フェイクニュースの収益化を後押し、ネット広告業界に「責任を取れ」
フェイクニュースの収益化を許してきたことに、ネット広告業界は「責任を取れ」――。
欧州連合(EU)の行政執行機関「欧州委員会」は26日、フェイクニュース対策の自主的取り組みルール「行動規範」の強化案を発表した。
その中で、ネット広告がなおフェイクニュースに収益の手段を提供し、その拡散を後押ししていると指摘。アドテクノロジー、アドエクスチェンジ(広告取引市場)、広告主を含め、ネット広告に関わるあらゆる関係者が対策の取り組みに参加し、収益の途を断ち切るよう求めている。
さらにプラットフォームに対して、コンテンツ表示の優先順位決定に使われるアルゴリズムについて、その判断基準や優先度の透明化を要求。
フェイクニュースを拡散させないよう、アルゴリズムにファクトチェック結果を反映させるよう求めている。
EUが対策強化を求めた背景として挙げているのが、新型コロナ禍にまつわるフェイクニュースの氾濫「インフォデミック」だ。
これにより、フェイクニュース対策が不十分であることが明らかになった、として対策の効果を測定するための評価指標(KPI)の導入なども打ち出している。
EUはフェイクニュース対策として、すでに政策パッケージ「欧州民主主義行動計画(EDAP)」に加えて「デジタルサービス法案(DSA)」を2020年末にまとめており、さらに今秋に向け、ネット政治広告の規制法案もとりまとめ中だ。
「行動規範」は企業の自主的参加を求めるプログラムだが、拘束力を持つこれらの法律が成立し、連動することで、制裁措置が影を落とす規制策となるようだ。
●ネット広告の責任
EUの行政執行機関「欧州委員会」の域内市場担当委員、ティエリー・ブルトン氏は、フェイクニュース対策のプログラム「行動規範」の強化案発表で、こんなコメントを出している。
強化案の中で、これまでの「行動規範」の取り組みが失敗してきた分野として名指しされているのが、ネット広告だ。
強化案は英NPO「グローバル・ディスインフォメーション・インデックス(GDI)」による推計を参照。それによると、フェイクニュース拡散で知られる欧州のサイトが、アマゾンプライム、バーガーキング、メルセデスベンツ、サムスン、スポティファイ、ボルボといったブランドの広告により、年間で7,600万ドル(約83億4,100万円)の収益をもたらしているという。
フェイクニュース問題は、2016年の英国のEU離脱を巡る国民投票(ブレグジット)、トランプ氏が当選した米大統領選をきっかけとして注目を集めた。
その主な発信源として指摘されたのが、ロシアだ。
ロシアからの情報工作に向き合うEUは、このフェイクニュース問題に対して、欧州議会選挙を翌年に控えた2018年4月、「表現の自由」とのバランスを意識した自主的取り組みのルールとして「行動規範」をとりまとめて公開。
フェイクアカウントの削除やフェイクニュースの非収益化など、プラットフォームや関係団体が順守すべき10項目を掲げた。
※参照:フェイクニュース対策に揺れるEU:「表現の自由」と「いまそこにある危機」(05/05/2018 新聞紙学的)
「行動規範」には、フェイスブック、グーグル、ツイッター、マイクロソフト、ティクトクといった大手プラットフォーム5社が署名。ネット広告業界では、IAB(インタラクティブ・アトバタイジング・ビューロー)ヨーロッパなどの業界団体が署名をしている。
だが、その後の進捗ははかばかしくなかった。大きな逆風となったのは、新型コロナの大流行だ。
●フェイクニュース対策の失敗
新型コロナの大流行の中で、フェイクニュースの氾濫と、その収益化も世界的な拡大を見せた。
英オックスフォード大学教授、フィリップ・ハワード氏らの研究チームの調査では、民間企業がフェイクニュース拡散に携わっていた国の数は、2019年の25カ国から、新型コロナ禍に見舞われた2020年には48カ国とほぼ倍増している。
※参照:フェイクニュース請負産業が急膨張、市長選にも浸透する(05/16/2021 新聞紙学的)
フェイクニュースの収益化に、広告配信ネットワークなど様々な仕組みを提供しているとして批判の矢面に立ってきたのは、グーグル、フェイスブックなどのプラットフォームだ。
