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「狙われる児童」と「狙われない児童」はどこが違う? 犯人が語る「子どもを犯罪から守る3つのポイント」

小宮信夫立正大学教授(犯罪学)/社会学博士
(写真:写真AC)

「狙われる児童」と「狙われない児童」では雲泥の差がある。「狙われない児童」を目指すため、犯人が語った手口を参考にして、その方法を考える。

精神論のオンパレード

子どもの防犯でよく言われる「走って逃げろ」「大声で叫べ」「いかのおすし」は、すでに狙われた後の話だ。これらは、危機が起こった後(有事)の「クライシス・マネジメント」である。これに対し、危機が起こる前(平時)の取り組みは「リスク・マネジメント」と呼ばれる。

「狙われないためにどうするか」というリスク・マネジメントに比べ、「狙われたらどうするか」というクライシス・マネジメントでは、子どもが助かる可能性は低い。

ニューヨーク大学のルドゥー教授によると、「恐怖は思考よりも早く条件反射的に起こる」という。つまり、恐怖を感じてしまったら、対処の方法をあらかじめ知っていても、頭が真っ白になり、体が硬直してしまうのだ。その結果、うまく対処できないで終わってしまう。

実際、千葉県松戸市の路上で下校途中の女児が刃物で切りつけられた事件でも、前から歩いてきた男が刃物を持っていたので逃げようとしたが、転んだので刺されてしまった。体が固まって足がもつれてしまったのだろう。やはり、いったん狙われてしまったら、思っていたようにはいかないのだ。

防犯標語「いかのおすし」は、役に立つだろうか。

筆者はこれまで500校以上の小学校で、子どもたちに防犯の授業をしてきた。そこで分かったことは、ほとんどの児童は「いかのおすし」を知っているが、その内容をスラスラ言える子どもは皆無に近いということだ。

確かに、大人でも「いかのおすし」の中身をスラスラ言うのは難しい。

要するに、「いかのおすし」には、教育効果や防犯効果は期待できないのだ。「いかのおすし」は、大人の自己満足、つまり「やってる感」を出すだけ、と言われても仕方がない。

そもそも、「いかのおすし」は、犯罪学の知見から導き出されたものではない。

標語の作成に携わった警察官に聞いたところによると、警視庁の「いかのおすし」は、神奈川県警の「おすし」の原則を模倣したもので、神奈川県警の「おすし」の原則は、消防庁の「おかし」の原則を模倣したものだ(「おかし」は「いかのおすし」の20年先輩)。

やはり、元々、大人の「言葉遊び」の域を出ていなかったのだ。

これだけ感情論・根性論に染まった防犯教育がまかり通っているのは、日本ぐらいではないだろうか。しかしこれでは、研究熱心な犯罪者には太刀打ちできない。

「黄色い帽子」の犯罪誘発性

では、狙われないためにはどうすべきか。これを知るためには、逆に、どういう子どもが狙われるかを知ることが有効だ。

群馬県高崎市で小学1年生を殺害した犯人は、弁護人にあてた手紙で、「黄色い帽子が目印になる」と指摘している。

同じように、三重県で30件の連れ去り事件を起こした犯人も、新聞記者と交わした手紙に、「黄色い帽子をかぶっているから目隠しには十分」と書いている。

「黄色い帽子」は1年生のシンボルだが、それが犯罪者を引き寄せているとは悲しすぎる。

子どもの連れ去り事件の8割が、だまされて自分からついていったケースであることを考えるなら(警察庁調査)、「最もだまされやすい1年生」という情報を犯罪者に教えるのは、犯罪機会を与えることになる。

したがって、交通安全を願って「黄色い帽子」をかぶらせるなら、それでも狙われずに済む方法を考えた方がいい。

前述した2人の犯罪者は、「1人で歩いている状況」を狙うとか、1年生を狙うのは「下校が早くて1人になりやすいから」というように、子どもが1人のときに狙うと言っている。1人のときの方が、複数でいるときよりもだましやすい、と犯罪者は思っているのだ。

草食動物はなぜ絶滅しない?

