に紹介した。2003年には著書『「食べもの神話」の落とし穴-巷にはびこるフードファディズム』(講談社)を出版している。筆者も高橋先生の講演を企画して聴講させて頂いた。
あれから20年近く経つ。相変わらず、タピオカドリンクに殺到するなど、日本の、熱しやすく冷めやすい食への興味は変わらず、成熟していないように見える。
冬季オリンピック・パラリンピックで活躍した、カーリング女子チーム。試合の合間の「もぐもぐタイム」に食べていた菓子の会社にも問合せや注文が殺到した。最近ではバスケットボールで活躍している八村塁(はちむら・るい)選手愛用の菓子も報道で騒がれた。
カーリング女子愛用の菓子の製造会社は、公式サイトで「大量生産できないため、たくさんのお客様にお待ち頂いている状況」とお詫びしているし、八村選手愛用の菓子の製造会社も、公式サイトのトップページで、欠品と発送遅延のお詫びを載せている。カーリング女子の菓子が報道で騒がれたのは、2018年2月だ。あれからもう1年半も経つのに、製造会社は、いまだに公式サイトにお詫びを掲示せざるを得ない状況ということになる。
食べ物の資源は限りがあり、命を頂いていることを忘れないで
もう少し、冷静に、食べ物に接することができればいいのに、と、いつも思う。
渋野日向子選手の愛用している駄菓子は、もとはと言えば、生き物である魚から生まれたものだ。魚資源には限りがある。無尽蔵に製造できるわけではない。
一般消費者は、ただでさえ問合せが殺到している会社への、急を要しない連絡は、控えてあげたい。その会社の製品を見かけたら、買ってあげる。それだけで、十分、その会社の持続可能な経営を応援してあげることになる。
影響力の大きいマスメディアは、生き物の命を頂いている食べ物の過剰な購買行動を、あえて消費者を煽動することなく、冷静に見守って欲しいと願っている。
コンスタントに(いつも)買ってあげること。それこそが、食品製造業にとって、一番の応援になる。
参考記事: