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「風呂の入り方がわからない」子も 子どもたちに選ぶ行為を提供するフードバンク、つなぐBANK

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
つなぐBANKがアーケードで行ったフードドライブ(NPO法人シームレス提供)

筆者は2008年から食品ロス削減に関する活動に関わっており、2024年で17年目になる。最初のきっかけは、2008年当時つとめていた食品企業でフードバンクに食品を寄付したことだった。

2011年、誕生日に東日本大震災が発生し、食料支援の場で「メーカーが違うから平等でないから配らない」「避難所の人数に少しだけ足りないから配らない」など、平等を原則にした理由で支援食料がだめになってしまうことにもどかしさを感じ、同年に退職・独立、2011年秋から2014年秋までの3年間はフードバンクの広報責任者として食料支援活動に従事した。

当時印象に残っていることはいくつもある。その一つは「3歳の子にコメのとぎ方を教えた」という、ある母子生活支援施設(1)の施設長の言葉だ。20代の母親と3歳の子が、配偶者のDVから逃れるため、その施設に逃げてきた。ところがその母親は、別の男性と仲良くなり、3歳の子を置いて施設から逃げていってしまった。施設の責任者は「子どもは親を選べない」「子どもに生きていく力をつけたい」と言って、3歳の子にコメのとぎ方を教えたということだった。

今はボランティアで認定NPO法人おてらおやつクラブ(2)の監事をつとめている。おてらおやつクラブは、2014年から、お寺のお供えものがだめになる前に、仏さまのおさがりとして、ひとり親のこどもたちにおすそわけする活動をしている。奈良の安養寺からはじまった活動は、今では全国47都道府県、2,000以上の寺に広がった。

おてらおやつクラブの賛同寺院から届いたお菓子の一例(NPO法人シームレス提供)
おてらおやつクラブの賛同寺院から届いたお菓子の一例(NPO法人シームレス提供)

「リンゴの食べ方を知らない」「お風呂の入り方を知らない」

そこで聞いた話に「リンゴの食べ方を知らない子がいる」ということがあった。普段、果物を買わない。同じお金があるなら、もっとお腹がふくれるもの、満腹感が得られるものを買うからだ。たとえばおにぎり、菓子パン、カップラーメン、揚げ物など。だからリンゴを食べたことがない、という。

長崎県諫早市を訪問した際、つなぐBANKいさはやを運営するNPO法人シームレス(3)の理事長うえのしんいちろうさんから、それに似た話を伺った。お風呂の入り方がわからない子どもがいる、というのだ。

NPO法人シームレス理事長、うえのしんいちろうさん(筆者撮影)
NPO法人シームレス理事長、うえのしんいちろうさん(筆者撮影)

リンゴの食べ方がわからない、お風呂の入り方がわからない。つまり、普通の子なら経験しているはずの「経験値」が欠如してしまっている。

一般的に、「貧困」というと、お金がない、食べ物がない、だからお金と食べ物を渡しさえすればすべて解決、と短絡的に考えてしまうケースがある。

だが、決してそうではない。

経験を提供することは、子どもにとってとても大切だ。

リンゴを食べるという経験。

お風呂に入るという経験。

外食するという経験。

必ず「まっさらな新品をプレゼント」

つなぐBANKいさはやは、食べ物の提供に加え、子どもたちに文房具の提供もおこなっている。そこでポリシーにしているのが「新品をプレゼントする」ことだ。

長崎県諫早市には、つなぐBANK支援の対象となる世帯が約1600世帯ある。そのうち「食料支援してほしい」と手をあげてくる世帯が145世帯。とはいえ、支援する物資にも限りがあるため、その中で35世帯が選ばれ一年単位での再抽選を繰り返している。諫早市の中でも最も困窮している世帯の子どもたちだ。彼らはお下がりとか中古品に慣れてしまっている。だからこそ、つなぐBANKいさはやは、まっさらな新品を彼らに提供してあげたいと思っている。

選に漏れた世帯への臨時支援も「できる範囲」を条件にスタートさせた。

配布会に備えてお米の仕分け作業をおこなうボランティアの方たち(NPO法人シームレス提供)
配布会に備えてお米の仕分け作業をおこなうボランティアの方たち(NPO法人シームレス提供)

「選ぶ行為」の提供

つなぐBANKが考えていることのもう一つは「選ぶ行為を提供する」ということ。経済的に困窮している家庭の子どもたちは「選ぶ」という経験が不足しているからだ。選ぶことに慣れていない。

Amazonみんなで応援プロジェクトで集まった文房具(NPO法人シームレス提供)
Amazonみんなで応援プロジェクトで集まった文房具(NPO法人シームレス提供)