「1人でいると危ない」を教えるのに、もってこいの素材が草食動物のリスク・マネジメントだ。

弱肉強食の法則が支配するアフリカの大草原サバンナでは日々、肉食動物による草食動物の狩りが行われている。

犯罪もよく「狩り」に例えられる。犯罪者がハンター(狩人)で、被害者が獲物というわけだ。

愛知県では、「子ども狩り」と称して、小学生だけを狙って犯行を重ねていたグループもあった。

ハンターは獲物のいそうな場所へ狩りに行く。草食動物が集まる水場は、肉食動物にとっては格好の狩り場だ。ライオンが、ネコ科で唯一、群れで生活するのも、獲物が豊富な河川合流点を縄張りとして守るためだという。

とすれば、犯罪者も獲物のいそうな場所に現れるはずだ。そうなると、人通りのない場所よりも、人通りのある場所の方が危ないことになる。

実際、4人の子どもを誘拐・殺害した宮﨑勤も、学校周辺や団地、つまり人通りのある場所に出没していた。「そこには獲物がいる」と考えていたのだろう。

南アフリカのリスク・マネジメント専門家クレイワーゲンは、著書『ジャングルのリスク・マネジメント――アフリカの草原から学ぶ教訓』で、すべての草食動物のサバイバル術に共通する要素として「早期警戒」を挙げている。早期警戒が、近づいてくる肉食動物の早期発見につながるからだ。

草食動物たちは、早期警戒に適した特徴を備えている。その特徴を生かした警戒態勢を敷き、警戒を怠らない。

例えば、キリンの目は顔の側面についているので、広い範囲を見ることができる。休息するときは、それぞれのキリンが異なる方向を向くようにするという。

シマウマは一層ユニークな特徴を備えている。

シマウマのしま模様は、その天敵を混乱させることができる。夜行性のライオンやハイエナは、白黒映像(明暗差)で物を見ている。そのため、シマウマが群れれば、個々のしま模様が複雑につながり、一頭一頭の輪郭がはっきりしなくなる。まるで、だまし絵のような群れである。

集まることで自分の存在を消し、ターゲットを定めにくくしているわけだ。

シマウマのチームワーク(クルーガー国立公園) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)
シマウマのチームワーク(クルーガー国立公園) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

しかし逆に言えば、群れから離れたシマウマは、かなり目立つことになる。孤立したシマウマは格好のターゲットだ。

群れからはぐれないようにするには、互いの姿が見つけやすい方がいい。白黒の鮮やかなコントラストは、それにも役立つ。まるで、歩く看板のようだ。

シマウマが群れれば、もちろん敵の早期発見も容易になる。サバンナの弱者にとって、チームワークと早期警戒が、生き残り戦略の両輪なのだ。

サバンナの弱者にとってのサバイバル術は、社会の弱者である「子ども」にも、そのまま当てはまる。「1人にならず、早期警戒に努める」を、子どもたちにもしっかりと伝えたい。

科学としての犯罪機会論

それでも、どうしても1人になってしまう場合、どうすれば狙われずに済むか。

まずは、「入りやすく見えにくい場所」を避けること。なぜなら、「犯罪機会論」の長年の研究の結果、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることがすでに分かっているからだ。

前出の連続誘拐犯も、「街が密室になる状況」を狙うと記している。「密室」とは、言うまでもなく「見えにくい場所」のことだ。

もっとも、すべての「入りやすく見えにくい場所」を避けることは難しい。その場合は、周囲に十分注意し(早期警戒)、近づいてくる人に頼まれたり、誘われたりしても、断ることだ。たとえ近づいてきた人が知っている人でも断っていい。ただし、逆上させないために丁寧に断ることが肝心。

その代わり、「入りにくく見えやすい場所」では、知らない人とも、大いにコミュニケーションをとろう。コミュニケーション能力は、子どもの健全な成長にとってプラスになるだけでなく、防犯の武器にもなる。

女児殺害事件を起こした犯罪者も、裁判所に提出した手記で、「子どもにしっかりあいさつされると、迷いや恐れが生まれる」と書いている。

「入りやすく見えにくい場所」と「入りにくく見えやすい場所」を見分ける能力を高めるには、VR(バーチャルリアリティ)が有効だ。

神奈川県藤沢市が制作した防犯体験学習VRは、360度の動画なので、前後左右上下を見ることができる。先端技術を用いたシミュレーションで、「入りやすく見えにくい場所」を疑似体験してみてはどうだろう。

子どもの安全における非科学的な発想は、時に安直な精神論を容認する土壌になる。そして、そうした固定観念から、妄想と善意によって正当化された「偽りの言説」が生まれてくる。

何をするにしても、「実践なき理論は無力であり、理論なき実践は暴力である」ことを肝に銘じておかなければならない。

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士

日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

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