ベネチアが沸いた金属マスク。ティルダ・スウィントンのセンスが独特な理由
現地時間の9月1日に開幕した第77回ベネチア国際映画祭は、コロナ禍で開催される初の大型映画祭として注目の的だ。会場では厳重な感染防止対策が敷かれ、劇場ではソーシャル・ディスタンスが守られ、屋内では全員にマスク着用が義務付けられている。
ティルダ・スウィントンの金属マスクは中止されたカーニバルへのオマージュか
そんな中、一際目を引いたのは同映画祭で栄えある栄誉金獅子賞を受賞したティルダ・スウィントンだ。映画祭に出品された最新主演作『The Human Voice』(20)のフォトコールでは、監督のペドロ・アルモドバルと一緒にハイダー・アッカーマンがデザインしたカジュアルなイエローのパンツスーツを身につけ、白いサージカルマスクで顔の半分以上を隠してカメラマンのリクエストに応じたスウィントン。だが、栄誉金獅子賞の授賞式では一転、シャネルの2020春夏オートクチュール・コレクションからチョイスした、繊細な刺繍が施されたピンクのコートドレスに着替え、なんとその手に金属のマスクを持って登壇したのだ。それは、今年は新型コロナウイルスの影響で中止を余儀なくされたベネチアのカーニバルを彩るカーニバル・マスクへのオマージュなのだろうか。こうして、彼女のマスク姿は即行で世界中に打電され、改めて、スウィントンのファッショニスタとしてのセンスに称賛の声が集まっている。因みに、スウィントンのために2つのマスクをデザインしたのは、アイスランドの首都、レイキャビクにスタジオを持つイギリス人、ジェームズ・T・メリーで、2009年以降、ビョークのアートワーク全般を受け持っている気鋭のアーティストだ。
デザイナーの創造力を刺激するスウィントンの魅力とは
ティルダ・スウィントンがデザイナーとコラボするのはこれが初めてではない。彼女はこれまでも、その都度、自分のイメージを託するに値するアーティストやデザイナーたちとコンビを組み、映画の中やレッドカーペットで誰も真似できない独特の世界を演出してきた。有名ブランドのミューズと呼ばれてきた彼女だが、両者の関係は昨今当たり前になっているセレブとブランドとの単なるタイアップではなく、むしろ、デザイナーの方がスウィントンの個性に触発され、それを服作りに利用するケースが多い。だからこそ、ティルダ・スウィントンは映画界だけでなく、ファッション界でも唯一無二の存在なのである。
スウィントンの着こなしはオスカーナイトでも独特だ。2008年の第88回アカデミー賞授賞式、『フィクサー』(07)で助演女優賞に輝いた彼女は、他の多くのセレブが高校時代のプルムナイトの記憶を引きずるような、お決まりのフェミニンなベアトップのドレスでレッドカーペットに登場する中、アルベール・エルバスがデザインしたランバンの黒光りするシルクのドレスで現れる。左の袖だけがカットされたアシンメトリーなドレスが、当夜、誰よりも目立っていたことは言うまでもない。
スウィントンに服を捧げたのはアムステルダムに拠点を置くデザイナーデュオ、ヴィクター&ロルフだ。2003~2004年の秋冬コレクションショーでは、スウィントンの朗読がバックに流れる中、スウィントン本人がファーストルックとして登場。白いファンデーションで顔を平面的に見せる独特のメイクと、白いブラウスと黒いドレスというミニマルなスタイルは、スウィントンの後に続いたプロのモデルたちにも踏襲される。こうして、ステラ・テナント、マリアカーラ・ボスコノ、ナタリア・ヴォディアノヴァ等、2000年代前半に活躍したトップモデルたちが、全員、ティルダ・スウィントン風になってランウェイを闊歩する。俳優と服がそこまで具体的かつ密接に繋がったショーはかつてなかったと思う。
両性具有的な在り方はやがて来る時代を予見していた?
スウィントンとは長年友人関係にあるコロンビア出身のデザイナー、ハイダー・アッカーマンの服も、彼女の個性を際立たせている。エッジの効いた両性具有的なテーラードスーツに独特の冴えを見せるアッカーマンのセンスを特に好むスウィントンは、例えば、2013年にロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で開催された”デヴィッド・ボウイ大回顧展”に出席した際、光沢のあるシルクとヘリンボンを組み合わせたレイアードスーツをチョイス。両性具有という概念は、出世作『オルランド』(92)で一夜にして肉体が男性から女性に代わるイングランドの貴公子を演じて以来、彼女がいち早く認め、目指してきた在り方。今のファッション界でジェンダーフリーが当たり前になっていることを考えると、スウィントンの先見性を認めないわけにはいかない。また、彼女のトレードマークであるボーイッシュなショートヘアは、フランスを代表するヘアスタイリストで、その業界で唯一、女性として芸術文化勲章を授与されたオディール・ジルベールの手によるものだ。
映画ではラフ・シモンズとコラボ。ウェス・アンダーソンの最新作も待機
映画でもスウィントンの服選びはいつも強烈な印象を残す。彼女とはコラボ作が多いイタリア人監督、ルカ・グァダニーノの『ミラノ、愛に生きる』(09)では、ミラノの富豪に嫁いだロシア移民のヒロインに扮したスウィントンが、当時、ジル・サンダーのクリエイティブ・ディレクターだったラフ・シモンズによる、シフト・ドレスやクリーンなシャツをチョイス。男性陣の服はフェンディで統一された本作は、物語の劇的な展開と、いかにもミラノのブルジョワが好みそうなワードローブが楽しめるロマンチックに秀作なので、未見の方は是非。続いてグァダニーノが監督した『胸騒ぎのシチリア』(16)では、ジル・サンダーからディオールに転職したラフ・シモンズが、スウィントンのために背中のドレープが強烈なカットソーや、ギンガムチェックのワンピース等、舞台になるシシリアの風景を切り取ったような大胆な衣装をデザイン。男女2組の関係が捻れまくる映画は、一方で、ティルダ・スウィントンのファッションムービーとしてまたも記憶されることになる。彼女がシャネルのオートクチュールを着て登場する『The Human Voice』、そして、もはやレギュラーメンバーとなったウェス・アンダーソンの最新作『The French Dispatch』(20)の公開が待ち遠しい。