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逸ノ城、今年3人目の幕尻優勝なるか? 十両陥落、30kg減量から這い上がった「怪物」の今

飯塚さきスポーツライター/相撲ライター
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

序盤戦終了で混戦必至

序盤戦が終わった秋場所。五日目は、朝乃山・貴景勝両大関が圧巻の強さを見せ、土俵を締めてくれた。さらに、関脇・正代と御嶽海も、危なげない相撲で勝利。同じく関脇の大栄翔だけは、得意の突き押しがリーチの長い照ノ富士に通用せず、黒星を喫してしまったが、おおむね上位陣安泰の一日だったといってよいだろう。

五日目を終えて、全勝は9枚目の阿武咲ただ一人。13連敗した先場所とは打って変わって、思い切りよく自分の相撲が取り切れている印象だ。1敗で追う力士は、貴景勝・正代を含め7人。そのうちの一人、今場所から実に4場所ぶりに幕内に戻ってきた、逸ノ城について紹介しよう。

遊牧民に住所はない!

湊部屋所属の逸ノ城は、モンゴルのアルハンガイという場所で生まれた27歳。都会である首都・ウランバートルとは違い、いわゆる我々がモンゴルに抱くイメージそのものである、雄大な自然に囲まれ、遊牧民の家庭で生まれ育った。

筆者が彼を取材したのは、ちょうど1年前のこと。興味深い遊牧民の生活について、いろいろと教えてもらった。

彼らは馬や羊などの動物たちと暮らしており、伝統的な移動式の住居「ゲル」で生活しながら、季節によって場所を移動する。

「夏は気候がいいから平地にいますが、冬になると、寒くて動物も死んじゃうので、山の上に移動します。それに、3か月も同じところにいると、動物の餌である草がなくなってしまうんです。そうやって、年に4回移動していきます」

そうなってくると、気になるのは「帰省するとき大丈夫なのか」「そもそも住所はあるのか」といったところ。素朴な疑問を聞いてみた。

「住所はないです。だいたいのエリアがわかっているだけ。本当に、いまの時期ならあの山を越えて右のほうにいるなぁとか(笑)。だから、自分はわかりますけど、外の人が訪ねていくのは無理だと思いますね」

非常に興味深いエピソードであるが、それが普通だった彼はむしろ、日本に来て初めてタクシーに乗ったとき、「100m先を左折」など、道案内が細かいことにとても驚いたそうだ。

冷静な寄りで幕尻優勝を狙え!

広大な草原と高い山々に囲まれ、のびのびと育ったからだろうか、逸ノ城関はとても温厚で、優しい心の持ち主である。相撲では「もっと闘志があれば」といわれることもあるが、こんなにも優しい逸ノ城関だからこそ、彼なりの戦い方があるのだ。

気迫で相手を圧倒するのではない。その恵まれた大きな体と圧力を生かし、相手を捕まえて着実に土俵の外へもっていく。その体の運びは常に冷静だ。

昨日は、同じく体の大きい魁聖との一戦。立ち合いから当たって両者左上手。しかし、素早く右に出し投げを打つと、魁聖の上手は一瞬で切れてしまう。逸ノ城はその後、左上手をがっちりとつかんだまま、引き付けながら寄って寄り切り。力に加え、技が光る一番だった。

一時は腰のケガで十両に陥落し、30kg減量するなど、苦労もあった逸ノ城。ひとつ壁を乗り越えて、今場所に臨んでいる。徳勝龍・照ノ富士が賜杯を勝ち取った「幕尻」の位置で、同じ栄誉を手にできるか。今日の中盤戦からも、彼の活躍を期待している。

スポーツライター/相撲ライター

1989(平成元)年生まれ、さいたま市出身。早稲田大学国際教養学部卒業。ベースボール・マガジン社に勤務後、2018年に独立。フリーのスポーツライター・相撲ライターとして『相撲』(同社)、『Number Web』(文藝春秋)などで執筆中。2019年ラグビーワールドカップでは、アメリカ代表チーム通訳として1カ月間帯同した。著書に『日本で力士になるということ 外国出身力士の魂』、構成・インタビューを担当した横綱・照ノ富士の著書『奈落の底から見上げた明日』。

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