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再放送希望!「向田邦子賞」を受賞した、ドラマ『グレースの履歴』の魅力とは?

碓井広義メディア文化評論家
『グレースの履歴』滝藤賢一さんと尾野真千子さん(番組サイトより)

優れた脚本を手掛けた作家に贈られる、「向田邦子賞」。

主催は東京ニュース通信社などで、前年度に放送されたテレビドラマの脚本を対象に選考されています。

先月23日、第42回「向田邦子賞」が発表されました。受賞したのは、源孝志(みなもと たかし)さんです。

作品は、2023年3月19日~5月7日放送の『グレースの履歴』(NHK BSプレミアム、全8話)でした。

「大人のドラマ」の秀作

主人公は製薬会社の研究員、蓮見希久夫(滝藤賢一)です。

子どもの頃に両親が離婚し、唯一の肉親だった父も他界。家族はアンティーク家具のバイヤーである妻、美奈子(尾野真千子)だけでした。

仕事を辞めることを決意した美奈子は、区切りの欧州旅行に出かけます。ところが、旅先で不慮の事故に遭い、急死してしまう。

希久夫は現れた弁護士から、実は美奈子が命にかかわる病気の治療を続けていたことを告げられます。

呆然とする希久夫に遺されたのは、美奈子が「グレース」と呼んでいた愛車、ホンダS800でした。

希久夫がグレースのカーナビに触れると、履歴に複数の見知らぬ場所が表示されます。

日付によれば、美奈子が走ったのは欧州に旅立つ前の一週間。彼女は希久夫に出発日をずらして伝えていたことになります。

一体、誰に会いに行ったのか。疑ったのは、愛人なのか恋人なのか、男性の存在でした。

希久夫は、何かに突き動かされるように、履歴に記された街に向かってグレースを走らせます。

藤沢、松本、近江八幡、尾道、そして松山。待っていたのは希久夫自身の過去であり、美奈子の切実な思いでした。

このドラマ、今は亡き愛する人が仕掛けた謎を追う、いわば「ロードムービー」です。

古いクルマでの移動だからこそ味わえる、美しい日本の風景。

歴史のある街に暮らす、かけがえのない人たち。

画面の中には、ゆったりとした時間が流れています。

受賞記念の一挙再放送を!

また、このドラマ全体が「再生の旅」でもあります。

そこには人生の苦みや痛みもあるのですが、まさに再び生きるための旅であり、「出会いの旅」なのです。

しかも、主人公だけの「再生の物語」ではありませんでした。

それを深みのある映像と、絞り込んだセリフで構成することによって成立させています。

滝藤賢一さん、尾野真千子さんの静かな演技が印象に残ります。まさに、「大人のドラマ」でした。

誰かを大切に思うこと。誰かと共に生きること。その意味を深く考えさせてくれる1本でした。

原作・脚本・演出は、いずれも源孝志さん。

本作同様、脚本・演出を手掛けた作品に、新感覚チャンバラドラマ『スローな武士にしてくれ~京都 撮影所ラプソディー~』(NHK・BSプレミアム、2019年)などがあります。

極上のエンタメとしての〝源ドラマ〟は、それ自体が一つのジャンルと言っていいでしょう。

向田邦子賞の受賞記念として、『グレースの履歴』の一挙再放送を熱望しつつ、源さんの新作を待ちたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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