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タバコ会社「JT」とはいったい何か〜その手段と影響〜

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真:筆者撮影

 日本のタバコ問題をつきつめれば、日本たばこ産業(以下、JT)にいきつく。日本政府(財務大臣)はJT株を33.35%保持し、たばこ事業法によりJTは独占的にタバコ販売に携わることができるからだ。

JTという不思議な会社

 タバコの専売制は、明治期にまだ徴税システムが不完全だったころ、当時のタバコ税の脱税を防ぐ目的で導入された。だが、第二次世界大戦後、数十年が経って徴税当局の制度が完備され、専売制が存在する意味は薄くなる。

 1980年代に国鉄民営化の議論を背景にした三公社の民営化が進められ、臨時行政調査会(臨調)や財界からの要請、貿易摩擦などの要因もあり、専売公社は1985年に民営化され、JTとなった。だが、いわゆるJT法(日本たばこ産業株式会社法)により、日本政府はJT発行の株式総数の1/3を超える株式を保有しなければならない。

 JTの本社ビルは東京の虎ノ門にある。地上169.7メートル、35階建て(地下3階)の威容を誇り、霞ヶ関周辺を睥睨する。JTの資本金は1000億円、従業員は4万4667人(連結、単体7298人、2016年末現在)だ。

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周囲を睥睨するように屹立するJTビル。財務省を含む霞ヶ関も眼下だ。世界第3位のタバコ会社でもある。写真:撮影筆者

 タバコ事業以外に医薬・食品・イベントなどにも手を伸ばしているが、タバコの売上げは90%以上ある。2016年度のアニュアルレポートによれば、営業利益はそれぞれ全体5933億円、海外タバコ3018億円、国内タバコ2441億円、医薬97億円、食品50億円、その他327億円となっており、海外と国内のタバコの営業利益を合わせた5459億円の全体に占める割合は約92%だ。

 これほどの企業だが、とても自由主義、資本主義とはいえない法律がJTを縛る。JT法の存在だ。この法律により、JTは財務大臣の認可なくタバコ事業以外の事業を営むことはできず(第5条の2)、取締役や執行役、監査役の選任や解任(第7条)、定款の変更(第8条)、年度ごとの事業計画(第9条)など、ことごとく財務大臣の認可が必要となっている。

 ほかの旧三公社は国鉄が完全分割民営化し、電電公社は東西NTT(持ち株会社化、分社化、政府保有株約30%)へとほぼ民営化したのに比べ、JTは依然として半官半民の中途半端な組織(特殊会社)のままだ。日本には「原発ムラ」のような利権集団が多いが、タバコ利権においてJT(財)は、財務省(官)と旧大蔵省財務省OB議員などのタバコ族議員(政)、そして研究助成を受ける研究者ら(学)を結びつける役割を担っている。

タバコ会社の欺瞞

 タバコ会社による政治や行政へのロビー活動は、JTに限らず米国や英国など各国で活発に行われてきた。だが、米国では1970年代後半からタバコ会社に対する訴訟が頻発するようになり、各州行政府や司法当局もタバコ会社に厳しい視線を注ぐようになる。

 米国の司法制度では、裁判所の強い権限で企業組織や個人などの被告に情報開示を命じることができる。やがて、裁判の過程でタバコ会社の内部文書が公開された。

 その結果、タバコ会社がいかに欺瞞的で、消費者に嘘をつき続け、情報を隠蔽しながらロビー活動で政治家を籠絡し、広告出稿でマスメディアを懐柔し、喫煙者にタバコを吸わせ、喫煙者をより多く生み出してきたかわかった。タバコ会社は、喫煙者や市民の健康のことなど微塵も考慮してこなかったという真実が、白日の下にさらけ出されたというわけだ。

 米国ではこうしてタバコ会社が信用できない嘘つき組織という意識が広まったが、日本ではどうだろう。テレビCMなどJTのPR活動の影響もあるだろう。タバコや喫煙習慣、受動喫煙などについて、日本人はわりに寛容にさせられているのかもしれない。