たとえばラインマーカーなどのカラーペン。緑やオレンジを加えた12色入りなど。子どもたちはいろんな色が欲しい。でも、いつもは必要最低限の決まった一色しか買ってもらえない。だから、つなぐBANKいさはやは、アマゾンの「欲しいものリスト」で、いろんな種類の色が入っているカラーペンの寄付を全国の寄付者にお願いする。普段、選び慣れていない子は「え、いいと?全部いいと?」(「いいの?」の意味の方言)と聞いてくる。12色あったら、いろんな色から自分の好きな色を選んで使うことができる。

ノートも、ムーミンのキャラクターがついてるのは少し高くて買えないから普通のノート。

晩御飯は「これ」。

「これ」と言われれば「これ」しかない。

選びようがない。

だから、「これ」や「あれ」を選べるような選択肢を提供する、「経験値」をプレゼントすることこそ、最低限のギリギリの生活を強いられている子どもたちにとって、大きな意味がある。

なぜ偶数月に支援するのか

つなぐBANKは、他にも心がけていることがある。それは、偶数月に食料支援するということ。

略して「児扶手(じふて)」とも言われる児童扶養手当は奇数月に支給される。偶数月になると、手当が減ってしまい、生活が苦しくなる。だから偶数月に支援している。

生活に困っている母親はスマホを持っている。なぜなら情報を入手したり、支援者とやり取りしたりするために、スマホは必需品だからだ。

諫早市など、公共交通機関が少ない地方都市では、車も必須の交通手段だ。チャイルドシートを3つも4つも乗せるとなると大きい車が必要になる。

だが、今は円安に加えてロシアによるウクライナ侵攻以降、ガソリン代や光熱費はじめ、さまざまな物価が高騰し、必要経費がかさんでいる。

つなぐBANKいさはや代表のうえのさんは、そのゆがみ(しわ寄せ)がひとり親世帯の食費や学費に来てしまっている、と話す。

日用品も提供している(NPO法人シームレス提供)
日用品も提供している(NPO法人シームレス提供)

NPOが企業や行政と連携しておこなうフードバンク

うえのさんが理事長を務めるNPO法人シームレスは、長崎県内に10ヶ所ある「つなぐBANK」(4)の諫早市担当としてフードバンク活動を続けている。フードバンクとは、余っている食べ物や日用品を集めて、ひとり親世帯など、支援が必要な人へ届ける活動、もしくはその活動をおこなう組織を指す。

プロスポーツ会場でもフードドライブを開催(NPO法人シームレス提供)
プロスポーツ会場でもフードドライブを開催(NPO法人シームレス提供)

長崎県内10ヶ所に広がった「つなぐBANK」のうち8ヶ所は、各地の社会福祉協議会(社協)が担当している。長崎市にある本部と諫早市だけは民間組織が支援事業を担っている。長崎市にある本部は一般社団法人ひとり親家庭福祉会ながさき(5)が担当し、諫早市はNPO法人シームレスが担当している。

長崎県内に10ヶ所あるつなぐBANK(うえのしんいちろうさんの資料を筆者撮影)
長崎県内に10ヶ所あるつなぐBANK(うえのしんいちろうさんの資料を筆者撮影)

長崎県内には、「つなぐBANK」以外にも食料支援団体がある。それらの団体は、不特定多数の人に食料を渡すことが多い。だが「つなぐBANK」は生活に困っている人に対象を絞って食料や日用品を渡している。地方行政と連携しているからこそできることだ。

長崎県諫早市では、食品ロスに関することは(ロスを集める)環境政策課が担当し、子育てのことは(ロスを配布する)子育て支援課が担当している。つなぐBANKいさはやは、各課双方とやりとりし、活動している。

長崎県諫早市役所でのフードドライブ(NPO法人シームレス提供)
長崎県諫早市役所でのフードドライブ(NPO法人シームレス提供)

「インフラ提供」企業ができる寄付は食品だけじゃない

つなぐBANKは、ナガサキロジスティクス株式会社(6)の冷蔵・冷凍倉庫やオフィスの提供を受けてフードバンクの活動を続けている。ナガサキロジスティクス株式会社は、NPO法人シームレスの会員でもあるからだ。シームレスの会員には企業経営者や個人事業主や教員や税理士や行政書士もいる。学生も賛助会員として活躍している。かつては受け取る側であったママたちもボランティアで参加している。

ナガサキロジスティクス株式会社の倉庫(NPO法人シームレス提供)
ナガサキロジスティクス株式会社の倉庫(NPO法人シームレス提供)