ハワード氏らは別の調査で、新型コロナ関連のフェイクニュースサイトの6割が、グーグルの広告配信サービスで収益をあげていた実態を明らかにしている。
※参照:新型コロナデマをGoogleとFacebookが表で消し、裏で支える(12/29/2020 新聞紙学的)
欧州委員会は、新型コロナ禍のインフォデミックによって、現在の「行動規範」を巡る5つの欠陥も明らかになったと指摘する。
その1つが「広告による虚偽情報の収益化の継続」だった。残る4つは「取り組み報告のクオリティ」「評価指標(KPI)」「独立評価機関」「ファクトチェック結果の集約」だ。いずれも、今回の強化案にその対応策を盛り込んでいる。
強化案では、フェイクニュースの金の流れに関わるすべてプレイヤーに、参加の枠を拡大するよう求めている。
実際に、新型コロナの陰謀論拡散グループが、クラウドファンディングを使って活動資金を得ていた事例も確認されているという。
●アルゴリズムの透明化
強化案のもう一つの特徴が、コンテンツの表示アルゴリズムの透明化への要求だ。
さらに、このアルゴリズムへの取り組みには、ファクトチェックと連動したフェイクニュース排除の仕組みも取り入れるよう求めている。
アルゴリズムへの介入は、プラットフォームが最も嫌がる対応の一つだ。
●重層的な建て付け
「行動規範」は、「公衆への危害を引き起こす」フェイクニュースを対象としている。違法ではないが、有害なコンテンツに照準を当てている。今回の強化案は、年内をめどに、関係者の合意を目指すという。
これに対して、欧州委員会が2020年12月に発表した「デジタルサービス法(DSA)」案は、違法コンテンツ排除に主眼が置かれる。
次回の欧州議会選挙は2024年に予定されており、同法案は2年以内の施行を目指す。
企業のサービスレイヤーや規模によって、果たすべき責任が異なる仕組みだが、標的となっているのは、グーグル、フェイスブックなどを念頭に置いた「巨大プラットフォーム」だ。
「行動規範」の強化案は、この「デジタルサービス法」案をベースとし、同法を「補完する」役割を担う、という。
自主的取り組みとしての「行動規範」と、最大で総売上の6%が制裁金として科される「デジタルサービス法」。この2つに、今秋のとりまとめを目指すネット政治広告の規制法案もある。
さらに2020年12月に発表した政策パッケージ「欧州民主主義行動計画(EUDP)」でメディア支援やリテラシーの推進などを盛り込み、重層的にフェイクニュース対策に取り組んでいく。
それが、EUのフェイクニュース対策の建付けだ。
※参照:政治広告がフェイクニュースの元凶とSNSに突き付ける(12/05/2020 新聞紙学的)
※参照:2021年、GAFAは「大きすぎて」目の敵にされる(12/18/2020 新聞紙学的)
●プラットフォーム、4社が落第
フェイスブックは、欧州委員会が「行動規範」強化案を発表したのと同じ日、2017年から2020年にかけての「組織的不正行為」による情報工作への対処をまとめた「脅威レポート」と、誤情報を繰り返し共有する個人ユーザーの全投稿の表示優先度を下げるとの新たな対策を、たて続けに公表している。
EUに対する、フェイスブックなりのメッセージと受け取れる。
テッククランチによると、欧州委員会委員のブルトン氏は、「行動規範」強化案の会見で、現在の参加プラットフォーム、グーグル、フェイスブック、ツイッター、マイクロソフト、ティクトクの5社のうち、「規範」の要求水準を満たしているのは、1社のみで、残る4社は「まったく」その水準には達していない、と話したという。
ブルトン氏は会見の場では具体的な社名は挙げなかったという。だが、ニュースメディア「EUオブザーバー」は、その1社とはツイッターだった、と報じている。具体的な理由は明らかにしていない。
ツイッターは4月半ば、AIを使ったレコメンドシステムのアルゴリズムの検証と公開などを掲げた「責任ある機械学習イニシアティブ」を打ち出している。
フェイクニュース問題をめぐるプラットフォーム規制とPR戦略の綱引きも、熱を帯びているようだ。
(※2021年5月28日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)