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子育てと仕事の両立に苦しむ“小1の壁”〜暑すぎた夏休みの悲鳴を振り返る~

平岩国泰新渡戸文化学園理事長/放課後NPOアフタースクール代表理事
(ペイレスイメージズ/アフロ)

8月が間もなく終わります。今頃夏休みの宿題を追い込んでいる子もいるでしょう。また、一部の学校では夏休みが既に明けています。今年は関東地方では観測史上最速の梅雨明けだったこともあり、非常に長く感じる夏になりました。

小学生になった子どもの子育てと仕事の両立に苦しむ「小1の壁」は夏は特に高く立ちはだかります。今年は気候の影響もあり、例年より大きな悲鳴が聞こえてきました。

〇ワーキングマザーの悲鳴

「夏休みのお盆期間中のある日、小学1年生の長男が「行ってきます」と学童に行きました。30分ほどして自分も仕事に出る時間になり、外に出ると誰かが家の壁にもたれて立っていました、よくみると長男…。お盆でいつも来る友達が学童に来ないので、行くのが嫌だったみたいです。普段の学校と違って、自分ひとりだけ行くような気持ちになって落ち込んでしまったようです。翌日からは学童まで一緒に行くようにしました。周りの家庭は民間学童などを組み合わせる準備をしていて、自分は準備不足だったと感じました。子どもが小学校に上がるタイミングでの移行がうまくいかない、まさに“小1の壁”にぶつかりました。」

「とにかくスケジュールとにらめっこする毎日でした。子どもが1日をずっと同じ場所で過ごすには時間が長すぎるので、午前中は家にいて、午後は児童館や図書館などに行かせたかったのですが子どもだけで移動するには難しく、自分も送迎はできません。「送迎が、送迎が、、」と何度も考えました。ある日朝から児童館に行ったら、昼間は学童の子のお昼寝の時間になり、その間は児童館から出なければいけなくなり、灼熱の昼間に1人で外に出てしまって「ママ~」と涙ながらに電話がかかってきました。」

「今年は暑さが理由で夏休みの学校プールが全て中止になりました。プールに行くと、そこで友達を見つけてその後も遊べるのですが、全く予定が立ちませんでした。友達と遊べないと子どもがイライラし始めます。学童にも行ったのですが、1日3回DVDを見るようなスケジュールで行きたがらなくなりました。結局、家で一人でゲーム三昧になってしまい、SNSなどで他の家庭の充実した夏の様子を見てしまうと自分もモヤモヤした気持ちが、、、今年の夏は働いていることに罪悪感とむなしさを強く感じてしまいました。」

〇学童運営者の悲鳴

夏休みの学童保育ではお弁当が必要になるところが多々あります。保育園の時代にはなかったお弁当作り、またこの暑さでは衛生面も非常に気になります。奈良市では保護者の強い要望を受けて、夏休み全期間中の学童でのお弁当提供を始めました。かねてからニーズの強い「夏休みの学童での昼食提供」ですが、アレルギー問題への配慮などが気になり、導入に二の足を踏む自治体がまだほとんどです。

学童運営スタッフからは以下のような声がありました。

「すごい暑いんですがヒヤヒヤする毎日でした。熱中症計と毎日にらめっこし、32度を超えるとグラウンドでの外遊びは禁止。また計画していた外出系のイベントはほとんど中止になりました。とにかく屋内で過ごさないといけないので、普段は使わない廊下なども使って過ごすことにしました。」

「熱中症対策とこまめな水分補給に追われた夏でした。子どもの中には寝不足の子や朝食を食べていない子などもいるので、何しろ暑さ対策に細心の注意を払ってあげないといけません。外遊びができると色々と発散されるのですが、室内だけで過ごすと子どものストレスもたまるので、例年以上にけんかなどのトラブルも多かったように思います。」

〇学校側にも緊急の追加対応が迫られる

学校では、7月17日に愛知県豊田市で小学1年生男児が熱中症で亡くなってしまう大変痛ましい事件が起きました。公立小中学校の冷房設置率は約40%、体育館の冷房設置率は1%程度と厳しい状況です。夏休みに入るまでは各学校でも厳重注意の状態で運営が続いておりました。また夏休みには修学旅行などもありますが、そこでも緊急の現地事前視察やテントの持ち込みが指示されるなど、当初予定になかった追加対応を迫られることが多々ありました。

また学校では、部活における対策も課題になります。新潟県加茂市では市内の中学校で夏休みを含む長期休暇中の部活動を原則休止することを発表しましたが、まだこのような自治体は稀です。学校の暑さ対策も非常に厳しいものがありました。

このように、今年は特に各地から大きな悲鳴の聞こえる夏休みとなりました。そしてそれらを背景に、文部科学省からは8月7日に都道府県の教育委員会に対し、夏休みの延長を検討するよう求める通知が出されました。本当に、夏休みは延びるのでしょうか?

〇夏休みは延びるのか?