JTと喫煙科学研究財団の関係とは

 喫煙科学研究財団については筆者も記事(※1)を書いているが、学術雑誌『喫煙科学』を出版するとともに研究者へ助成金を出し、タバコ関連の研究活動を支援する組織だ。

 タバコを吸い、あるいは受動喫煙にさらされることで病気になるという因果関係については、すでに多くの疫学研究が出され、生理学的な実験研究によってもタバコ煙の健康への悪影響が明らかになっている。だが、タバコと喫煙が命と健康を脅かすというエビデンスを否定し続けてきたのがタバコ会社であり、その主張に寄り添うような専門家や研究者を囲い込み、養成することが非常に重要となる。

 喫煙科学研究財団による研究者への助成金は、平均すると1件あたり250万円前後だ。研究室にとっては非常勤の助手や秘書を一人雇えるといったように、けっして少なくない研究支援となる。資金提供を受けた研究者は、行政的施策を含む事象に対して積極的消極的を問わず、その資金提供者の立場を斟酌するなど影響される傾向があるのは確かだ。

 JTは喫煙科学研究財団を使い、研究者を資金的な支援で籠絡し、喫煙と健康などについての意見表明にバイアスをかけようとしてきたのだろうか。

 JTの企業活動について先日、日本人研究者が英国の医学雑誌「BMJ」の「Tobacco Control」オンライン版に1つの論文(※2)を発表した。総合研究大学院大学の飯田香穂里准教授、米国スタンフォード大学で科学史を研究するロバート・プロクター(Robert N. Proctor)教授によるものだ。今回の論文では、JTとその外郭団体である喫煙科学研究財団との関係を内部文書から探っている。

 論文では、喫煙科学研究財団が設立された経緯を含め、タバコ訴訟における司法判断、外国タバコ会社(フィリップ・モリス・インターナショナル)の介在、政府行政内部の審議会などへの人事的容喙、タバコに関する科学的知見への無視できない関与などについて分析している。

 そして、喫煙科学研究財団がけっしてJTと無関係な組織ではなく、タバコに寛容な意見を述べる専門家を養成してタバコ政策へ影響力を行使するために作られ、タバコ問題の議論を混乱させ、不必要に長引かせ、タバコ産業の延命を図るためのものであることを明らかにした。

進まないタバコ産業の分析

 JTと喫煙科学研究財団、またタバコ産業と政治、司法などの関係について、筆者の飯田香穂里准教授にメールで質問し、回答を得た。論文では裁判など司法関係についてタバコ訴訟に詳しい東京都議の岡本こうき弁護士から情報を提供されている。まず、タバコ規制と論文について飯田准教授に聞き、後半で岡本弁護士のコメントも紹介する。

──我が国でタバコ規制を進めるためには、JTを完全に民営化させる方法、そして逆に民営化せずタバコ規制当局を財務省から厚生労働省へ移管したほうが効果的という意見があるが。

飯田「タバコ『規制』の当局は今でも厚生労働省にあるといえるのではないでしょうか。税収を得たい財務省と公衆衛生を向上させたい厚生労働省の対立構造は、ほかの国でもみられ、税収という側面は『セカンド・アディクション』(第2の依存、第1はニコチン依存※筆者註)ともいわれています。一方、単なる『民営化』でタバコ規制が進むかどうかといえば、過去を振り返る限り、必ずしもそうなっていないと思います。実際、日本でも民営化して市場開放した途端、激しい競争にさらされ、タバコの消費量が増加しました」

──喫煙科学研究財団に『喫煙科学』という雑誌があるが、これによる影響をどう考えるか。また、財団の研究助成を受けている国内の研究者は、財団が財務省やJTと深く関わっていることを知らないのか、知っているけれど知らない振りをしているのか。

飯田「中立・独立をうたった『第三者機関』(喫煙科学研究財団※筆者註)を介した助成であることの影響は大きいと考えられます。また、助成金(財源)についての意識は研究者によって様々です。特にタバコ産業関係の資金を受け取るべきではないと一般に言われ始めたのは、割と最近のことではないでしょうか(特に日本では)。タバコ資金で行われた研究の論文投稿や学会発表を禁ずる学会が現れてきたのも数年前のことです」

