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朝ドラ『おちょやん』美しい終幕と、「実録路線」の難しさ

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

「めでたし、めでたし」の終幕

NHK連続テレビ小説『おちょやん』が終了しました。

終盤、主人公の竹井千代(杉咲花)は、NHK大阪放送局が制作したラジオドラマ『お父さんはお人好し』で復活し、全国的な人気を得ます。

さらに、別れた夫である天海一平(成田凌)と共に道頓堀の舞台に立ち、親しい人たちからの熱い声援を受けました。

花も嵐も踏み越えて、ついに「今ある人生、それがすべてですな」の心境に至った千代。めでたし、めでたしという終幕です。

まずは、杉咲さんをはじめとするキャスト、そしてスタッフに拍手です。コロナ禍の中での制作、おつかれさまでした!

「実録路線」の難しさ

一方、ここまで見てきて、あらためて感じたのは、「実録路線」の難しさでした。

千代のモデルは、ご存知のように浪花千栄子です。

ラジオドラマ『お父さんはお人好し』も、タイトルもそのままの実在の作品で、昭和29年(1954)に始まり、10年も続いた人気番組でした。

千栄子は、このドラマのおかげもあって、「大阪のお母さん」と呼ばれるようになります。

しかし、主演はあくまでも「お父さん」である花菱アチャコで、千栄子は助演でした。

実録路線の難しさは、まさにモデルの存在にあります。

「なかったこと」を、あったかのように見せるのは抵抗が生じる。

逆に「あったこと」でも、遺族や関係者への配慮、また制作側の都合などで描かない場合が少なくありません。

たとえば、戦後の浪花千栄子は、溝口健二監督の『祇園囃子(ぎおんばやし)』や『山椒大夫』などで高い評価を得ています。

テレビドラマでは、『細うで繁盛記』(読売テレビ制作、日本テレビ系)もありました。

いや、それ以上に千栄子の顔と名を広めたのは、「オロナイン軟膏(なんこう)」のCMかもしれません。

しかし、『おちょやん』では、戦後の活躍として、NHKのラジオドラマだけが描かれて、終りました。

なぜ今、「浪花千栄子」だったのか?

思えば、制作側はなぜ今、「浪花千栄子がモデルの朝ドラ」を見せたかったのか。

結局、最後まで、よく分かりませんでした。

確かに、浪花千栄子は喜劇女優として只者ではありません。また、その半生は、笑いとはほど遠い壮絶なものでした。

酒と博打に明け暮れ、働かない父親。幼い頃から、まるで売り飛ばされるように何度も奉公に出されました。

やがて女優を目指すものの、「その他大勢」の時代が続きます。

ようやく舞台で生きられるようになり、座長の二代目渋谷天外と結婚しますが、夫の女性問題に悩み続けました。

しかも天外の道楽ぶりは、ドラマの「一平さん」の比ではありません。

結局、夫が愛人の女優との間に子供を持ったことで、20年の結婚生活に幕を下ろすことになります。

ラジオやテレビでの活躍は離婚してからのことですが、千栄子は元夫の渋谷天外による仕打ちを、決して許しませんでした。

天外が、自分には経済的な苦労をかけ続けたのに、不倫の末に再婚した女優と子どものために、大きな家を建てたことにも憤慨していました。

「ならば自分も立派な家を建てて見返してやろう」と決意し、実行します。

ましてや、ドラマにあったように、まるで天外と「和解」したような形で、同じ舞台に立つなど、あり得ません。

このドラマをきれいに終わらせるためには、道頓堀の舞台に2人が並ぶことが必要だったのでしょう。

けれど、千栄子の自伝『水のように』にも、ラジオドラマと並行して、天外と共演したという記述は出てこないのです。

その代りに、天外に向けた、こんな言葉を残しています。

「よく、ひっぱたいてくださいました。よく、だましてくださいました。よく、あほうにしてくださいました。ありがたく御礼を申しあげます」

さらに、

「二十年のあなたとの辛酸(しんさん)の体験に物言わせて、人間渋谷天外を、平伏(へいふく)さすようなりっぱな仕事を残したいものと、念願いたしています」

意地と根性は千栄子の支えと言っていい。

「実録路線」の宿命

そんな千栄子と千代が比べられるのも、「実録路線」の宿命かもしれません。

その意味で、千栄子にあって千代に欠けていたのは、人間としての「凄(すご)み」と、女優としての「艶(つや)」でした。

もっと言えば、千栄子の持つ「業(ごう)」のようなものが、ドラマの千代には希薄だった。

千栄子との重なり過ぎを怖れず、きちんと描くべき「葛藤」と、それを伝える「物語」が、やや不足していたのです。

そのため、どこか隔靴掻痒(かっかそうよう)のキレイゴトに見えてしまう部分がありました。

もう一点は、「主演女優」である杉咲花さんのことです。

その高い集中力による演技は見事なものでした。

しかし残念なことに、その愛らしい童顔と相まって、千代が何歳になろうと、それなりの「老けメイク」をしようと、生真面目な「女子高生」に見えてしまう。

もちろん、これはキャスティングした制作側の問題であって、杉咲さん本人に非はありません。その健闘は讃えられるべきものです。

ドラマ全体も健闘してはいたのですが、「なぜ今、浪花千栄子だったのか」という疑問は残ってしまいました。

「架空路線」のヒロイン『おかえりモネ』

5月17日(月)からは、新たな朝ドラ『おかえりモネ』が始まります。

こちらは、実録路線ではなく、架空の現代女性が主人公です。

ヒロインの架空路線には、『あまちゃん』(13年)のような異色の傑作もあれば、『まれ』(15年)などのように迷走した作品もあります。

気仙沼生まれで、気象予報士を目指すという永浦百音(清原佳那)。果たして、どんな物語を届けてくれるのか、楽しみです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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