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『バキ』で描かれた「体力測定」のエピソードがすごい! 能力が高すぎて、あわや失格に……!?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。さて、今回の研究レポートは……。

『刃牙』シリーズといえば「壮絶な戦いばっかり繰り広げられる」というイメージかもしれないが、そんなことはありません。

範馬刃牙は高校生であり、ちゃんと学校に行って「体力測定」を受ける……というエピソードも描かれているのだ。

刃牙自身も「考えてみたら 体力測定なんて 生まれて初めてなんだよなァ」と独白するなど、ちょっと嬉しそうでもあった。

まあ、普段は、地下格闘技界で戦ったり、身長2mを超える大猿と戦ったり、特殊部隊と戦ったり……という日々を送っているため、あまり学校にも行ってなかったんでしょうなあ。心がほのぼの温まる……。

ところが、いざ測定が始まると、ほのぼのどころではなかった!

パワーがありすぎて記録が出ない!など、やっぱり『刃牙』シリーズらしい展開になるのである。

◆刃牙にはルールがわからない!

体力測定は5種目行われたが、最初の「100m走」から、オドロキの展開となった。

こういう場合、先生の「ヨーイ、ピッ」でスタートをするのが一般的だろう。

だが、刃牙はあまり体育の授業に出ていなかったせいか、それがスタートの合図とわからない。

戸惑っていると、先生に「バキ走れェェェッッ!」と怒鳴られて、ビックリしてスタートを切る。

すると、力がありすぎて、蹴った地面が大きくえぐれた!

恐るべきことである。

陸上のコースの幅は、1m22cmまたは1m25cmだが、えぐれた部分の直径はその幅と同じくらいあった。深さはその5分の1ほどか。

幅を1m22cmとして計算すると、推定150Lの地面を破壊したことになる。

地面を45度の角度で蹴ったと仮定すれば、刃牙の脚力は709tだ!

ところが、刃牙は地面に穴をあけただけで、まったく走らなかったから、100m走の記録は「ナシ」になってしまう。

次の「ソフトボール投げ」も、やっぱり刃牙は勝手がわからず、ボールを地面に叩きつけた!

跳ね返ったボールは見えなくなるほど高く上がり、21m地点に落下。

この競技では、ノーバウンドで落下した地点までの距離が記録となるから、ワンバンだった刃牙は、またも「記録ナシ」に。

しかしこれ、科学的にはモノスゴイ話である。

地面で跳ね返ったボールが、見えなくなるほど高く上がったのだから。ソフトボールの3号球=直径9.7cmが視力1.0の人に見えなくなる高度とは、計算上320m。

東京タワーとほぼ同じ!

バウンドしてスピードは落ちたはずなのに!

320m上昇するボールの速度は、空気抵抗を無視しても時速288km(空気抵抗を考慮するともっと速い)。

ソフトボールが硬いものに衝突すると40%の速度で跳ね返るから、地面に叩きつけたときの速度は、なんと速度720kmだ!

このスピードでまともに投げたら、4kmほど飛んでいく。東京でいえば、新宿から渋谷まで……!

3種目目の「走り幅跳び」では、刃牙は助走というものがわからず、いきなり跳んだ!

つまり「立ち幅跳び」をしてしまったのだ。

なのに、砂場を飛び越えた!

陸上競技の砂場は、長さが「8m以上」と決められている。

筆者の計算では、走り幅跳びの記録は、「立ち幅跳びの記録-50cm」の4倍ほどになるから、助走して普通に跳べば、このヒトは30mくらい跳べたはずである。

ところが、これを見た体育の先生は「超えてどーすンだよ! 砂場に入んなきゃ計れねェだろうが!」と叱責。

またしても「記録ナシ」になってしまう。

いや、先生、それはいくらなんでもあんまりなのでは……。

◆懸垂が目に見えない!

ドギモを抜かれたのは「懸垂」だ。

15回が満点で、それを刃牙はアッという間に終える。

ところがあまりに速くて、先生には、その姿が見えなかった。

「やり直しッッ」と言われて少しムッとした刃牙は、鉄棒にぶら下がるや、思い切り体を引き上げる。

すると、鉄棒を固定するボルトが破断! 

刃牙はその勢いのまま、鉄棒を握って5mほども跳び上がった!

このビックリ体力に対して、先生は「えーかげんにせェッッ! なんなんだオマエはッ! 鉄棒は壊すわ グランドは堀っくり返すわ 砂場は超えるわ! まともにできたのが一つもねェじゃねェか!!」と叱りつけたのである。

そして当然、これも「記録ナシ」。

いやいやいやいや、先生あなたの目はフシ穴か。

これがどれほどすごい行為か、ここで筆者が計算してあげましょう。

鉄棒は左右2本ずつ、計4本のボルトで固定されていた。その直径を1cmとすると、これをすべて破壊するためのエネルギーは1660J。

また、体重71kgの刃牙の体を5m跳び上がらせるエネルギーは3470J。

合計5130Jであり、これは重量120kgの大型冷蔵庫を4.7mも放り上げるだけのエネルギーだ!

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

しかも刃牙は、その直前にもっとスゴイことをやっている。

そう、先生の目にも留まらなかった瞬間懸垂15回!

マンガの描写から、所要時間を0.5秒と仮定しよう。

刃牙の懸垂が体を60cm引き上げるとしたら、合計18m(60cmの往復運動を15回だから)を0.5秒で動いたことになり、その平均速度は秒速36m=時速130km。

そして、懸垂のような往復運動の場合、最大速度は平均速度の2倍になるので、すなわち時速260km。

刃牙は体を60cm持ち上げるあいだに、そのスピードを時速260kmにしたわけであり、これに必要な力はなんと31tだ! 

発揮したエネルギーは18万4千Jで、そんなことのできる刃牙は、先ほどの冷蔵庫を156mも放り上げられる……!

◆なぜ刃牙はビリになったか?

この先生は「記録ナシ」が続く刃牙に「範馬 オマエ……このままじゃ進級できないよ」とヒドイことを言う。

そこで刃牙は、最後の「1500m走」の世界記録を聞き、そのタイム「3分26秒」を超えたら全種目を合格にしてくれという条件を出した。

そして、「3分26秒……? そんなんでいいんだ……」と独白しながら走り始め、400mを走った時点で400m走の世界記録なみのラップを出す。

タイムを計っていた先生は驚愕。

筋肉が温まってスピードが上がり、800m地点では世界記録を上回った!

いよいよ刃牙の本領発揮か! 

と思ったが、最終的に順位はビリになってしまったのだ。

それはなぜか?

刃牙は日頃、負荷をイメージしながら走る練習を続けているのだが、このときも千mを超えたあたりから「整地用のローラーを引っ張る自分」を想像しながら走ってしまった。

刃牙は想像力がモーレツに豊かで、イメージトレーニングで相手にやられるイメージをすると、本当にぶっ飛んだりケガをしたりしてしまう。

その驚異のチカラがここで発現してしまったために、刃牙はまったく速く走れなくなってしまったのだ。なんというオドロキのどんでん返しッ!

これで進級できなくなったと落ち込む刃牙だが、先生は「イヤ …合格だ」。

さすがに、刃牙の底知れぬ実力に気がついたのでしょうなあ。

こうして、刃牙の初めての体力測定は無事に終了したが、能力が高すぎて数字に残らないというのは、まことに刃牙らしいスケールの大きさだ。

そして刃牙本人も、布団のなかで「オレ…… 体力ないのかな……」と落ち込んだまま眠りに就いてこの回は終了、というまことに『刃牙』らしいお話であった。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

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