──米国と日本の司法制度の違いはタバコ政策に対して何か影響を与えているのか。

飯田「日本の裁判所には、企業の内部文書の開示を求める力がアメリカと比べほとんどありません。そのため、日本のタバコ裁判や産業の分析は進んでいない状況にあります」

──タバコ会社同士は本来なら競合関係にあるはずだが、タバコ規制に関しては国際的に団結し協力し合っているようだ。最近の加熱式タバコに対する企業戦略では、こうした関係に何か影響が出てくるか。

飯田「企業間は常に競合関係にありましたが、健康影響についての立場を統一しなければ、産業全体の弱点になってしまいます。これは加熱式タバコなどに商品が形を変えても同じであると思います」

日本の司法は弱者を守るか

 次に東京都で「子どもを受動喫煙から守る条例」の制定で中心的に動いた岡本こうき弁護士への質問と回答を紹介する。岡本弁護士は『絶望の裁判所』(瀬木比呂志・著)をひきつつ、コメントを寄せた。

──本論文では、2012年に敗訴確定の「タバコ病をなくす横浜裁判」のように、JTの責任回避を認める司法判断について述べているが、こうした判決が出る背景にはなにがあるか。

岡本「『絶望の裁判所』に『裁判所が権力や大企業等の社会的な強者から市民を守るという正義については、きわめて不十分にしか実現されていない』(6頁,164頁)と書かれているようなことがあるのではないかと考えます」

──JTやタバコ産業の欺まん性を社会的に広く認知させるためには、司法の場でどのような手段が可能か。

岡本「タバコの製造業者、特にJTに対し、受動喫煙被害を理由とする製造物責任が認められるべきと考えています」

 ここまでは論文に関するコメントを紹介した。以下は筆者の意見となる。

 前出の『絶望の裁判所』は、裁判官だった著者による日本の司法システムについて批判した著作だ。日本国憲法第76条には「すべての裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法及び法律にのみ拘束される」とある。

 だが、『絶望の裁判所』によれば、日本の多くの裁判官は、官僚的ヒエラルキーに縛られ、精神的な奴隷状態にあり、人事や評価などにばかり敏感で市井の市民や弱者に対して血の通った人間として扱わない傾向があるようだ。

 日本の司法は個人や弱者の正義を実現せず、公共や大組織、国家の利益を重視する傾向にある。小さな正義も大きな正義も実現できない司法になど、いったいどんな存在意義があるだろうか。三権分立は民主主義社会の基礎だが、憲法裁判所のない日本の司法は正義実現の最後のよりどころになり得ていない。岡本弁護士によれば、現在、日本でJTなどタバコ産業を相手取った進行中のタバコ訴訟はないという(事業者が受動喫煙防止対策を怠ったなどの訴訟はある)。

 タバコ、特に紙巻きタバコは、大量生産大量消費という20世紀型の産業構造の中では象徴的な商品だったといえる。だが、21世紀に入って多様化の時代が到来して市民社会が成熟し、健康志向や自然環境保全への意識が高まった結果、喫煙はすでに旧態依然とした習慣となった。

 その意味でタバコ会社はとっくに「死に体」なのだが、JTのタバコ事業で海外の営業利益のほうが国内よりも多くなっているように、世界のタバコ企業は自国内から発展途上国の市場へ目を向けるようになる。一方、発展途上国でも急激に健康志向が高まることも予想されることから、加熱式タバコという新たな商品を投入し、消費者や行政当局の議論を混乱させ、延命を図ろうとしているというわけだ。

 いずれにせよ、営利組織であるJTを含むタバコ会社が、消費者や市民の健康のことを考慮して企業活動する可能性はない。やはり、加熱式タバコを含むタバコ製品という「毒物」が、20歳以上なら誰でも公然と買うことのできる構造自体がかなりおかしいといわざるを得ない。

※1:「『タバコ利権』はあるのか」2017/04/18、Yahoo!ニュース個人

※2-1:Kaori Iida, Robert N. Proctor, "‘The industry must be inconspicuous’: Japan Tobacco’s corruption of science and health policy via the Smoking Research Foundation." Tobacco Control, doi:10.1136/tobaccocontrol-2017-053971,2018/02/04

※2-2:飯田論文は英語論文中のMethods項内にある「Spplementary Meterial」から、また日本禁煙学会のHPからも日本語版がダウンロード可(PDF)

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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