この問題に対して、私の周囲の保護者は「やめて!」という反応です。このような声がありました。

「ただでさえ仕事との両立が大変な夏休み、スケジュールを何度も何度も見直してやっとやり過ごしています。これ以上伸びるのは困る、もっと短くしてほしいくらい」

「小1の子どもを持って初めて夏休みが恨めしく思いました、”夏休みなんてなくてもいい”という親もいます」

「保育園の時代は子どもが保育園で1日過ごせるけど、小学生は夏休みの過ごし方の調整が本当に大変。でも職場では逆に「小学生だからもう安心ね」という空気です。周囲に理解されずにかなり辛かったです。」

学童運営者も夏休みは朝から長時間開室することになり、スタッフの疲労も大きいので、「これ以上長くなるのは勘弁してほしい」という意見が多いです。

小中学校も「今後、学習指導要領の改訂などが控えており、教える内容もますます増える。今でも授業数の確保に苦心しているので、これ以上休みが増えるとかなり苦しい」という声があります。一方で、「あの暑さでグラウンドに出られない、体育館も使えない、となると体育ができない。7月のプール授業もほとんど中止になった。1学期の終業式も体育館で行えずに教室で放送形式で行う異例の対応だった。色々と今まで通りにいかないことだらけだったので、夏休みを見直すことに一考の余地もある」という意見もありました。

全体的には夏休みの延長に賛成する声は少ないようです。そして延長するかにかかわらず、考えておくべき大切なことがあります。

〇もはや「異常気象」ではない

今年の暑さや突然の豪雨などに対して、気象庁は「異常気象の連鎖」との見解を出しました。しかし私はもはや「異常気象」とばかり捉えていてはいけないと思っております。この暑さはここ最近毎年のことですし、年々加速しているように感じます。ゲリラ豪雨も台風も来ない年はないですし、特に学校や学童運営者はこの状態をデフォルトと考えて活動を計画し直しておく必要があると考えています。

〇迫られる夏の対応

このような夏への対応として、それぞれどんな対応が求められてくるのでしょうか。

<保護者>

保護者は夏休みのことを早めに計画しておく必要があります。旅行の予定などを立てているご家族は多いかと思いますが、それ以外の日にも目を向けて、特に平日にどのように過ごすかを考えておく必要がありそうです。また各家庭だけで完結するにはあまりに大変なので、ぜひ複数家族で助け合う体制を夏の前に整えておけるとベストです。

<学童運営者>

夏の学童保育は長期間になります。今までも夏は普段にはない活動やキャンプなどが計画されてきましたが、特に屋外活動の計画は予定通りいかないことを想定しておかねばなりません。小学校の中にある学童は、冷房のある教室で過ごせるように予め小学校側と調整しておいた方が良いです。図書室などは普段は使わせてもらえないケースも多いですが、まずは夏だけでも使わせてもらえるように交渉しておくのが良いと思います。また屋内で子どもたちがイキイキと過ごせる活動も考慮しておくと良いですね。

<学校>

先般のニュースで、政府が来年夏までに全ての公立小中学校にクーラーを設置するため、予算措置を図るという朗報も出ておりましたが、学校は1学期終わりにかけての7月の教育活動を見直しておくべきです。外出する校外活動や屋外での体育や行事は極力計画しないことです。また夏休みにおいては、部活の活動日見直しも欠かせない視点でしょう。夏休み中の修学旅行なども計画通りいかない可能性が高まりますので、行き先や時期の見直しなども積極的に検討してほしいと感じます。

<企業>

「大人も夏休み」これが大事なキーワードだと思います。特に小学生の子どものいる保護者は大人も休みを取らないとこなしきれなくなっています。いきなり欧米並みのバカンスとはいかないかもしれませんが、ぜひ2週間程度の夏の休暇を奨励してほしいと思います。もちろん子育て世代に限らず、全ての社員が年間のどこかで長めの休暇を取り、子育て世帯は夏を中心に、それ以外の方は旅行などが安い期間に、と分散されると良いと思います。他にも有給休暇の促進、夏の時差出勤、夏のフレックスタイムの導入、テレワークの促進、など夏こそまさに柔軟な働き方改革が求められています。特に小学生の保護者を支援する視点が社会全体で欠けているので、ぜひ企業の差別化のためにも各企業が導入してほしいと感じます。

全てに共通して言えるのは「今までありきで考えない」ことです。気候変動に対する認識は世間全般にありますが、まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」かのごとく、「異常気象なんだから」として、具体的な変更は放置してしまいます。今までの計画を変えるのはパワーがいることです。また校外活動、部活、修学旅行、キャンプなど子どもたちが楽しみにしていることを見直すことはさらに心理的に難しいことです。ですが、毎年熱中症で悲劇が起きている現状を考えると、勇気を出して見直すことが必要です。そしてそれができるのはやはりリーダーです。学校で言えば校長先生や教育委員会、学童は施設責任者、企業では経営陣などのリーダーが勇気を持って今までと違う夏対策の決断をしてくれることを望んでいます。

ある保護者がこのように言っていました。

「夏の課題ばかりが叫ばれているけど、子どもにとって心も体も成長できる大切な期間。だから社会をあげて夏の対応を進めて、私たちの小さな頃と同じように子どもが夏休みをワクワク楽しみにできる世の中であってほしいです。」

私も全く同感でありました。

「”夏休みなんてなくていい”なんて言わせないよ絶対」という気持ちです。

新渡戸文化学園理事長/放課後NPOアフタースクール代表理事

1974年東京都生まれ。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。株式会社丸井入社、人事、経営企画、海外事業など担当。2004年長女の誕生をきっかけに、“放課後NPOアフタースクール”の活動開始。グッドデザイン賞4回、他各種受賞。2011年会社を退職、教育の道に専念。子どもたちの「自己肯定感」を育み、保護者の「小1の壁」の解決を目指す。2013年~文部科学省中央教育審議会専門委員。2017年~渋谷区教育委員、2023年~教育長職務代理。2019年~新渡戸文化学園理事長。著書:子どもの「やってみたい」をぐいぐい引き出す! 「自己肯定感」育成入門(2019年発刊)

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