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安英学と本田圭佑、互いの“夢”を本気で信じ応援した「ふたりの友情秘話」

慎武宏ライター/スポーツソウル日本版編集長
講演中の本田圭佑と安英学(写真提供=神奈川朝鮮中高級学校)

本田圭佑の朝鮮学校サプライズ訪問。それは本田と安英学(アン・ヨンハ)の“友情”があってこそ実現したビッグサプライズだったことは前回のコラムで紹介した通りだが、ふたりはなぜ、互いを信頼できる関係を築くことができたのだろうか。

「圭佑がケーキを持って押し掛けてきたこともあった」

というのも、ふたりは年齢も育った環境も異なる。1978年生まれの安英学に対し、本田は1986年生まれ。8歳の年の差があるだけではなく、岡山生まれの東京育ちである安英学は小、中、高校と朝鮮学校で学び、本田は生まれも育ちも大阪で、高校は石川県の星稜高校出身だ。2005年に名古屋グランパスでチームメイトになる前までは、何ひとつ接点がなかった。

だが、初めて会ったときから不思議と気が合ったという。

クラブハウスや練習場だけではなく、プライベートでも一緒に過ごすことも多かった。そのことについては拙著『祖国と母国とフットボール』でも紹介したが、寮生活を送っていた本田が一人暮らしをする安英学のもとに遊びに来ることも一度や二度ではなかったという。

(参考記事:安英学、境界線に生きる運命と歓び/『祖国と母国とフットボール』より

「ある日は圭佑が突然、ケーキを持って押し掛けてきたこともありました。“ヒョンニム、誕生日おめでとう”って。そういう律儀なところもあるヤツなんです」

そして、そんな本田とよく語り合ったのが、それぞれが抱く“夢”の話だった。

「僕たちは夢に本気だったし、互いを信じ応援した」

プロとして成功すること、海外でプレーすること、いつかワールドカップのピッチに立って活躍すること。サッカー選手としてはもちろん、ひとりの人間として抱いていたさまざまな“夢”を語り合ったという。

「ただ、当時は圭佑もプロ1年目でしたし、あのとき朝鮮代表がワールドカップに出場するなんて“絵空事”のようなものでしたから……。けれど、僕も圭佑も自分が描いた夢は、かならず実現できると信じていた。それこそクムン・イルオジンダですよ」

(参考記事:【長編ノンフィクション】AGAIN~サッカー北朝鮮代表の素顔を追え~

クムン・イルオジンダ。日本語にすると「夢は叶う」となるだろうか。安英学も本田も“夢を夢のままでは終わらせない”という強い“想い”を持っていたからこそ、互いに共感・共鳴できたのだろう。安英学も語る。

「互いに自分が抱いていた夢に本気だったというということが僕たちの共通点でしたし、それが僕たちの絆を強くしたと思います」

本田が子供たちに語った“夢”の大切さ

ありがたかったのは、本田が朝鮮学校の生徒たちにも素晴らしいメッセージを送ってくれたことだという。

「大きな夢を持つこと。その夢を常に意識して忘れないこと。そして、夢を決して諦めないこと。圭佑は自分の体験談も交えながら、夢を持ち続けることの大切さを語ってくれたんです。

“実現できなかった夢もある”とも言っていました。でも、“たとえ実現できずとも、その夢に向かって必死に努力することに価値がある。夢を持ち続けたことで得られるものも大きかった”とも言っていましたよね。

その言葉にウソはなく、心がこもっていた。圭佑の熱い“想い”はきっと、子供たちにも強く響き届いたと思います」

本田の熱いメッセージに目をキラキラと輝かせる生徒たちの表情を見ながら、安英学も決意を新たにしたという。「子供たちの笑顔がいつまでも続くように、これからも一生懸命に頑張っていかなければ」と。

今度は「誰かの夢を応援する立場」に

2017年3月に現役引退した安英学は今、文字通り西に東にと奔走している。

「子供たち(ジュニア)が夢と希望にあふれ、生き生きと輝けるように」という願いを込めて名付けた『ジュニスターサッカースクール』を立ち上げ活動しているし、母校・立正大学サッカー部のアドバイザーとして後輩たちをサポートしている。

プロ・キャリアをスタートさせた古巣アルビレックス新潟とは今も良好な関係で、サッカー教室やかつてのチームメイトの引退試合などに積極的に参加している。

「日本の子供たちとふれあうときには、かならず自己紹介から始めます。“日本で生まれ育った在日コリアンのアン・ヨンハです”と。

そうすることで今後その子供たちが在日コリアンと接したとき、“アン・ヨンハさんと同じなんだ”と親近感も持ってくれるかもしれない。良い関係を築くためのキッカケになるかもしれませんから」

安英学(写真提供=神奈川朝鮮中高級学校)
安英学(写真提供=神奈川朝鮮中高級学校)

人と人が出会いふれあうことで何かが生まれ、動き出す。それは安英学自身がその選手生活の中で身をもって体験してきたことでもある。

Jリーグで多くの選手たちと親交を深め、韓国のKリーグにも友人は多い。ワールドカップをともに戦った朝鮮民主主義人民共和国(以降、北朝鮮)の代表選手たちは今でも「家族」と思えるような存在だ。サッカーを通じて、たくさんの人々と巡り合い、たくさんの“夢”を叶えてきた。

「ただ、これからは自分の夢を叶えるだけではなく、誰かの夢を応援していきたい。そう思っています。

思えば僕はサッカーと出会ったおかげで夢を持つことができましたが、“ヨンハならできるよ”と僕の夢を信じて応援してくれる方々がいたからこそ、走り続けることができた。

だから今度は僕が、誰かの夢を応援していきたい」

“夢を叶える”から“夢を応援する”へ。立場やアプローチは変わっても、これだけは間違いないだろう。安英学が夢にときめき輝く日々は、これからも続いていく。

ライター/スポーツソウル日本版編集長

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。早稲田大学・大学院スポーツ科学科修了。著書『ヒディンク・コリアの真実』で02年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書・訳書に『祖国と母国とフットボール』『パク・チソン自伝』『韓流スターたちの真実』など多数。KFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)、Kリーグなどの登録メディア。韓国のスポーツ新聞『スポーツソウル』日本版編集長も務めている。

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