以前、大阪府堺市にあるフードバンク、ふーどばんくOSAKA(7)を訪問したときにも、倉庫のスペースの広さと冷蔵・冷凍設備が整っていることに感銘を受けたことがあった。ふーどばんくOSAKAは、大阪府食品流通センターの中に事務所がある。食品の寄付だけでなく、企業としてできることは、食品の保管場所を提供することや、冷蔵・冷凍設備を提供することや、トラック配送など、幅広くある。

ナガサキロジスティクス株式会社の代表取締役、阿部浩明氏は、前職時代に阪神淡路大震災を経験し、その後の災害復旧に関わった。そのような自身の経験のもと、2022年4月25日には長崎県諫早市と「災害時における物資の保管及び輸送に関する協定」を締結し(8)、物流企業としての支援活動を続けている。

また同社は長崎県で初めて冷凍設備に自然冷媒を導入し、倉庫の屋根には太陽光パネルを480枚搭載して太陽光発電をおこなうなど、環境面にも配慮している。

ナガサキロジスティクス株式会社のトラック(NPO法人シームレス提供)
ナガサキロジスティクス株式会社のトラック(NPO法人シームレス提供)

食品寄附に関する官民協議会開催

2024年5月9日、第1回食品寄附等に関する官民協議会が東京・霞が関の中央合同庁舎で開催された(9)。消費者庁が発表した資料(10)によれば、この協議会は、未利用食品等の提供(食品寄附)の促進のため、食品寄附に関するガイドラインを官民一体となって法的・技術的・経済的な課題や解決策を協議し、取りまとめる場とある。

食料支援というのは、ただ単に食品を渡すだけでは終わらない。経済的に困窮し、食料を必要とする人がなにを思い、どう考えているのかを知る必要がある。

つなぐBANKを運営するうえのさんたちの活動は、食品や日用品を渡すのにとどまらない。渡すことは手段であって真の目的ではない。配布の会場での対話や交流から、お困りごとの本質を探り、無料塾、養育費、保護者の就労など各種相談機関との連携、選ぶという経験など、さまざまな経験値をひとり親やこどもたちに提供している。

「やがては贈る側になってくれんかな」

つなぐBANKグループでは、食料や日用品や文房具の支援のほか、遠隔地の子どもたちに向けてオンラインによる学習支援もおこなっている。

長崎らしく、カステラの切り落としの寄付もある。

今、うえのさんが考えているのは、生産農家でやむなく廃棄されてしまっている規格外の野菜を、食料支援で活用できないかということ。

最近では、2つの高校で、高校生たちが自主的に文化祭の場を利用してフードドライブをおこなうようになった。中学校の教員からも「中学校でフードドライブやっていいですか」という声が届いている。高校生たちが他校の生徒や企業を巻き込んで、しかも学校施設を利用した子ども食堂も開催されている。

高校生たちも参加している仕分けボランティア(NPO法人シームレス提供)
高校生たちも参加している仕分けボランティア(NPO法人シームレス提供)

うえのさん曰く、フードドライブは、たくさんの食料を集めるのが目的ではない。中学生や高校生が、食品ロスや貧困など、このような社会課題に関心を持つことが一番なのだ。別に大量の食品が集まらなくてもいい。

みんなでやっている姿が美しい。(うえのさん)

2ヶ月に1回、偶数月に開催する定期配布会では、ひとり親たちが、子どもたちも一緒に連れてくる。たくさんの食料や日用品を受け取るので、自分一人では持ちきれないからだ。配布会当日は、スーパーのカゴ3杯分くらい受け取る。冷凍食品もあるので保冷バッグも持参する。

地域の大人たちや子どもたちが関わる連携の輪の中で、やがて大人になったとき、受け取る側から贈る側になってくれたらいいな(恩送り)という思いが、つなぐBANKいさはやを持続可能とするエンジンになっている。

謝辞

取材にあたって、取材先であるNPO法人シームレス(つなぐBANKいさはや)、つなぐBANK本部(一般社団法人ひとり親家庭福祉会ながさき)、ナガサキロジスティクス株式会社はもちろん、長崎大学情報データ科学部 神山剛准教授にもアポイントや日程調整や取材同行で大変お世話になりました。ありがとうございました。

参考資料

1)母子生活支援施設とは(全国母子生活支援施設協議会)

2)認定NPO法人おてらおやつクラブ

3)NPO法人シームレス

4)つなぐBANK本部

5)一般社団法人ひとり親家庭福祉会ながさき

6)ナガサキロジスティクス株式会社

7)認定NPO法人ふーどばんくOSAKA

8)諫早市と「災害時支援協定」を締結いたしました(ナガサキロジスティクス株式会社、2022/4/27)

9)第1回食品寄附等に関する官民協議会(2024年5月9日)

10)食品寄附等に関する官民協議会の設立について(消費者庁、2024/5/8)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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