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スタイリッシュに魅了する令和の『忠臣蔵』、宝塚歌劇花組『元禄バロックロック』

中本千晶演劇ジャーナリスト
画像制作:Yahoo! JAPAN

 30年ほど前に雪組で上演された『忠臣蔵 〜花に散り雪に散り〜』では、杜けあき演じる大石内蔵助が最後にこう言い残して去っていく。

「もはやこれで、思い残すことはござらん」

 タカラヅカ史上屈指の名ゼリフである。

 だが、それは本当? 本当に思い残すことはないですか? そう問いかけたくなる令和の凡人の気持ちに真正面から向き合うのが、花組公演『元禄バロックロック』だ。作・演出は谷貴矢。谷の宝塚大劇場デビュー作である。

 これまで日本人は、『忠臣蔵』で描かれる四十七士の生き様に涙してきた。主君への忠義のために命を捧げ、散っていく姿に美しさを感じてきた。

 だが史実では、討ち入りに成功した赤穂浪士47人は全員切腹したという。初めてそうと知ったときは正直、衝撃を受けた。さまざまな思いがあったにせよ「47人の死」という事実はやはり重い。少なくとも、私にはそう感じられた。

 『元禄バロックロック』は、このモヤモヤを見事に取り払ってくれる話であった。この作品では、元祖『忠臣蔵』の世界に、「時」とどう向き合うか?という、もう一つのテーマを重ね合わせることで、登場人物のホンネ(?)を掘り下げ、モヤモヤの解消に挑む。

 「バロック」とは「歪んだ真珠」という意味だが、このお話の世界では、登場人物それぞれの「時」が最初は歪んでしまっている。

 「時」さえ思うままにして天下を我がものにしようとしているコウズケノスケ(水美舞斗)、これまでの「時」の軌道修正ができぬまま突き進むクラノスケ(永久輝せあ)。

 そして、「時」をほんの少しだけ戻せる時計を発明してしまったクロノスケ(柚香光)は、いつしか現世の快楽に耽溺し、艶っぽさと純粋さのブレンド具合が絶妙な不思議少女キラ(星風まどか)にぞっこんである。キラが仕切る賭場「ラッキーこいこい」は、まるで時が止まったかのような妖しい雰囲気に満ちている。

『元禄バロックロック』は、この歪みが愛の力で真っ直ぐに正されていく話でもある。

 開演前から舞台上ではいくつもの時計が動き、度肝を抜かれる。斬新なデザインで、カラフルな色使いも目に楽しい衣装。スタイリッシュな今の花組ならではの、忠臣蔵のパラレルワールドが展開する。

 もちろん『忠臣蔵』と聞いて期待してしまうシーンもきっちり盛り込まれている。赤穂浪士たちが銀橋にずらりと並ぶ姿は壮観で、「待ってました!」と叫びたくなる。ここには花組期待の若手男役たちが顔をそろえる。そして、大詰めの立ち回りも迫力がある。

 登場人物たちもそれぞれ『忠臣蔵』を彷彿とさせるが、ほんの少しずつ、この作品らしさが加味されている。

 吉良上野介にあたるコウズケノスケは、器も大きく先も見通せるのに、野心ゆえにいつからかねじ曲がってしまった男として描かれる。これを水美舞斗がギラギラと演じてみせる。

 対するクラノスケ(永久輝せあ)は、『忠臣蔵』の大石内蔵助のイメージを期待通りに踏襲しつつ、等身大な人間らしい煩悶も垣間見え、より身近で親しみやすい存在だ。『忠臣蔵』では離縁を余儀なくされる妻リク(華雅りりか)が、真逆のイメージでコミカルに描かれるのも楽しい。

 浅野内匠頭にあたるタクミノカミ(聖乃あすか)には天才的な時計の研究者であったという設定が加わった。美しく幻想的な雰囲気を醸し出しながら現世を漂い続ける姿は、「時」をテーマにするこの作品の象徴だ。

 同時代で有名な歴史上の人物をモデルとしたキャラクターも登場する。時局を冷静に見据えるヨシヤス(モデルはおそらく柳沢吉保)を手堅く演じるのは、この公演で卒業となる優波慧だ。そして、犬公方として知られる将軍綱吉が、何と少年将軍ツナヨシ(音くり寿)というユニークな設定で登場し、期待どおりの大暴れをしてくれる。

 この令和版『忠臣蔵』の世界の中で、クロノスケとキラは「時」を超えて翻弄されるのである。「時」を操り、操られる前半から、真実が明らかになる後半への変わりようが、二人の見どころだ。観客も二人とともに翻弄される分、後半はよりいっそう、キラの健気さが愛おしく、クロノスケの真っ直ぐさが清々しく感じられる。

 考えてみれば文楽や歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』も、その実は、お家騒動だの仇討ちだのといった事件の中で翻弄される男女の愛の話が中心である。だとすればこれはまさに、令和の『仮名手本忠臣蔵』なのではないかと思う。

 『仮名手本忠臣蔵』のおかる・勘平にあたるのが、令和の忠臣蔵ではクロノスケとキラといったところだろうか。

 おかるは愛する勘平のために身を売るが、キラはもっと強くて、したたかで、スケールが大きい。いかにも令和らしい新キャラ誕生である。

 令和の『忠臣蔵』が描き出すのは、忠義のために命を散らす美学ではない。そこで力強く打ち出されるメッセージは、「今」この一瞬のかけがえのなさ、そして、「今」を生きることの大切さだ。

 この変化はコロナ禍の今の時代にぴったりだと納得するだろうか? それとも、一抹の寂しさを感じるだろうか? いずれにせよ、そこで感じるのも「時」の流れである。

 二本立ての後物として上演される『The Fascination(ザ ファシネイション)!』も、花組誕生100周年を記念するショーである。はからずも、悠久の「時」の流れの中で煌めくような2作品となった。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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